帝国へ

 ◆◆◆


 連盟の術師の精神を乗っ取る?寄生する?

 術というものの性質を多少でも学んだ者であるなら、そんな莫迦な話は嗤い飛ばすであろう。

 連盟の術師の精神を我が物とする難易度に比べれば、同格の術師を100人殺す方がまだ容易い。


 仮に乗っ取りに成功しても末路は知れている。

 自殺だ。

 例え魔族と言えどもこの世界の何もかもに絶望し、そして自ら死に至るであろう。


 なぜならば連盟の術師達は知っているからだ。


 生きる事とは死を恐れる余りに自身を鎧う事であると。

 だがその鎧にも錆びが浮き出るほどに年月が経過したとき疑問に思うのだ。

 自身は一体何を護っていたのかを。

 そして鎧を外して中身をみれば、そこにはただただ虚無が広がっている事を彼等は知っている。


 そう、生とはすなわち虚無である事を連盟の術師達は知っている。それは余りにも巨大な絶望だ。

 生きる事それ自体に意味はない。

 連盟の術師達はそれを心と頭と魂で理解している。


 それで居てなぜ普通の人が生きられるのかといえば、生きる事に意味がないことを本当の意味で理解していないからだ。そして理解をしないままに、生きる意味を自身の中に産み出すからである。

 その意味とは家族であったり恋人であったり仕事であったり、人それぞれだ。

 人は、いや、すべての生命体は命が抱く根源的な絶望に気付かない、自覚しないからこそ生きていられる。

 しかし連盟の術師は違う。

 彼等はその根源的な絶望を自覚している。


 そして連盟の術師の強さの根源は絶望の中にあって希望、つまり生きる意味を構築できる精神性にある。


 それは例えるならば崖から落ちている最中に縄を結うことに等しい。出来上がった縄をどこに引っ掛けてどのように崖の上に昇るかを落下すれば死という状況で冷静に検討する事に等しい。


 狂っていなければ出来ない事だ。

 そんな彼等を乗っ取る事に成功してしまったならば、その寄生者は一個の生命が抱えるには余りに巨きすぎる絶望をのみ与えられて、当然の如く耐え切れず、死に至るであろう。


 “なりかわり”は今回、ヨハンの病的精神世界の土壌となった。しかしその世界を我が物としたところでどの道朽ち果てていた。


 最初から詰んでいたのだ。


 ◆◆◆


 ヨハンとミカ=ルカの視線が交錯したとおもえばミカ=ルカが倒れた。何かをしたのは間違いはない。だが何をした?


 ヨルシカ以外のすべての者がヨハンの所業をいぶかしむ。

 だがその場の全ての者を無視して、ヨハンはヨルシカに視線を向けて尋ねた。


「帝国に行く。君も来るか?」


 ヨルシカは頷いた。

 来るか来ないか、今更聞く事だろうかと思わなくは無い。

 しかしそれがヨハンという男のタチなのだとヨルシカは理解していた。


「中央教会が事実上崩壊してしまった今、魔族の侵攻に抗する事が出来るのは西域ではレグナム西域帝国、東域ではアリクス王国くらいのものだろう。もちろん中域や極東、北方や南方にも戦力がないとは言わない。しかし、距離的な問題や、各々の地域の独自性を考えると余り現実的ではない。だから帝国かアリクス王国かという話になるのだが、やはり距離的に帝国のほうが近い。アリクス王国には師がいるが、アレはアレで余り頼りたくは無いんだ」


 帝国の名を出すとエルをはじめ、旧過激派の者達の表情がやや曇る。それもそうだろう、彼等は皆大なり小なり帝国に恨みがある。まあ逆恨みに近いものもいくつかあるが、それはそれだ。


 そんな彼等をヨハンはちらりと見遣り、面倒そうに口を開いた。


「今上帝サチコはこれまでの皇帝とは違い、宥和的な政策を取っていると言う。まだ幼い女帝という話だが、協会一等術師でもある宰相が政務を支えているそうだ。少なくともこれまでの様な周辺諸国を蹂躙するかの如き領土拡張政策とは真逆の方針……であるならば、亡国の徒とて無下には扱われまい」


 ヨハンにしては珍しい、旧過激派の心情に配慮したフォローである。


 するとジュウロウが不思議なものを見る目でヨハンを見つめた。


「何だ」


 視線を鬱陶しく感じたヨハンがそう問うと、ジュウロウは答えた。


「いや、兄さんってそんな事言う性格じゃなさそうなのにな~ってさ。どちらかといえばもう少し情がない性格かと思っていたよ」


 ジュウロウの言葉にその場の者達は心中で頷いた。

 なぜならヨハンという男は終始愛想や協調性がまったくなさそうなチンピラ然とした態度であったからだ。


 そんな評価にヨハンは莫迦な、と眉を顰める。

 彼としては別に彼等に対して悪感情を抱いていたりはしておらず、むしろ死闘を共に乗り越えた一種の戦友めいた感情を抱いていた。


「愛想か。ヨハン、笑顔とか意識して浮かべるのはどう?」


 ヨルシカの助言にヨハンは首を振った。

 否定だ。


「俺は君に対する時と、敵を殺すとき以外に自然に笑える気がしないんだ」


 ヨハンの言葉は旧過激派と旧穏健派の者達に多少の共感を抱かせる。なぜなら彼等も彼等で結構重い過去を持っている者が多いからだ。


 そんな彼等の暗い過去の経験に照らせば、ヨハンの様な歪な感情表現をする者は相応に辛い過去を抱えている。

 ヨハンもまた何か重い過去を抱えているのだ、と彼等が判じたのは無理からぬ事である。


 ただ真相はといえば彼等が思うほどに悲壮感のあるような理由ではなく、ヨハンの態度の悪さは彼の少年時代、ストリートで喧嘩に明け暮れていた事に由来する。

 要するに育ちが悪い事が理由であった。



―――

進展なし!展開調整回です。

あけおめです。ことよろです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る