セドク

 ■


「方角はこのままで良い」

 グィルが呟く様に言った。


「ギルドマスターの仰る事を疑ってはいませんが、なぜ分かるのですか?」

 ヨルシカが首をかしげて質問をすると、グィルは自分の耳を指差し、そして胸……心臓の部分に手を当てた。


 シルヴィスがうんうんと深く頷いているが、ヨルシカは首を傾げすぎて圧し折れるかの如き有様だった。


「ヨルシカ、グィルは……そうだな……彼はハーフエルフェンだろ? まあエルフェンと俺達の目的とする存在はほら、ギルドでグィルが伝承を教えてくれただろう。その絡みで何らかの繋がりがあるのだろうな。だから、そう……何となく血が騒ぐとかそんな感じなわけだ。分かったかい?」


 俺が路上にうち捨てられた鼠の干からびた死骸にも劣る糞の如き説明をすると、ヨルシカは静かに首を振った。

「いいや、全く分からない。分からないけど分かった」


 ■


 良し。


 俺だって分からないし、恐らくだがグィルだってはっきりとは分かってない気がする。言葉で説明するのが面倒だから何となくジェスチャーしたのだろう。でもどうだろうな、グィルは真面目な術師っぽいからな。

 俺は結構適当な事を言ったりするが……


 その後ヨルシカはシルヴィスに“君は理解できたのかい? ”と言っていたが、シルヴィスは“分かるわけないでしょ”と返していた。


 しかしこうして奥地、と漠然と言われても辟易としてしまうな。

 グィルが何となく方角を察する事が出来るからまだ良いのだが、他の隊の連中は大変だろうに。


 ◇◇◇


「糞ッ! バラバラにしろってか!? キリがない! 燃やすか!?」

「馬鹿! 森で火を使うな!」

「凍らせろ! 凍らせて叩け!」



 森の奥地へ向かう別働隊……アシャラ第一騎士団分隊はそれなり以上に苦労をしつつ進軍していた。

 1度や2度斬りつけるだけじゃ全く堪えない化け物は、基本的に剣や槍を主武装とする彼らにとっては非常に相性が悪い。

 とはいえ……


「氷爆詠唱準備! 時間を稼げ! 奴等を水で濡らしておけ!」


 隊の指揮官である青年が指揮を飛ばす。

 アシャラ第一騎士団でも上澄みの魔術剣士である彼は、優れた術の業前と剣捌きで若くして上級騎士の座に収まった。


 アシャラは基本的には実力主義であり、汚職の類で身の丈に合わぬ階位を戴いている者が無いとは言えないが、それでも上層部の者で武もだめで文もだめ、なにもかもからっきしだめと言う様な者は存在しない。

 どれ程駄目であっても、それなり以上の能力は有している。


 ではこの青年はどうかといえば、駄目どころか優等生といっても過言では無かった。その実力のみで若くして上級騎士へ引き上げられた男だ。


 政治的な駆け引きなぞは不得手だし、生まれと育ちの良さゆえに世間知らずな面もある。

 要するにボンボンなのだが、真面目な上にやたら強いボンボンである。

 しかも婚約者が2人いる。


「盾構え! 僕の術でくたばるなよ!」


 ━━“氷爆”


 術の起動と同時に、青年指揮官は軽装鎧の下に身につけた数多くの装飾品の1つが砕け散った。

 触媒の許容する術の威力を上回った為だ。

 無理な術の使い方をすると、触媒がただの一度の術行使で破壊される事もままある。


 青年の起動した氷爆……フリーズ・エクスプロージョンは指定した座標を中心に氷の爆発とも言うべき冷気の奔流を引き起こす。

 そして隊員達が事前に草人間達を濡らした為、その被害はより大きなものとなった。


 草人間の群れの中心で発現させた為、寒波は隊の者にも及ぶが、彼らは盾を構え身を縮め防御姿勢を取っていた為大事はない。


「凍ったぞ! ぶったたけ! 砕けぇ!」


 騎士団員はメイスなりフレイルなりの副兵装なりで、凍りついた草人間達をボカボカとぶっ叩く。

 結局彼らは1人の犠牲もなく草人間の群れを殲滅してしまった。


(急がねば……出せる手札が無くなる前に)


 軽鎧の下に見につけている装飾品の数は多い。

 多いが有限だ。

 節約はしたいが、加減して仕留め切れる相手でもなかった。


「進むぞ! 遠目に見える奴らは放っておけ!」

 おう、という応えと共に彼らは再び森を進む。

 ・

 ・

 ・

 ヨハンの言う“他の隊の連中”はみな大なり小なり、このように苦労を重ねて奥地へ進んでいっている。



 ◆◇◆


 SIDE:セドク


 よし! 狼煙までもうすぐだ! 

 あそこまで行って合流……そして他の人達と一緒に戦うぞ! 

 って……


 ……あれは!? 


「じ、爺ちゃん、婆ちゃん!?」


 僕の目の前には今にも草の化け物に襲われようとしている二人の老人だった。

 僕の祖父母だ。

 なんで!? 

 戦えない市民は外に出るなって言われていた筈なのに! 


「み、皆! ごめん! 僕は……」

「いいから! 助けに行くぞぉ!」

「黙って走る!」


 仲間達は草の化け物に向かっていく。

 僕は良い仲間を持った……。


 草の化け物の大きさは個体差があるみたいだった。

 あるものは家くらいでかいけれど、あるものは大人の腰くらいの大きさだったりする。

 やたら大きいやつは少ないけれど、小さいやつはかなりの数だ。

 僕等は小さい奴なら何匹か倒せたけれど、それ以上の大きさとなると歯が立つ気すらしない。


 そして、僕等の目の前にいるのは大人くらいの大きさ……中型だった。


 ◇◇◇


 剣士の癖に微デブなせいで3人の中で一番足が遅いマゴッチャだが、一番小賢しいのもマゴッチャだ。


 走り出す最中、この距離では走っても間に合わないと判断した彼は、小振りな石を拾ってそれを草人間の目へ投げつけた。

 草人間に視覚があるのかどうかは分からないが、そんな事を考えて貴重な時間を無駄にするよりも、真っ先に行動して見せたマゴッチャは冒険者としての適正が高いのかもしれない。


 マゴッチャの投石は草人間の顔面へ吸い込まれ、その紅い瞳に見事に命中した。セドクの祖父母へ腕を振り上げようとしていた草人間はぐるりと3人の方へと向き直る。


 投石が草人間に痛撃を与えたかといえば、答えは否だろう。

 しかし草人間は3人組から先に排除する事を決めた様だ。

 人間で例えるなら、蚊が耳元で飛んでいるくらいの感覚だったかもしれないが……。


「見たかよ! どうした化け物! 怒ったか? 俺が大剣士マゴッチャだ! 地獄にこの名前をもっていきな!」


 マゴッチャが鉈の様な剣を振り回し、小盾を構えながら吠えた。


 ━━アンタ、剣は下手くそじゃん……


 ファオ・シーはそんな事を思いながらも握り締めた小剣の柄頭にはまっている石の濁り具合を見る。


 彼女の持つ剣は術剣と言い、簡単にいえば剣と杖両方の性質を持つ武器だ。

 とはいえ触媒は低位のものしか使えないし、杖としての機能を持たせたため剣の造りもやや粗い。

 発想は良いのだが、中途半端な性能ゆえに一定以上の階梯の者はこの手の武器を使う事はない。

 仮にこういう武器をまともな形で造ろうと思えば、それこそ湯水の如く金を使う事になるし、製作者も上級どころか特級の腕が無ければならないだろう。


 ━━でも、木だか草だかに浅く突き刺すだけならそれで十分

 突き刺して火の術式を起動してやる、そんな事を思いながらファオ・シーはぺろりと唇を舐めた。


 一方セドクは祖父母の前に走りこんでいた。

 構えるショートソードはいかにも頼りないのだが、2人に背を向け化け物と向かい合う孫の姿は、老夫妻の目にはそれはそれは頼りがいのある男の背中に見えた。


 ━━僕の得物じゃろくに傷つけられない事は分かってる

 ━━決め手を握っているのはファオだ

 ━━僕とマゴッチャはファオが一撃入れる隙を作らなければいけない


 行くと見せかけていかない、木の腕を浅く切りつける……

 セドクとマゴッチャはひたすら牽制に徹した。

 ファオはチクチクと草人間の表皮を突き刺すが、術起動にはどうしても多少時間が掛かってしまうため、中々タイミングを見出せない。


 草人間の振り下ろす腕が叩きつけられ、石畳が割れた。

 それを見た3人は一撃も貰ってはいけないと理解する。

 草人間には戦術も糞もない、膂力任せの攻撃しか手札が無い様だがそれでも3人にとっては脅威でしかない。


 勿論このまま粘ればいずれは応援も来るのだろうが……


「ぐ、えぇぇ」


 マゴッチャが盾の上から横殴りにされて吹き飛ばされた。

 生きてはいるが、速やかな戦線復帰は難しいだろう。


 にちゃり


 セドクの目には、表情筋もない草人間の顔がいやらしく嗤った様に見えた。

 倒れ付すマゴッチャの元に草人間が歩を進めていく。

 そこへセドクが立ちはだかった。


 ◆◇◆


 SIDE:セドク


 そこに突っ立っていたら死にそうだと思ったので、身を屈める。

 頭上を木の腕が通り過ぎていった。

 何となく、何歩か下がらないと死にそうな気がしたので後ろへ下がる。

 目の前の地面に木の腕が振り下ろされた。


 そんな感じでよく分からないけど、何となくやばいとか何となく良くなさそうだという感覚で僕は化け物の攻撃を避け続けていた。


 目に写るのは化け物だけだ。

 他の風景はボヤけてしまってよく見えない。

 化け物の姿だけが、くっきりと僕の目に写る。


 鼻を伝う生暖かい感触。

 さわって見てみると、その液体は赤かった。


 ◇◇◇


 剣が達者なら剣士になる、術が達者なら術師になる、ならば斥候は? 

 それを証明しているのが今のセドクであった。


 気が利くとか身軽であるとか気配を殺すのが上手いとか、そういうものは斥候として非常に重要な要素ではあるが、何よりも大事なのは勘働きである。

 他の者に気付けない些細な違和感や、嫌な気配を感じたらそれを避ける、こういうものを勘などと言うモノで解決してしまう、或いは指針を見出す。


 これが出来ない者に斥候の上澄みとなれる資格はない。


 とはいえ、戦闘中にこういった勘働きが働くものは非常に少ないが。

 いや、いるのかもしれないが、戦闘中における嫌な予感なんてものは要するに自らの死であり、戦闘の最中ならばこの死は間断なく降りかかってくるのが当然で、そんなストレスを受け続ける事は当人にとって非常な負担だ。

 そして本当の一部の上澄み……最上級である者らを除いて、その負担に耐えられるものはそうはいない。


 ◇◇◇


 草人間の攻撃を避け続けていたセドクが膝をついた。

 鼻からは夥しい血が流れている。


 そして、そんなセドクに草人間がゆっくり近付き、両腕を大きく上へ掲げ……振り下ろす事はなかった。


「セドクに!! 手をださないでくれこの化け物!」

 老夫妻が草人間の足にすがりついていたからだ。


 草人間に人間の様な感情があるかどうかは分からないが、少なくとも邪魔をされればそれを鬱陶しいと思う程度の情緒はあるらしい。

 草人間が手を老婦際の頭部へ差し向け、そのやわい頭を握りつぶそうとした所で


 なぜか膝をついた。


 足元には瓦礫の一部。

 ただの偶然だろう、しかしその一瞬の隙を若き術剣士娘ファオ・シーは見逃さなかった。


 ファオ・シーから放たれた低空から掬い上げる様な術剣の突きが草人間の胴へ突き刺さる。


 もちろんこんなものでは草人間に何の痛痒も与える事は出来ないのだが……

 振り払おうとした草人間が自らの体に起きている異変に気付く。


 たちのぼる煙。

「彼ら」が最も忌み嫌うもの。


 数秒をかけて起動された大発火の術式は、突き刺した術剣ごと草人間の体を激しく燃やし、後には焦げた植物の残骸が残された。


 ファオは息をつき、セドクを見る。

 老夫妻がすがり付いているが……どうやら生きてはいるようだった。


「術剣……燃えちゃったな」


 この鬱憤はマゴッチャのケツを引っぱたくことで発散するとしよう、とファオは再びため息をついた。

 ・

 ・

 ・

 老夫妻の足元には銅貨が落ちていた。

 なぜか、真っ二つに割れた銅貨が。


――――――――――――――――――――

銅貨については老夫婦とヨハンの雑談の回を読んでください。なお老夫婦は孫を心配して外に探しに出ちゃった感じです。台風の日に田んぼ見に行くマインドです


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