マルケェス
◇◇◇
翌日、ヨハンとヨルシカはウルビスを発った。
目的地はウルビス北部だ。
ウルビス北部にはワイバーンが生息する高山があるが、その麓には鬱蒼とした森が広がっている。
その森の深部に廃村があった。
今でこそ知る者は僅かだが、その村にはかつてエルフェンが住んでいた。
だがいつからか近隣の山にワイバーンが巣食う様になり、被害が拡大してくるとエルフェン達は他の地へ移り住んだ。
エルフェン達には優れた魔法の力があるが、決定的に足りないものがあった。
それは戦闘経験だ。
危地に際した時の心構えが全くできていない。
だから同胞が怪我をする、あるいは死亡した時に困惑し、動揺し、恐怖してしまう。
そうなれば“優れた魔法の力”も満足に発動しない。
対してワイバーンは天性の捕食者である。
更に空を自在に飛び回り、上空から炎弾を撃ち出して来る個体さえいる。
ワイバーンはドラゴンに格が劣るから大した事が無い、と嘯く者がいるがそれは大きな間違いだ。
胴体側に手足が生えているのがドラゴンで、翼側に生えているのがワイバーン。
それだけの違いであって、脅威として格差があるわけではない。
結果的にそんなワイバーンにエルフェン達は散々に追い散らされ……
◇◇◇
「……ということだ。マルケェスはその村の廃教会に住んでいる。え?なんだってそんな所にだって?…そうだなぁ、俺も聞いた事があるが毎回答えが違うんだ。不便を楽しむだとか、自然が好きだとか、学術的な興味だとか。ただ、その中でも一番不穏というか、恐らく本心だろうなと思った答えは今でもはっきり覚えている」
ヨハンが顔を顰めて言うと、ヨルシカはいやだなー、きっと殺伐とした理由なんだろうなーなどと思いながらも“それは?”と聞いた。
「“人には人それぞれの人生があります、ヨハン。100人いれば100通りの人生があるのです。それはつまり、私にとって100個の宝石がある事に等しい。人里近くに住むということは、目の前に何百もの宝石をぶら下げられている様なものです。貴重な宝石でも沢山あると、少しくらいは雑に扱ってもいいか、という気持ちになってしまうでしょう?それは少しねぇ…ふふふ”……との事だ」
マルケェスの姿は禿頭で痩せぎすの、喪服の中年男性…との事だそうだが、ヨルシカとしてはそんな姿はきっと本当の姿ではないのだろうな、と思った。
(そして“本当の姿”があったとしても、それは知らない方がいいものに違いないんだろうなぁ)
うへぇ、と言った様のヨルシカを見るとヨハンは苦笑しながら言った。
「別に取って喰われはしないさ。人を食うのはもう辞めたらしい」
◇◇◇
二人はマルケェスの住処まで特に何の障害もなくたどり着いた。
ヨルシカは獣すらも現れなかった事を少し疑問に思っていた。
ヨハンの話では森では魔獣の類が現れることも珍しくはないのではなかったか?
だがそんな疑問はヨハンの言葉で氷解する。
「マルケェスが歓迎してくれてるんだろう。彼に会いに行く時は大体こうだ。勿論こんなスムーズに会いにいける訳じゃない場合もあるが、その時は彼がどうしても外せない用事などがあったりして留守にしている時だな」
「どうにも得たいが知れない人だね、そのマルケェスさんという人は」
ヨルシカの言葉にヨハンは頷く。
「人間だと本人は言っているが、人間だと思わない方がいいな。そして気は許しても、心は許すな。君は俺の大切な人である以上、滅多なことはされないとはおもうが……彼は人間で遊ぶ悪癖がある。気まぐれに破滅させたりといった悪辣な真似こそしないのだが、特に意味もないのに意味ありげに振舞ったり、意味もないのに不気味な気配を振りまいたりする。しかしそんな中、意味ありげに囁いた言葉の一つに本当に重要な何かが隠されたりしている事もある」
そして二人は廃村と思われる場所にたどり着き、村の奥の廃教会、その扉の前に立った。
ヨハンがドアを叩こうとすると、ドアはひとりでに開いていく。
「やあヨハン。それとお嬢さん。貴女はヨハンのお友達かな?ようこそ、我家へ」
教会の奥、行儀悪く祭壇に腰掛けた男が声をかける。
マルケェス・アモン。
現在の連盟員は皆彼が連れてきた。
要するに色々な元凶である。
◇◇◇
「……それでヨハン。君はそこのお嬢さんに私の事をどの様に説明したのかな?酷く警戒しているじゃあないか。彼女の右手は剣の柄にかかって、今にも抜き放たれようとしているよ」
やれやれ、と言った様子でマルケェスが首を振る。
「貴方が以前人を食べていた、と言う様な事を説明されました。あぁ、私はヨルシカと言います。ヨハンとは…その…親しい関係です…」
ヨルシカがそう告げると、マルケェスが大きく頷く。
「なるほど、ヨルシカさん。安心して頂きたいですね。少し前に死体を食べてみただけですよ。しかも食べたのは人間ではない。竜人種です。私を食べようと恫喝されてしまって私は怖くなってしまってね」
ニコニコ笑いながら言うマルケェスを、ヨルシカは不気味なモノを見る目で見つめた。
――本当に人間なんだろうか?
「気になりますか?」
マルケェスがニタニタしている。
そんなマルケェスの禿頭を、ヨハンがパチンと叩いた。
「人の心を勝手に読むのはマナー違反だぞ。貴方はそれをルイゼにやって、首を刎ねられていたじゃないか。ヨルシカ、彼がマナー違反を犯したら首を刎ねてもいいからな。ただ、他の者にはやらないでくれよ。俺にもだ。首を刎ねられて生きている奴は余りいないが、マルケェスは余りいない奴の一人なんだ。あと、目を見なければ心は読まれないから」
ヨルシカは大きくため息をついた。
連盟の“家族”と言うのはどうも癖が強すぎるらしい。
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最近、諸事情でイマドキのサバサバ冒険者を改稿した「術物語」と言う作品をあげています。
これは地の文を増やしたり、差別的発言などを抑えた改稿verになっています。
主要な展開はイマドキのサバサバ冒険者に準じますが、Mementoとのクロスオーバー要素は無くなると思います。
お暇な人は宜しければそちらも読んで頂ければうれシーサーです(∩'-'∩)
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