花界

◆◇◆


SIDE:ヴィリ・ヴォラント


「ちょぉ!なんでいきなり暴れまくるわけ!?早!早い!早いよ!!ヨ、ヨハンくーん!!って、やば!なにあれ!?青い!青い奴に負けそう!助けに行きたいけれど…あたしも負け……ない!大体てめェ、何度あたしが斬ったと思ってるんだ!不死か?不死なのか?上等じゃん糞ッたれ!ちんたら殺りあってる暇(と余裕}はもうないからさぁー!これで死ね!あと最初に勘違いして攻撃しちゃってごめんね!」


━━月割りの魔剣ディバイド・ルーナム


それはヴィリの顕現させられる剣の中でも、特級の不死殺し。

不死身の月魔狼フェンリークを殺した神秘はあらゆる不死たる存在に死を上書きする。


ヴィリが高く剣を掲げると、青白い光が発され刹那の瞬間真円を描いた。

それはさながら満月の様で。

そして満月に罅が入り、粉々に砕け散る。

砕けた光の粒子は剣に集束し、ヴィリは樹神へそれを振り下ろした。

これぞ不死殺しの一閃、月光剣。


月光の刃は樹神を深く切り裂き、樹神はその動きを止め…ることは無かった。

動きは大分鈍ってはいたし、大きなダメージを与えたと見る事も出来る。

だが普通に生きていた。


「な、なんでぇーーーーーー!?」


ヴィリは目の端に涙を浮かべながら絶叫した。


当たり前の話なのだ。

別に樹神は不死の存在と言う訳ではない。

森の命を吸収凝縮した存在なわけで。

まあちょっと不死っぽいかなーと言えなくはない。

だからディバイド・ルーナムの一撃を受けても結構ダメージを受けた、くらいで済んでしまった。


それにヴィリ自身のコンディションもある。

相手が憎むべき、殺すべき傲慢な神であるならヴィリの一撃は今の比ではなかったかもしれない。

だがそうではないと先の攻撃でわかってしまっていた。


なんだったら神と断言する事すら憚られる。

神のような神じゃない様な、しかも別に偉ぶってなどはいない、ただ森で静かにしていたかっただけの存在なのだ。


もうその時点で英望顕現は効果が減衰している。

そして、減衰どころか…もう維持する事すらギリギリという有様であった。

だからヴィリは叫ぶのだ。


「ヨ、ヨハンくぅーーーーーん!!!ごめん!駄目そう!そろそろ限界!で、でもほら見て!大分弱ってる…かも…?」



糞馬鹿野郎が!!!!!!!!

なにが1人で殺るだ、メスガキめ!!

こっちは1人に殺られそうだよ!!


しかし分かってはいたが強い。


「余り時間がないみたいだな。俺と戦い、あの玩具と戦う余裕があるのか?それにしても面白い事をするな、下賎。もう少し見せてみろ」


魔族…肌の色を抜きにすれば20代も半ばの青年と言った所。

どれ程生きているか分からないが、魔族としては若い個体なんだろう。

それにしては魔法の使い方がこなれている。


「魔族と戦った事はある。だがお前程強くはなかった。なぜお前程の個体が果ての大陸から出てくる?かの大陸に張り巡らされた縛鎖はかつての勇者がその命を触媒として構築したものだ。お前の様な存在が…っぬ!」


俺は途中で話をやめた。

何かが俺の額を強打したからだ。

額から血が垂れるのを感じる。


見れば魔族は口をややすぼめていた。

要するに…ただの息である。

アホか。


「そういう使い方をする事は見ていたからな。だがその涙ぐましい努力に免じて1つ答えてやろう。縛鎖は緩んだ。と言っても…この俺がそのまま出てくる事は出来なかったが…化身くらいはな。この通りだ。当代の勇者は余程たるんでいるらしいな、ふ、ふ、ふふふ。お前は少し面白いな、下賎。名を聞いておいてやろう」


と、そこで魔族がふと気を逸らした。


沢山の人の声。

足音。


「下賎、これを待っていたのか?数がいれば俺を倒せると?まあ良い。今の時代の人間の力がどの程度のものか見ておくのも一興よ」


視線の先には騎士らしき格好の一団がいくつか。そして冒険者の一団がいくつか。別働隊が到着したのだ。


だが…


「ヨハン。勝てるとおもうかい?」


ヨルシカが聞いてきた。

俺は考える。

援軍を数に入れた上で、真っ当にぶつかり合った場合、どうなるかを。


「無理だな。ヨルシカ。普通に戦えば…そして策を巡らせても勝てないだろうな。無残に皆殺しだよ。それだけの差がある。以前始末した魔族とは違う。だが、かといって大人しく殺されてやる道理はないよ。何とか考えてみるさ…」


あるいはチャンスがあるのではないか?

ある程度の犠牲を許容すれば?

或いは自らの命を使ったとすれば?

ヴィリがいれば勝てるか?


まだ諦めてはいないが、しかし。

この期に及んでまだ迷うと?


ヨルシカは“そうか”と苦笑した。


「どうにも此処で終わってしまいそうだ。だったらまあ、いいか。ヨハン、作戦がある。耳を貸せ」


脳筋の考える作戦に興味があったので、大人しく耳を貸す。

すると頭をつかまれ、そのまま唇になにやら柔らかいものが押し当てられた。


シルヴィスの鬱陶しいキャーキャー言う声が聞こえる。

アホか。


「さあ!これで思い遺す事はないな。アイツを倒そう!」


なんだか気が抜けてしまった。

魔族を見ると面白そうにこちらを見ている。

余裕の積もりだろうか。

いや、余裕なのだろうな。


まあこの時点でもう使う事はほぼ決めていたのだが


「そういえばお前たち下賎は、愛し合う者だとか家族だとか…そういうモノを殺されるとより強くなる面白い生き物だったな」


そんな魔族のセリフで、ああもうこれは仕方が無い、と腹を括った。

俺は手帳を取り出すと、術腕で火種を出し、それを燃やす。

糞、全てが終わったら協会式の術を学びなおさなくては…


「ヨ、ヨハン!?一体何を…」


親殺しだよ、ヨルシカ。自慢じゃないが2回目だ。

俺はヨルシカに内心で答えると、起動の言葉を呟いた。


「“花界顕現”」

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