ウルビスへ


「ヨハン、ウルビスの町までもうすぐだね…って、また馬車酔い…じゃないか。日向ぼっこかな」


俺はヨルシカの言葉に声なく頷いた。

別に気分が悪いわけじゃないのだが、アシャラを発ってから暫く太陽の光を浴びるのがやけに気持ちがいい。


「秘術の影響だとおもうが、この辺りは少しずつ体質の変化を探っていきたい所だ。流石に乾季には死にかける…なんてことはないとおもうが元気くらいはなくなりそうな予感がする」


そういえば水を飲む回数が増えてるよね、とのヨルシカの言葉にまさしく、と頷いた。


「そういえばウルビスってどういう町なの?私も冒険者として多少なり旅してきたけれど、名前くらいしか知らないんだよね」


ヨルシカの質問に少し考える。



…ウルビスか。

冒険者の町と呼ばれる事もある小さい町だ。

町の近くには森もあれば山もある。

森は植生豊かで、薬草採りだけで生計を立てている者達も多い。


冒険者というのは基本的にチンピラが多いのだが、ウルビスの冒険者というのはやや毛色が違って、なんというか育ちがいいのだ。

物語に出てくる“古き良き冒険者”に憧れている者が多い。


そういえばロイ、ガストン、マイアらも冒険者としてはともかく、人間としてはチンピラなどではないどころかむしろ善良…いや、ガストンはチンピラっぽかったかもしれないが。

だが奴は悪ぶってるだけだしな。

斥候としての才能は無いが、前衛剣士としての才能はそこそこあった…ような気がする。



まあそれはともかく、ウルビスという町は冒険者の町と呼ばれる割には牧歌的だ。

それは周辺環境の豊かさゆえに、社会的弱者がより弱き者から搾取する必要がないからなのかもしれない。

極々一部の者を除いて、別に食い詰めているわけでもないのなら敢えて悪辣な真似をしたいと思う人間はそうはいない。


「確かワイバーンが出るんだっけ?少し興味があるけれど空を飛ぶ相手は好きじゃないなぁ」


ヨルシカの言葉には全面的に共感する。

俺も空を飛ぶ相手は嫌いだ。というより好きな相手がいるのかという話だが。

いや、いたな。

“彼”は鳥だがワイバーンの1頭2頭位なら鼻歌混じりに始末してしまうだろう。


「それにしても太陽の光を浴びているとここまで気持ちがいいとは。ヨルシカ、もしかしたら頑張ったら俺は体の何処からでも木の芽とか出せてしまうかもしれないぞ」



当然冗談だ。

そんな事が出来たら人間卒業してしまう。

だがヨルシカは俺にジトっとした視線を向け、どんよりとした声色で文句を言ってきた。


「君が気軽に何かを言った結果、どうなって来たかを思い返してみてくれ」


やれやれ、全くヨルシカは考え過ぎだ。

霊感により導かれる霊夢ならばともかく、その場のノリで言った事が実現してたまるか。



「それにしても君が貴族との繋がりがあるとは思わなかったよ。そういうのは…失礼だけど…その、余り向いていないというか…西域帝国の貴族が特別問題あるとは言わないけれど、中にはとんでもないのもいるんでしょう?」


別に失礼だとは思わない。

俺も自身が貴族とうまく付き合えるような人間だとは思ってない。


「まあ昔の依頼でね。それで多少なり信用されたか、指名依頼を受けたんだ。訓練というか…教育というか、貴族のボンボンをちょっとだけ鍛えたんだ。1年がかりの長丁場の依頼だったがもうやりたいとは思わないな。実力自体はそれなりになったんだが、甘ったれでね。最後はかなり強引に切り上げてしまったが彼らはまだウルビスに居るのだろうか」


◇◇◇


ヨハンはガストンとはヴァラクで会っていたが、ロイとマイアはまだウルビスにいると思っていた。

だからロイとマイアがイスカでシェイラと共闘し、死地を乗り越えたとは想像もしていない。


全てに意味があるのだ。

たとえ偶然だったとしても。


ヨハンがロイ達を鍛えるという依頼を受けなければ、ロイ達はウルビスを離れることはなかっただろう。

ヨハンがロイ達と知り合い、そして見放す事でロイ達はイスカにいくことになったのだ。


ヨハンがイスカでセシル達と知り合わなければ、当然後にシェイラに“御守り”を売る事も無かった。

シェイラが“御守り”を買わなければロイ、マイア、シェイラは死んでいただろう。


もし彼らが死んでいたらシェイラの恋人は後を追っていた。

そうなれば後に彼がシェイラに、そしてシェイラと死線を共にしたロイとマイアに武器を打つことはなかった。

後にロイ、マイア、シェイラが人魔大戦の際にそれらの武器を持って大功を挙げる事が出来たのは、彼らが生きていればこそだ。



ヨルシカを見ると、馬車内に入り込んだ虫を目で追っている。

あれはどこかで聞いたが動体視力、及び集中力の訓練になるらしい。

達人は飛ぶコバエを得物で両断できるそうだが彼女も出来るのだろうか。


「ああ、ごめん。気になっちゃった?」


ヨルシカが手を差し出すと、虫は彼女の甲にとまる。

そしてヨルシカは甲を窓から外へ突き出し、虫を放してやっていた。


俺は思わずムゥと唸る。

チンピラは脅迫する事で意のままに従わせることが出来るが、虫けらの如き生物に意を通すことは案外難しい。

あの虫はたまたま彼女の甲にとまったのかもしれないが、彼女の行動は妙に確信めいていた。


「ヨルシカ、君の業はなんだか日に日に磨かれていくようだな」


俺がそういうとヨルシカは俺の目を見つめ、口を開く。


「私がどうこうという事じゃないんだ。君だよヨハン。君と体を重ねる度に私の中に何かが流れ込んでくる。その何かが私をも変えていく。私が変わったのではなくて、君が変わったんだ」


ただ、とヨルシカは続けた。

「この変化は私にとって悪いものじゃない気がするよ」



流れ込んでくる!?

馬鹿な!

君が吸い取っているんだろうが!


とは勿論言い返さない。

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