勇者
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「ところでヨハン。いくつか先に伝えたい事があってね。1つ、勇者はもう死んでいる。2つ、既に新しい勇者が選定されている。3つ、君の道は君自身で均しなさい。簡単に強くなる方法はあるがね、それは君が守りたいもの全て引き換えにしなければ得られないものだよ」
マルケェスは静かに、そして一気に告げ、煙管に口をつけ思いきり吸い込んだ。
吐き出された煙が宙で次々形を為しては消えていく。
犬、猫、鳥。
ヨハンは何かを思案していたが、やがて口を開いた。
「勇者は死んだのか? それとも「殺されたよ」……そうか」
ヨルシカはその場の雰囲気に何となく不安になり、ヨハンの上衣の裾を掴んだ。
マルケェスは謡う様に言葉を続けた。
「嗚呼、悲劇! 正義感が強い青年、信仰心篤い青年! 彼は勇者になりたかった。偉大なる法神はそんな青年に啓示を授け、勇者とした。だが青年は勇者となったばかりに法神とは何かを知ってしまった! 良いかね、ヨハン、ヨルシカさん。信じるとは! “信じる”とは見返りを求めてはいけないのだ。相手を信じるのではない。相手を信じると決めた自分をこそ信じるのだ! ふふふ、例え信じた相手が意思無き傀儡であろうとも……」
ヨルシカはひいひいと嗤うマルケェスを見て、まるで悪魔の様だな、と思った。
それはともかく、彼は重要な事を言った。
勇者は死んで、新しい勇者が選ばれていると言う事。
恐らくは法神が自分達の考えているモノではないと言う事。
ヨルシカはヨハンを見た。
彼女の中でヨハンという人物は恋人であり、そして常に何がしかの道筋を付けてくれる……いわば標の様な人物でもあった。
これから自分達がどうするべきか、何に注意すべきか。
困った時はヨハンがどうにかしてくれる、そんな意識がヨルシカにはある。
それは甘えであり、依存であり……何よりそんな意識にヨルシカ自身も気付いている。
「なあヨルシカ。この距離で俺と殺し合えば俺をどれ位の時間で殺せる? 俺は何の仕込みもしないとして」
唐突にヨハンが問いかけてきた。
ヨルシカは目を白黒させる。
彼女も大分染まってきているとはいえ、この距離で殺しあえば……などと言うのは友人に対しても恋人に対しても投げかける言葉じゃない。だが生来生真面目なヨルシカは冷えた頭で考え、答えた。
「5分以内に君の両手足、そして頭を切断出来る」
それを聞いたヨハンは顔を顰め“15分はもつだろう”等とボヤいたが、そんなヨハンの言葉をヨルシカは鼻で笑った。
「……ちっ……まぁ妥当かな。君はそれだけ強くなった。二人の間になにかしらの役割分担があるとすればそこだ。君は剣を振り、俺を守れ。君自身の命もな。俺は数々の選択肢からより良いものを選べる様に努める。魔合以来、互いの感情は何となく分かる様になった。君は困った時の選択を俺に委ねる事に妙な罪悪感を抱いている様だが、役割分担で片付く話さ」
ヨルシカはその言葉を嬉しく思ったが“何故此処で言うの!? ”と言う怒りでもなく不満でもない、それでいて何かやるせない感情を抱いた。
魔合とは性交より濃密なものである、とか堂々と言っていたじゃないか! とヨルシカは羞恥で頬を赤くする。
横目でちらりとマルケェスの顔を見れば、顔を真っ赤にしながら笑いを堪えていた。
「ヨォ……ヨハン! そういう甘ったるいやり取りは私がいない所でやってもらいたいな、うふ、うふふ」
マルケェスには得体の知れない不気味な印象を抱いていたヨルシカだが、この時ばかりは同感だ。
彼は場合によっては義父に似た何かになるかもしれないのに、その目の前で睦言みたいな事を言う奴が何処にいる?
ここにいた!
■
「マルケェス、新しい勇者が選定された、と言っていたな。その新しい勇者はどんな奴なんだ? そして何処にいる? というか前の勇者は誰に殺された? なぜ殺されたんだ? 糞……聞きたい事が多すぎるな」
ヨハンがまたもボヤくが、それにはヨルシカも同感だった。
そんな二人にマルケェスは苦笑を投げかけ、まあ落ち着きなさい、と両掌を突き出した。
「彼を殺したのは中央教会の過激派……と言っていいのかねぇ? 彼等は野心に溢れていたとは言え、それでもまだヒト種の側についていた。しかし、ねえ。今代の魔王はどうやら裏工作がお好きな様だ。今の教会過激派はどちらかといえば魔王軍の分隊の様なモノじゃないのかな。ちなみにこれは穏健派に属している私のオトモダチから教えて貰った事だよ。新しい勇者がどんな者なのかというのは私には分からないな……。だが北で選定されたと言うのは聞いたね」
◇◇◇◇◇
北方・旧オルド王国領
街道を黒い軽鎧を纏った少女が歩いている。
切れ長の鋭い目は威圧感だけではなく妙な色気を感じさせる艶があった。
肩まで伸ばした黒い髪は、旅の最中だと言うのに全く脂が浮いていない所か、まるで黒いシルクの様に滑らかで……
やや雰囲気が鋭すぎる印象があるが、それでも美少女と言っても過言ではない。
惜しむらくは、その美少女の態度がまるでチンピラといった風情だと言う点であろうか。
美少女……ヴィリは眦を吊り上げ、怒鳴り声をあげた。
「だからさぁ! 鬱陶しいんだよ! ついてくるな! どこか行けよ! 近くの町には連れて行ったじゃねえか! 町長に直談判してさぁ、あんたの事預かってくれるって言質もとったのにさぁ! なんであたしの親切心無駄にしちゃってるわけ!? 殺すぞ! 気まぐれに助けただけで飼い主扱いされちゃたまんないワケ!」
声の先に年の頃は10かそこらと見られる少女が居た。
少女は髪も眉も睫毛も、何もかもが真っ白だった。
所謂アルビノである。
少女はその紅い目一杯に涙を浮かべ、しかし逃げ出す事なくヴィリに向かい合っている。
糞ッとヴィリは頭をかきむしった。
そんなヴィリを少女はじっと見つめている。
見捨てた方が良かったのか? とヴィリは一瞬思うが、すぐにその考えを打ち消した。
──こんなガキを見捨てる? 英雄のあたしが? そんなの自殺した方がマシだなぁ
ヴィリはまごう事無きチンピラで、人殺しに何の痛痒もおぼえない反社会的な精神の持ち主ではあるが……屑ではなかった。
そもそも何故ヴィリが少女を連れて歩いているのか。
それは……
◇
少女はアルビノであった。
肌は白く、髪も白く、眉も白く、睫毛も白く、目が赤い。
これは呪いの産物でも魔族の証でもない。
レグナム西域帝国では既にアルビノのメカニズムは解明されており、これは一種の個性の様なモノである、と無用な迫害を禁じていた。
だが馬鹿は何処にでもいるのだ。
現在の旧オルド領は現在では空地だ。
どこの国も統治をしていない。
領土拡張主義を取るレグナム西域帝国も旧オルド領には手を出さない。
そもそもオルド王国は何故滅んだのか。
オルド王国があった北方はいわゆる群雄が割拠している地域だった。
結論から言えば、オルド王国は周辺国に一斉に攻められ滅ぼされた。オルド騎士は精強な戦争の申し子の様な存在だったが、数の暴力には敵わない。
ただ……普段は骨肉争っていた周辺諸国が何故急に手を組んだのかは今でも理由は分かっていない。
争っているというのなら現在でもそうだ。
無数の小国が点在し、常に戦争している。
恐ろしいのは、過去3度行われた人魔戦争の際も人間同士で殺し合っていたという頭の悪さだ。
馬鹿は魔族より怖い。
レグナム西域帝国もその辺りは心得ており、あえて火中の栗を取りに行く様な真似はしない。
だが、統治者がいなくとも人の営みは為される。
空地である旧オルド領にも大なり小なりいくつもの集落が存在していた。
アルビノの少女、フラウはその集落の1つで生まれた。
幸いにも少女の両親は彼女を愛しており、異相であっても構わずに親としての愛情を注いだ。
だが集落の他の者達は違った。
迷信深く、頑迷で、愚かな者たちは、周囲と違う姿をもつフラウを、そしてフラウの両親を激しく迫害した。
村八分で済んでいた内は良かったが、迫害は年々激化していった。
言葉の暴力が実際の暴力へと変わる切っ掛けはなんだったか。その年の農作物の収穫量が少なかっただとかそんな理由だったかもしれない。
ともあれ、理不尽な言いがかりをフラウの一家は受け、それどころか居るのかいないのかも分からぬ、この地域に伝わる豊穣の神とやらにフラウの一家を生贄に捧げようという話にまで発展した。
当然フラウの両親は娘を連れて逃げようとしたが、まだ幼い少女を連れた彼等が逃げられる筈も無くあっさりと捕縛される。
まずはフラウの両親が殺された。
最初は父親。フラウと妻の名を叫び殺されていった。
次に母親。フラウと夫の名を叫び、集落の者達を呪って死んでいった。
最後にフラウ……は殺されなかった。
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「あのさぁ! 取り込み中悪いんだけどさ! お前らに聞きたい事あるんだよねー。この辺で豊穣の神っていうのが祀られてるらしいんだけど知らない? 生贄要求する神らしいじゃん! それってチョーシこいてるってことでしょ? あたしそういう神サマ面してる奴が大嫌いなんだよね! ところでそいつ等って生贄ってやつ? っていうことはお前ら、豊穣の神とやらの信者かな? だったらあたしの敵って事だよなァ!」
突如集落を訪れた少女はぶうんと大剣を振り回した。
するとフラウを取り囲んでいた集落の者達の首がいくつか飛ぶ。
少女の名前はヴィリと言った。
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