蒼き星の姫君

 ◆◆◆


 後世に置いて第四次人魔大戦は歴史上のどの時点で勃発したのかという考察は数多散見されるが、マジョリティとしてはやはり中央教会過激派一党による教皇アンドロザギウスの弑逆であろう。

 当時の人類圏における国家群はほぼすべてが法神を崇め奉っていたか、もしくは法神の存在に重きを置いていた。

 法神以外の神は存在していたが、中央教会がこれを厳しく弾圧する為に異教信仰を表に出す者は極小数だった。

 必然的に法神教は人類圏で再多数の信徒を抱える宗教であったと言える。

 そんな状況下において、法神教のトップであり事実上の法神の代理人とも言うべき教皇が暗殺されたとなれば、他の諸宗徒はそれを機として激発しないわけがなかった。

 第四次人魔大戦において過去最大の犠牲者が出てしまった主因は、魔族の侵攻云々の前に人間達の内輪揉めであるという見解を持つ歴史家も多い。


 ■


 大聖堂に到着したヨハン達は先導するミカ=ルカの後をついて行った。

 ヨハン達としても穏健派との繋ぎが欲しかったし、ミカ=ルカとしても使命の遂行に助力をしてくれたヨハン、ヨルシカに対し外堀を埋めていきたかった。

 外堀とはつまり…


「ねえ、ヴィルマリーさんに穏健派への繋ぎを頼むの?」


 ヨルシカの質問にヨハンは頷いた。


「ああ。彼女は俺達に恩がある。そして俺達がそれなりにと言う事も知っている。彼女は法神教徒らしくなく、信仰発狂の深度はそこまででもなさそうだが、それでも使命感みたいなものはある筈だ。俺達が万が一にも過激派へ与したりはしない様に、なし崩し的に俺達を穏健派の外部戦力として型に嵌めたいと思っている。ならばそれに乗ってやろう。穏健派は遅効性の毒みたいなものだが、過激派は即効性且つ致死性の毒だ。同じ毒なら前者の方がまだ良い」


 ヨハンがとんでもなく無礼な事を普通の音量で言うのをミカ=ルカは目をかっぴらいで見つめ、やがておずおずと口を開いた。

「あの、ヨハンさん…そういうのは出来れば私には聞こえない所で言って貰えませんか…」


 ミカ=ルカの抗議にヨハンは素直に謝罪した。


「ところで。信仰発狂ってなんですか」

 ミカ=ルカの疑問は最もだ。

 信仰発狂などと言う単語は存在しない。


 ヨハンは信仰心が強くなり過ぎて神敵に対して自爆術式の行使も厭わない様な状態である、と説明した。

 それを聞いたヨルシカとミカ=ルカはゲンナリした表情を浮かべる。

 ヨルシカは聖職者と言うものはどうもイカれてるんだな、そんなのと話なんて出来るのかな、という思いからくるゲンナリ。

 ミカ=ルカは信仰の証明の為に自爆するとか確かにイカれてるよね、という思いからくるゲンナリ。

 説明をしたヨハンもまたゲンナリしていた。

 なぜなら仄かな香りが鼻腔を擽ったからだ。

 彼にとっては嗅ぎ慣れた香りだ。

 

 (血の匂い…)

 不穏なアクシデントを予想したヨハンの眉が顰められる。


<挿絵①>

 横目でヨルシカを見るとピリピリした雰囲気を発しており、彼女もまた不穏な香りに気付いた様だった。

 ミカ=ルカはそんな二人の様子にやや首を傾げていたが、とりあえずといった様子で口を開いた。


「…ということで、皆様にはまず我々異端審問官の長である大主教に会っていただきま……!?」


 何か重いものが壁に叩きつけられたかの様な音がミカ=ルカの言葉を遮った。


 ◆◆◆


 教皇の執務室は法の間と呼ばれている。

 壁や天井、床に至るまで全てが白い大理石の様な石材で造られている。

 その純白は清浄の白だとか神聖の白だとかそういう印象よりも、無機質で冷たい拒絶の白を思わせる色合いだった。

 部屋の奥にある祭壇めいた場所に置かれた法具、その左右に立つ司祭達、部屋の入り口付近にいる近衛神官の面々……。

 彼等の表情は一様に緊張に包まれており、その表情のまま微動だにせず向かい合う一団を見つめていた。

 一団…過激派の一党が大挙して押し寄せ、教皇への面会を求めてきたのだ。


「教皇猊下は奥の私室に居るのでしょう?なぜ取り次いで頂けないのです?」


 そう言っているのは貴族然とした男だ。

 年齢は20代後半といったところだろうか? 背が高い男で、金髪碧眼、端正な顔立ちをしており、着ている服も見るからに高級品といった感じの代物だった。

 男は自身の後ろに控えた集団の方をチラリと見やり、再び口を開く。

 集団を構成する人員の内訳としては若い男が多い様だ。

 中には女性も居るが年齢層はやや高めに見える。

 集団の中には年若い少女も居た。

 そして、誰が見ても彼女だけは別格だとわかる。

 纏っている雰囲気が明らかに違うのだ。

 瞳孔が無い蒼く茫洋とした瞳は、見るものに深海を覗き込む様な不安を与える。

 やや褪せた蒼く長い髪は、視る者が視れば髪の一本一本に魔力が充ちている事が分かるだろう。

 まだ8歳だと言う話だが、幼い外見にも関わらず全身から放たれる圧は年齢相応のものではない。

<挿絵②>

 彼女こそが亡国アステール王国の最終王統にして過激派のトップ、エル・ケセドゥ・アステール。


 かつてヨハンは彼女を過激派の傀儡だと言った。

 しかしもし彼女を視た事が1度でもあったならばそんな事は決して言わなかった筈だ。

 エル・ケセドゥ・アステールは滅びた母国の再興を夢見ている。

 夢の礎に何万、何十万、何百万の屍を積むことになろうとも。



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挿絵は近況ノートにて

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