閑話:魔竜殺し(終)
◇◇◇
狂っていたって疲れれば休む。
延々と活動なんてできやしない。
そんなふうに休んでいた所を爆撃されれば、別に魔竜でなくたって激怒するだろう。
魔竜デルミッドは傷を負いながらも怒りで身を震わせ、牙をむき出しにしながら襲撃者を追いかけた。
グラティエ山の生態系の頂点である魔竜デルミッドは他の生物が己を脅かす事はありえないと確信していた。
事実、これまでそうだったのだ。
だからこの奇襲も何かの間違いに違いないと疑った。
そもそも、あの人間どもはなんだ?
何故人間があの様な大魔術を使う事ができるのか?
人間は魔族のような膨大な魔力を持たないはずだ。
魔竜デルミッドは思考を巡らせる。
悪夢を見ているだけなのだ、と現実逃避しそうになる。
しかし現に自分は今、傷ついているではないか。
では、あの人間たちは一体なんなのだ?
だがそこまで考えるとまたアレがやってきた。
靄だ。
頭が茹ったようになり、物を考えられなくなる。
マリーの術が痛みを齎し、その痛みのせいで一時頭の靄が晴れていたのだが、魔竜デルミッドの思考は再びくもりはじめた。
もう何もかもがどうでもよくなってくる。
考えるのをやめたくなる。
自分が何かを考える必要などないのだ。
目の前には餌が4体いる。
肉に喰い出はなさそうだが、芳醇な魔力の香りが漂ってくる。
魔竜デルミッドは“餌”に向かって歩を進めた。
◇◇◇
「追ってくるね。じゃあ手筈通りに」
ルシアンが地面に右手の掌を当てる。
その薬指には青い指輪が嵌っていた。
聞き取れない程の囁きは彼の詠唱だ。
ルシアンは詠唱をはっきりと発音しない。
敵手へ与える情報を出来るだけ制限しようとした結果、もごもごむにゃむにゃとした詠唱でも術が起動するよう鍛錬したのだ。
ドルマをして陰険だといわれる所以はこういう部分にある。
(挿絵①)
そしてルシアンの術が起動した。
掌からパキパキと氷が広がり、その広がりは氷で舗装された一本の道を作りだした。
それだけではない、氷の橇のようなものも生成される。
「乗って」
言葉少なくルシアンが促すと、ドルマ、アリーヤが乗り込む。
最後にマリーを抱えたルシアンが橇へ乗り込むと、それは勢い良く滑り出した。
マリーの息はまだ荒い。
(無理もないか。あれは対軍用の術だ)
ルシアンがマリーを胸元に掻き抱くと、マリーはこれ幸いと抱きついて目を瞑った。
ドルマは追い風を起こし、万が一にもに追いつかれないように気を配る。
ついでに毒も流している様だがそこは余り期待はしていない様子だ。
氷の橇はルシアンが敷いた道を駆け抜けていく。
ただし、振り切るような速度は出さない。
自分達を追わせたいからだ。
この辺りの絶妙な速度調整もまたルシアンの精神力をガリガリと削っていった。
(挿絵②)
やがて彼らの前に氷の橋が見えてくる。
この間アリーヤもルシアンも、そしてドルマも黙り込んでいた。
怖いからではない。
アリーヤとドルマはこの次の局面に向けて準備をしていたのだ。
橇が氷の橋を渡りきり、魔竜デルミッドが追ってきたならばすかさず橋を二人で破壊する為に。
ルシアンが生成した氷はただの氷ではない。
多分に魔力が含まれた非常に強固なものだ。
もっと脆く作れば良いと思う者もいるかもしれないが、それで逃走中に橋が壊れてしまえば元も子もない。
破壊はアリーヤ1人では手間取ってしまうだろう。
だがドルマとアリーヤの二人ならば問題はない。
ルシアンが黙り込んでいるのは疲労からである。
崖と崖を結ぶような橋を生成し、しかもパーティの戦略的撤退を一手に担っている。
そして氷の橇はついに橋を渡りきった。
背後からは怒りと狂気に染まった魔竜デルミッドが追ってくる。
しかし橋を落とす準備は整った。
◇◇◇
(挿絵③)
左手に解き放たれれば周囲へ氷の刃を撒き散らす氷嵐弾、右手に着弾地点で爆破炎上する爆炎弾を準備し構えるアリーヤの姿があった。
かつては師であるミシルから火力馬鹿だと嘆かれた4等術師の少女は、器用にも2種の術を同時に放てる火力馬鹿へと成長したのだ。
「ぶっとばしますわよ~~~!ドルマ!」
応、とドルマがアリーヤに先んじて術を起動する。
起動する術は派手なものではない。
派手なものではないが…悪質ではあった。
ドルマが“塩砂流”と呟くと、さらさらと白い砂のようなものが旋風を巻き魔竜デルミッドを包み込む。
ドルマは術を通じて魔竜デルミッドの傷口、目に丹念に塩を擦り込んでいったのだ。
劈くような魔竜の絶叫!
激痛で氷の橋の上で暴れまわる魔竜デルミッドに、アリーヤが左右の手の術を立て続けに放った。
最初は炎、次に氷。
炎で熱された所へ氷の術が炸裂することで水蒸気爆発が発生し、橋はデルミッドを乗せたまま破壊される。
そうなれば当然…
◇◇◇
「おうおう、落ちていったなぁ。流石に死んだか?」
ドルマが崖下を覗き込む。
デルミッドはぴくりとも動かない。
実際この時点でデルミッドは事切れていたのだが、ドルマ達にはそれを確認するすべは無かった。
子供の使いじゃないんだから、死んだかどうかわからないまま帰還などは出来ない。
一向は誰ともなくため息をつき、結局休憩をはさんで崖下を見に行く事となった。
◇◇◇
かくして、最後こそややシャンとしないものではあったが、イグニテラは魔竜討伐を成し遂げる事と相成った。
これが飛行能力を持つ種だったり、ブレスを吐いてくるような種だったりすればまた違った話になったかもしれないが…。
対軍魔術に耐え切るなどそれなりにタフとはいえ、小細工の効かない魔竜などは成長した彼らにかかっては当然の結果と言える。
とはいえドラゴンスレイであることには変わりはない。
イグニテラはそれからも冒険を重ねていった。
それこそ魔竜デルミッドなどは比較にもならない古竜とよばれる存在とも戦ったし、地下世界に繋がっているといわれる大穴を探検し、冒険王ル・ブランの書にある大地下都市を発見したりもした。
だがそれは、また別の機会に話すとしよう。
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挿絵は近況ノートにあげました
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