帝国へ②

 帝国へ②


 ◆


「と言う事で俺達はレグナム西域帝国の首都、帝都ベルンへ向かう。これは共闘した誼で言うのだが、この地に留まる事はお薦めしない。なぜならばあの魔族…クソガキ…棺野郎は魔族の中でもそれなりに上の者だろう。ソイツが消息を絶ったというのなら、もし俺が魔族ならばこの地へ調査の手のものを送る。平時のお前達ならばそういう輩とて退けられるかもしれないが…」


 ヨハンの視線がぬるりとその場の面々を撫でた。

 そしてふるふると首を振り、歴史ある法神教も信者全滅で終りか…などと呟いた。


 余りにも無礼な振る舞いに、ヨルシカがコラ!と叱ろうとしたが、旧穏健派のアイラが青色吐息の様子で、それでも精一杯の声を張り上げた。


「アイラはッ……わかります。法神は潰えたのではない、と。貴方の、ヨハン様の中から法神を感じます…あの時ヨハン様は言いました、神は己の内にあると。これは、そういう意味だったのですね…」


 アイラが掠れた声でそういうと、ヨハンは大きく頷き答えた。


「そうだ。だが法神はお前の神ではない。勿論俺の神でもない。法神とは法神と言う名前の力に過ぎない。ならば神はいないのか?とお前は思うだろう。いや、神はいる!!何処にいるか分かるか」


 ヨハンがどんと床を踏み鳴らし、吠えた。

 アイラはびくりと肩を跳ね上げ、濡れほそぼり迷う子羊のような目でヨハンを見つめる。


 ヨハンは人差し指をアイラの胸に突き出した。

 勿論触れてはいない。

 アイラは小さい声でいいえ、と答えた。


「ここだ!ここに神はいる。お前だけの神がいるのだ。お前は法神教徒として信仰に背かぬ行ないをこれまでしてきた…善行を!…そうだな?」


 ヨハンが目をぐわっと見開いてアイラに迫る。

 アイラは目を瞑り、此れまでの自身の行いを思い返し、そして小さく頷いた。


「だが考えてみろ。お前は法神に命じられて渋々と善行を為していたのか?違うはずだ、お前がもし法神教徒でなくともお前は目の前に飢える民がいればパンを渡していたし、目の前で理不尽な暴力で虐げられている民がいれば剣を取ったはずだ!違うか?」


 アイラはやはり小さく頷いた。


「なぜだ!それはお前の良心に反する事をお前が許せなかったからだろう!お前は恐れていたのだ。自身の良心が自身から離反してしまう事を。それは聖職者が神の寵愛を失う事を恐れる事に似ている。…つまり!神とは、陳腐な言い方をすればお前の良心そのものだといえる」


「そして…祈りとは!!いいか、祈りとは、神にお願いをするではない。祈りとは、自身の行いを神に宣言する事を言う。私はこれこれこのような行いを為します、神よどうかご照覧あれ、と宣言をする…それが祈りだ。これはすなわち、良心に背く事はするまいという律を自身の中に立てる事を言う!」


 だから、とヨハンは続けた。

 もはや法の間にいる者は皆ヨハン1人だけを見つめていた。

 思い込みが激しいものは後光すら見えている始末。


 そう、ヨハンは後光を出していた。

 物理的に。

 なぜならば適切に扱った光は人間の判断能力を狂わせる作用があるからだ。


 そんなヨハンを見ていたヨルシカはふと気付く。

 ヨハンという男はここ最近こそまともに戦っていたが、基本的には詐術を以って戦う男である事を。


「だから、お前は神を失ったのではない…。そもそもが最初から神に気付いていなかったのだ。だが今のお前は、お前達は違う。…使って見るがいい、法術を。法神が真にお前達の神であるならば、法術なんてものは使えないはずだ。術とは体系にまつわる根源を力の源とするのだからな」


 穏健派の1人は指を突き出し、おそるおそる聖句を唱えた。


 するとその者に指の先に仄かな明かりが灯ったではないか。


「俺の言葉が証明されたようだな」


 アイラは手を組んでヨハンの前にひざまづいていた。ヨハンが神というわけではない、しかし神という寄る辺を見失い無窮の闇を彷徨いあるいている時、啓示の如き言葉で道を指し示してくれたのは彼である。


 アイラは、いや、この場の穏健派の者達は法神を失い、神を取り戻した。


 ◆


 全て適当である。


「いや、勢いで色々言ったに過ぎん。適当で、出任せだ。しいて言えば力の根源を外から内へ移し変えるのを手伝ってやったに過ぎん。俺達連盟の術師の切り札は基本的に自身の内から力を引き出すからな。理屈は分かってるんだ。まああんな連中でも魔族との殺し合いには役立つだろうし、立ち直らせておくだけの意味はあるだろう」


 聖都キャニオン・ベルの大門でヨハンはヨルシカへ告げた。


 ヨルシカはげんなり俯くが、彼らしいなと小さく笑う。


「帝都へ向かう、が時間はあるかな」

 ヨハンが空を見上げて鬱々と言う。


「…うん。人魔大戦…始まっちゃったんだね。物語で読んだ通りだ。空は暗雲に覆われ、闇よりいずるは邪なる…」

 ヨルシカも同じ調子だ。


 平和が1番だよ、というヨハンの言葉でヨルシカは笑ってしまった。

 余りに似合わないセリフだったからである。

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