帝国へ③

 ◆


 キャニオン・ベルの大門周辺には聖都を去ろうと慌てて馬車に荷物を詰め込む者達がいた。


「大聖堂も屋根に穴があいたり、爆発したりと大変だったものね。ここに留まりたがる人は少ないか」


 ヨルシカが言い、ヨハンがそうだなと応じた。


「帝都に向かう馬車はどれだろう?ちょっと待ってて」


 言うなりヨルシカが足早に一台の馬車に向かって歩いて行く。

 ヨハンはそのあたりの交渉はヨルシカへ任せ、義手をじっと見つめた。

 見れば大分ガタがきている…事もなかった。


(流石術師ミシル。佳い仕事をする)


 ただ、と懐をさぐると触媒の類はすっかり枯渇しているし、義手に格納してあるそれも同様だった。

 どこかで補充をしなければならないとヨハンは感じた。

 今のヨハンは魔法も法術も使えるが、やはりそれらはどこか借り物だという印象が拭えない。

 例えるならば…


(以前ヨルシカに一晩中腕枕をした事があった。翌朝、水差しを取ろうと腕を伸ばしたが、腕の痺れのせいで水差しを落としてしまった。そんな感じだな)


 自分のものではあるが、とってつけたような感覚なのだ。

 それではここぞという時の頼りにするにはやや不安が残る。


(それと個人的な好みになってしまうが、大きい法術を使うのは少し気恥ずかしい部分もある)


 法術は身振り手振りを詠唱の代替として行使する。

 それは同時に祈りをも兼ねるため触媒も不要と、現状に照らしてみれば都合の良い術ではあるのだが、先だっての"借り物感"や、何より大仰な動作がヨハンの好みではなかった。


 術の有無は命に関わる問題なので好みも糞もないのだが、好き嫌いの感情はどうしても発生してしまう。

 更に言えば、そういった感情でも術の精度は上下するためやはりここぞという場面で使うには不安なのだった。


 だが、そういった問題を解決する方法が一つある。


 それがヨハンの様に優れた術師が自然と行う疑似的な人格投影、あるいはミカ・ルカのような人為的な人格複製だ。

 しかしヨハンはミカ・ルカの末路…といっても死んではいないが、彼女をみてそれらの手法は魔族につけ入られる一要因足りうるのではないかと危惧している。


(まあ、流石に帝都なら補充もできるか。イスカの触媒屋イスカ⑤参照程度には手をかけたモノが置いてあるといいが)


 ◆


「やあ、お待たせ。交渉できた…帝都ベルンへ向かう馬車が見つかったよ。というよりこの辺の馬車は皆そうらしい。まあこの状況で頼れるのは帝国だろうから。個人的にはアシャラも天然の要害っていう観点から見れば悪くはないとおもうんだけど、遠すぎるからね」


 ヨルシカが言うとヨハンは少し考え込み、故郷が心配じゃないのか、と聞いた。

 ヨハンはヨルシカの答え次第では行先をアシャラへと変えても良いと考えている。

 この辺り、かつてのヨハンならば"ならば別行動だ"と言っていたかもしれないが、何度も命を張らせてただ一度考えを違えればはいさようなら、というのは常識的にいって殺害に値するとヨハンは思う。


「いや、気になるにはなるけれど、歴史を紐解けば過去の人魔大戦でもアシャラは被害が物凄く小さかったって知っていたかい?そもそもあそこはなんていうのかなあ、空気がね、違うというか…。魔族にとって居心地が悪いんじゃないかなって思うんだ」


 そういわれてみれば、とヨハンはグィル・ガラッド…前アシャラ冒険者ギルドのマスターだった男の事を思い出した。


 彼は魔族にいいように使われていた哀れな男だったが、その魔族の目的は樹神を利用したアシャラの陥落であったように思う。

 だが、それならばなぜ魔族は自分の手で行わなかったのであろうか。

 迂遠な謀り事に頼らねばならないほど弱い魔族ではなかったはずだ。

 切り札まで切らされた事をヨハンは今でも苦々しく思っている。


 自身が何を代償としたかをヨハンはヨルシカから聞いているが、それを聞いても心に一切の波風が立たない…その事実は心を酷く打ちのめしたが、今では立ち直っている。

 少々歪な形ではあるものの。


 それはともかくとして、とヨハンはグィルに思考を戻した。


「………そうかもしれないな、グィルの事を考えていたんだが、魔族が彼を使ったのは、魔族にとって…そう、君の言うようにあの森が居心地が悪かったんだとおもう」


 ヨルシカの推測は正しい。


 アシャラの大森林はその地自体が魔族を拒む。

 まあ拒むといっても、一定以上の格を持つ魔族ならば軽い頭痛を覚える程度だろうが、それでも不快は不快だ。

 大森林に魔族を忌避する特別の理由があるわけではない。


 言ってみればそれは水が合わないだとか空気が合わないだとか、その程度の理由にすぎない。

 だがその程度の理由が魔族侵攻に際しての被害軽減につながるならば、それはそれで人類側にとっては儲け物ではあった。


「おっと、御者の視線が痛くなってきたね。さあ、いこうか」


 何故だかヨルシカが手を差し伸べてきたので、ヨハンは何となくその手を握り、二人は手を繋いで馬車へと向かった。

 御者はこんな状況で一体何を考えているのか、場所をわきまえたらどうだ、デートでもしているつもりか、と言いたげな目で二人を見つめていたが、彼もまた50年という人生経験を積んだ男だ。

 これまでにイカれた連中はいくらでも見てきている。


 ややあって彼は軽く首をふり、二人が馬車へ乗り込んだのを見届けた後に馬に鞭を入れた。


 目指すは帝都ベルン。

 レグナム西域帝国の首都だ。






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本作は拙作内でクロスしてたりスピンオフが存在しています。

例えばイマドキのサバサバ冒険者は、Memento-Moriと同一世界観、時間軸ですが主人公や舞台が異なります。

サバサバ冒険者は西域、Mementoは東域での話です。作者ページより確認して下さい。


なお、イマドキのサバサバ冒険者とMemento-moriは両方同時に完結させます。

更に、両作品の最終盤では更新内容は同一となるかもしれません。


またそれぞれの話にそれぞれのスピンオフがあります。

例えば本作に登場する連盟術師ヴィリを主人公とした「白雪の勇者、黒風の英雄」や、黒金等級冒険者曇らせ剣士シドシリーズなど、本編よりカジュアルな感じで執筆しています。


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