急展
◆◇◆
SIDE:ヨルシカ
まともに…と言ったら語弊があるかもしれない。
私はグィルとそこまで面識はないけれど、彼は優れた術師だというのは分かる。
森で見た彼の術(ヨハンが言うには魔法…私には違いは分からないけど)には少し驚いた。
私が見てきた術と言うのは詠唱がつきものだったからだ。
勿論、詠唱を必要としない術もあるみたいだけれど、ヨハンが言うには力の引き出し先が違うのだと言う。
ヨハン達が何を話していたかは分からないけれど、ヨハンの事だ、何かハメ手みたいなものを使ったんだろう。
グィルが優れた術師なら、真正面からあんな風に術を受けたりはしない筈だ。
先の模擬戦やヴァラクでの戦いを思い返すと、彼は策を巡らせる事を好むみたいだし…つまりはグィルもまたヨハンの策に嵌ってしまったと言う事なのだろう。
「それで、どうする?続けるかい?」
私がシルヴィスに訊ねると、彼女は私を警戒しつつもちらちらとグィルの方を見て…やがてハァとため息をついて戦闘態勢を解き、気だるそうな様子で口を開いた。
「貴女のカレは私が相手すればよかったかしらね。マスターは…いえ、グィルは真面目すぎるのよ。殺し合い向きの性格じゃないわね」
「カレって!?違うよ!彼は友人だ!」
そこは断固として反論。
シルヴィスはそんな私を鼻で嗤って、“今はそうでしょうね”と言った。
シルヴィスは、それにしても、と続ける。
「グィルがあんな調子なら多分貴女達をどうにかするのは無理ね。万が一どうにかできても…」
ほら、と目線を宙へ向ける。
その視線を追うと、ヴィリちゃんが空中を跳ね回りながら色々やっていた。
色々、というのは言葉そのままの意味だ。
空中を切ったかと思えば斬撃が樹神の体を傷つける。
樹神がいくら腕を振り回しても彼女には当たらないし、当たりそうな一撃はどこから取り出したか知らないけれど盾で受止める。
剣が分裂して矢の様に何本も樹神の体に突き立ったかと思えば、剣自体が縦横無尽に空を駆け回る…
「あの子。滅茶苦茶過ぎて無理ね。あんな子がいるなんて、グィルどころか、アイツにだって予想できていなかったと思うわ」
シルヴィスの言葉に、私も頷かざるを得なかった。
ただ、気になる単語が1つ…。
━━“アイツ”?
■
グィルが歯を食いしばり、指を俺に向け魔法を使う。
彼が気付いているのか気付いていないのかは知らないが、魔法は確かに脅威だ。触媒を使わない、そして連射とは恐れ入る。
脅威なのだが、指を向けて使うというのはいただけない気がする。
向けた瞬間に魔法が起動するなら多少はマシだが、向けた後に起動魔法を選択するなら…
◇◇◇
グィルの放った魔法はヨハンによって悉くかわされた。
不可視の矢、地を這う霜、振るわれる炎の鞭、そして雷撃。
その全てがかわされ、防がれ、いなされた。
詠唱間隔の短さゆえにヨハンからの反撃は無いが、己の打つ手がこうも外される事にグィルの焦りはじわじわと大きくなっていく。
火傷の影響も大きい。
彼もハーフエルフェンである以上、普段なら森の精気を多少なり吸収し、その傷を少しずつ癒せるのだが、周辺の精気は樹神が吸収してしまっている。
だから絞り粕の様なそれをチビチビと吸収しているわけだが、そんなものでは到底グィルの大怪我は癒しきれるものではない。
そしてこれが一番深刻な事なのだが…
グィルの魔力も無限ではないという点。
グィルとヨハンの戦いの終着点がどちらかの、あるいは互いの死にあるとするならば、グィルは今、急速に死に近づいていた。
つまり、戦いの終わりは近いという事である。
■
「ぜっ…ぜっ…ぜっ……」
グィルの息遣いが荒い。
…もしかしてなのだが、グィルは魔族ではない…?
魔力任せで雑な戦い方なのは魔族と同じなのだが、息切れが早すぎる。
連中はこの位じゃ息1つ乱さない。
それに、魔法だけじゃなく身体能力任せの接近戦も仕掛けてくる。
俺はてっきりグィルが魔族だと思っていた。
だから戦ってるうちにコイツの目も黄色だったり赤だったり青だったりに変わるんだろうな、と…グィルの目に変色は見られない。
肌にもだ。
連中の肌は青い。
連中は姿を偽る魔法も使える。
だからこうして甚振っていれば、グィルは偽装を解きその正体を見せると思っていたのだ。
ほら、エル・カーラの間抜けの様に。
だがそんな様子は一向に見られない。
だとすると、グィルは本人の申告通りハーフ・エルフェンか?
ならなぜこんな真似をする?
森の伝承に何か関係があるのか?
それとも…
あるいは……
樹神を緑の使徒達は良い様に使おうとしていた。
緑の使徒達をグィル達は良い様に使おうとしていた。
ならばグィル達を良い様に使おうとしていた者が居てもおかしくないのでは?
グィルに聞いてみようと何度か声をかけたのだが、全部無視されて攻撃されてしまう。
「おい!グィル!話をきけ。大事な話があるんだ。大丈夫だ!何もしない!話をするだけだ!俺を信用しろ!」
返答は一条の雷撃である。
横っ飛びにかわす。
人の話を遮り魔法をぶちこんでくるとは…育ちが悪い奴め!
◆◇◆
SIDE:グィル・ガラッド
ヨハンの話は毒だ。
耳を傾けてはいけない。
口を開かせるな、すぐに殺すのだ。
だが、それが出来ない。
魔法が当たらない。
もう余り無駄撃ちが出来ない。
だからといって術を使おうにも、素振りを見せればヨハンが術を撃ち込んでくる。
体が痛む。
火傷が引き攣れる。
シルヴィスの方へ目を向けると、あの女は戦おうとすらしていない。
戦いを放棄したか。
彼女はまだ若い。
だから余裕があるのだろう。
だが私には余裕がない。
もう時間がないのだ。
しかし、自死等はごめんだ。
私にはまだやりたい事が沢山ある。
行きたい場所、読みたい書が幾らでもある。
体の寿命は伸ばせる。
しかし心の寿命は延ばせない。
この身に流れる僅かなヒトの血が、私の、いや、我々の“アレ”を抑えてくれていた。
だがもう限界だ。
心がポロポロと崩れていく感覚は悍ましいものだ。
だが何を試してもこの崩壊に歯止めをかける事が出来なかった。
私は“あんなモノ”に成り果てたくない。
絶望の日々。
そんなある時、奴等の一人が現れた。
奴等の手となり足となり働けば、この身と心を捨て去り、生まれ変わる事が出来る…そう約束してくれた。
だから、だから奴等の駒に成り下がったと言うのに。
◇◇◇
なりふり構わず魔法を放つグィル。
グィルという器になみなみ注がれた魔力という水の嵩が減り続け、やがてその底が見えてしまってもなお必死でヨハンを殺そうとする姿。
無様と言うべきか、哀れというべきか。
もはや勝敗はついている様に思える。
そんなグィルに対して、ヨハンは決して侮る事は無かった。
ヨハンは知っている。
真っ向から小細工抜きで術勝負をしたならば、自らの業前がグィルという偉大な術師のそれには及ばない事を。
侮ってはいない。
しかし迷ってはいた。
だがその迷いも一瞬の事。
ヨハンはグィルを殺さず、口を割らせる事に決める。
殺意をもって襲い掛かってくる相手を殺さずに無力化するというのは案外大変だ。段取りを必要とする。
ヨハンがその意識を僅かに段取りを組む事に割いた。
それが原因だったからかどうかは分からない。
ともかく、ヨハンはグィルの背後からその胸を貫く青い腕を止める事が出来なかった。
「使えぬ男だ。だが最後に役目をやろう。お前がアレの餌となれ」
グィルの胸を貫いた闖入者は血を吐くグィルの首を掴み、樹神へと投げつけた。樹神に衝突したグィルの体は瞬く間にツタに覆われ、取り込まれていく。樹神の体の隙間から手を伸ばすグィルだったが、やがては力を失い、その手もすべて飲み込まれてしまった。
凄まじい膂力を見せグィルを殺した闖入者…
それこそが
「魔族か」
ヨハンが問う。
「下賎。口を開くな」
魔族が答えた。
■
下賎ね、と俺は内心笑ってしまった。
影でまあコソコソと。
余程自分の手際に自信がないのか?
駒を使う事自体は否定しないが、駒に任せて上手くいかなかったからその駒を壊すなど、まるでガキの癇癪ではないか。
殺しも壊しも、自分の手でやるべきだ。
お前はそう言ったな、ヴィリ。
その通りだ。
名も知れぬ魔族。
俺はお前が嫌いだよ。
だから、お前の命は俺が手ずから握り潰してやろう。
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