法神教の残党、その後

 ◆


 エルはぼんやりと周囲を見渡した。


 術の行使で全身が鉛のように重くなっており、自身の野望…アステール王国の再興という夢はどうなってしまうのか、果たして為しうる事なのかという不安もある。


 要するに心身ともに不調と言う事だ。


(これから、どうすればいいのでしょう)


 エルはまるで何も無い荒野のど真ん中に置き去りにされたような気分であった。


 視線が1人の女性を捉える。


 ミカ・ルカ・ヴィルマリーだ。

 床に横たわり、聖職者達の治癒を受けている。

 ヨハンは女性であっても平等に鼻の骨を圧し折る外道であったので、呼吸が上手くできないようであった。


 エルの侍従であり、友人でもあり、信を置く数少ない者はもう戻ってはこない。


 ヨハンの話では“食われた”と言う事であった。

 国を失い、友を失い、取り戻す手立ても失い、連続した喪失がエルの精神を蝕んでいく。


 これまで気を張っていた反動だろうか、ぽろりと星の雫のような涙が零れた。


 その時肩に手が置かれ、綺麗な布でエルの涙が拭われる。

 ふりかえってみれば薄い笑みを浮かべたジュウロウが居た。


「さてお姫様。これからどうするんです?」


 ジュウロウの言にエルは言葉を返せないでいた。

 自分にも良く分からないからだ。

 中央教会という宗教組織を利用してレグナム西域帝国を蚕食し…というアステール再興の芽は断たれた。


 アステールの最終王統である事こそがエルの存在意義であった。少なくとも彼女はそう考えている。であるなら、そのアステールがもはや取り戻せぬ過去の幻影となってしまったならば、もうこの世に在る意味は…


 エルの思考が陰に沈みかけていると肩に置かれた手にギュウっと力がこめられた。


 痛い、という抗議の意味を込めてジュウロウを睨む。


 すると薄笑いが常であったジュウロウは、酷く真剣そうな面持ちでエルへ言う。


「山、樹々によりて立ち、国、人々によりて立つ。君は国を興すというけれど、それはどんな国で何の為に国を興すのか、そして今の時点で君の想いを汲んでくれる人はどれだけ居るのか。君は結果だけ見て経過を見てないように思う。一人ぼっちの王は王とは言えないよ。つまり…人を、同志を、信頼できる仲間を集めろってことさ。それが出来ないなら王になる資格なんてハナからないんだ」


 エルは俯いた。

 反論は出来ない。

 結局、エルは自分の事しか考えてなかったし、自分の事しか見えてなかったのだ。


 だが、アンドロザギウスとの死闘でエルは何か言葉にならないモノを感得した。


 それはなんだといわれてもエルには答えられない。だが胸のすぐそこまで答えが出掛かってはいるのだ。


 ドライゼンはアイラの為に命を捨てたのだろうか


 四等審問官エドは志を同じくする仲間達の為に命を捨てようとしたのだろうか


 なぜそこまで想う事が出来るのか。

 エルには良く分からない。


 分からないが、あの光景は尊い何かの積み重ねの果てにしか見られないものだという事は分かった。


 アステールという国が自身にとって特別なものである事には変わりはない。

 再興したい気持ちにも変わりは無い。


 だがそれは結局自分がそうであるというだけであり、他者…国を造る、支える多数の他者にとってもそうであるかどうか。


 ならば自分が為すべき事の階が見えてきたような気がする。


 エルはジュウロウの言葉を何度も反芻しながら、ほんの僅かな希望を見出した。


「ふん、軽薄で鳴る貴様が良く言う」


 ギルバートが鼻を鳴らしてジュウロウを揶揄すると、ジュウロウは低脳を見る目でギルバートを見返した。

 二人は互いの実力や、いざと言う時の根性こそは認め合って居ても仲は悪いのだ。


「残された者達を連れ…我々も帝都ベルンへ向かいましょう。彼の、あのヨハンという者の言葉は最もな事です。今魔族が襲撃をかけてくれば危ういかもしれません……アイラさん、貴方達も、私達と一緒にいきませんか」


 エルがアイラへ声をかけると、二人の少女はしばしその視線を絡め合い、そしてどちらともなく頷いた。


(そう、人を興すことから始めねばなりません。アステールの再興は潰えたわけではない。ですが、その為には私だけではなく多くの者がアステールという国を知り、愛着を向けるように導く必要があります)


 エルはぐっと小さな手を握り締めた。

 アイラも穏やかな目で彼女を見つめている。


 ・

 ・

 ・


 少女達が気高い覚悟をかためている一方で、男達が何を話していたか。


「ジュウロウ、貴様がああいう事を言う男だとは思って居なかったが…ああ、なるほどな…貴様、天使病だったな…」


 ギルバートがジュウロウを一瞬見直したような目でみた次の瞬間にはその目の色は侮蔑で染まった。


 天使病とはいわゆる小児性愛者の事を言う。


「ギルバート、僕は幼い子へ手を出した事はただの一度もないよ。見ているだけで十分だ。それで十分満たされる」


「成人女性に興味はないのか?」


 ギルバートの問いにジュウロウは唾棄をもって答えた。死闘の最中に口中でも切ったのか、血混じりの唾が床へ履き捨てられる。


「二度と気色の悪い事をいわないでくれ」


 ギルバートはそんなジュウロウを気持ち悪いなーと思いながら見つめていた。

 本当に気持ち悪かった。



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