アシャラ三百景


「חץ קסם」


グィルが草人間に人差し指を突きつけ、ぽつりと呟くとその水分の抜け落ちた枯れた指先から不可視の何かが放たれた。

その何かは草人間の胴体に大きな穴を空けるが、草人間は倒れる事なく此方へと向かってくる。


「魔術ではない…魔法ですか。しかしアレは人型ですが急所もまた人と同じとはいかないようですね」


俺がそう言うと、グィルは指を人差し指と中指を突きつけて先ほどと同じ様に呟いた。

「שרשרת של קרח」


するとグィルの足元から霜が走り、草人間へと向かっていく。

その霜はたちまちに草人間の足元から全身へ伝播し、みるみる内に動きが鈍くなっていく。


グィルがちらとヨルシカ、そしてグィルの護衛としてついてきたシルヴィスへ視線を向けると、2人は弾かれた様に飛び出した。

シルヴィスは短刀を握っているが、ヨルシカは何と素手だ。彼女は剣を腰に佩いたままだった。


1撃、2撃、3撃、4撃。


ヨルシカは右拳の正拳を頭部に、左の掌底を胸部に、右膝蹴りを腹部に繰り出した後、左の回し蹴りを側頭部へ叩き込んで締め括る。


グィルの魔法で凍り付きつつあった草人間はヨルシカの連撃でばらばらに砕け散る。

流石に破壊されてしまえばどうにもならないらしい。

バラバラになった草人間は動き出す様子もなく沈黙している。

あれを摸擬戦でやられてたら死んでいたな…。

シルヴィスはぽかんとした表情を浮かべ、"お見事"とパチパチ拍手をしていた。


──だが


「数が多いですね…まともに相手をしていたらキリがない。奥地へ一直線に。障害となる個体だけ始末しましょう。他の部隊も向かっているでしょうが、ご安心ください。不運には自信があります。自慢ではないですが、これまで何度も連続してこういった糞みたいな目に遭ってきました。我々が一番に封印の祭壇とやらを発見できるでしょうね。そして化物と喧嘩するわけです。まあ根拠はないですが」


俺は義手の手首を抑え、ぐっと内に向けて折り曲げる。

ガチャリといくつかの大振りの水晶がセットされた事を確認し、掌を進行方向の草人間へ向ける。

この義手はそれ自体が一本の高性能な術杖であるからして…


──空衝・渦


エアショック。

本来は衝撃波を前方に広く放つ協会式の術式だが、良質な触媒、及び義手内部に刻まれた古代語が術式に大きな増幅効果をもたらす。


結果はこれだ。

前方の木々ごと草人間達が吹き飛ばされていた。

例えるなら水平に小規模の竜巻を放った様なものだろうか。


勿論この腕を装着すれば誰でも術が使える様になるわけではない。

この義手はあくまでも高性能な杖として使えるだけであって、心得の無いものを術師にする効果はない。


「色んな意味で凄い。なんてものを腕に付けたんだ…ところで君って自慢じゃない事を自慢気に語るの好きだよね」


ヨルシカが何か言っているが黙殺。

グィルは無表情、無感情だし、シルヴィスもニヤニヤ笑っている。

面白いのはこれからおっぱじめるのかと言わんばかりのお前の服装だ。


勿論それは口には出さなかった。


◇◇◇


大森林から不気味な緑の人型が次々現れる。

彼等の事を便宜上草人間と呼ぶ事にする。

草人間は最初はアシャラを取り囲む様にしていたのだが、次第に大胆な動きを見せる様になった。

つまりは、数を恃みにしての都市内部への侵入だ。

草人間達は動きは鈍いのだが非常に力が強く、軽率に挑みかかった都市の衛兵の胴を二つに引き千切る等、その人外としてのスペックを大いに見せつけた。


だがアシャラ政府は冒険者ギルドを始め、各ギルドと連携しこれに即応した。

その対応の早さは国として、1つの大きな組織としてこれ以上無いほどの速度であった。


ギルドマスターのグィルとアシャラ王が密な情報共有をしていたゆえである。

とはいえ、政府とギルドの予想を外す事も当然あった。

それはやはり、数。


草人間はとにかく多かったのだ。


◇◇◇


本来ならばグィルもアシャラ防衛にあたるべき、という声もあったのだが彼の言う"本体"を確実に討つために最大戦力を派遣しなければならないという現状もあった。


よって、現在冒険者ギルドを指揮するのは副ギルドマスターのボロである。

ヒト種坑掘人である彼はグィルの様に大きな魔法の力を有するわけでもなく。アシャラ王の様にカリスマがあるわけでもない。

土を佳くあしらい、アシャラの都市計画に深く関わる事務屋だ。

道を舗装したりだとか石壁に乾くと固まる粘土状のモノを埋め込むだとか、そういう術を使う。


都市のここを再開発したら次はここ、予算がこれくらいだから足が出ないようにここで採算をとる…そんな机上の戦に慣れている彼だが、この危地にあって実戦の指揮等を取れるのかといえば…


取れてしまった。

机上で何かを指定、指揮するという行為は案外彼に向いていたのだ。


やれと言われたらやるけど、できればよし、でも出来なければそれはそれでしかたない。だって上がやれっていったんだから…

などという割り切り方をしている彼は、次はあそこを守れ、ここに部隊を派遣しろ、そこを強襲しろというような指示をポンポン出していく。


状況報告はギルド直属上級斥侯があげており、その情報をもとに彼は地図をみながら仕事をしていく。


(犠牲もでるがそれはそれで仕方ない。必要経費だ)


◇◇◇


アシャラ政府もこちらはこちらでなんとか状況へついて行く事が出来ていた。

王宮の最後の守り、近衛騎士団のみを残して事態打開へ軍力を注いだ事に対しては賛否両論あったものの、余力を残して敗北というのが一番馬鹿らしい上に、なによりも逃げ場がないという事で反対意見を一蹴。


とはいえ、地理的に都市の境目が大森林と言う有様なので、防衛線をひくにしても水際作戦となってしまう。

ある程度の侵入、そして傷は許容した上で見敵必殺の構えを取る。

これは冒険者ギルドとの意思共有が既になされていた。


それに全てを都市防衛戦力としたわけでもなく、ヨハンらとは別動隊という形で何部隊かは大森林へ樹神討伐部隊として出発している。


これは民間側も同じだ。

討伐が失敗しても、また都市防衛が失敗しても敗北であるため、戦力の割り振りには最後まで悩んだ。


とはいえ事態はもう動いてしまっている。

後はなるようになれである。

アシャラ王は愛用の特大剣を見つめながら今頃森の奥地へ進行しているだろう娘を想った。


(生きて戻れ、娘よ)


◇◇◇


「ひええええええーーーーー!」

「ちょっとちょっと!マゴッチャ!叫ばないでよ!余計疲れるじゃん!」

「あっちだ!あの煙!合図だぞ!あそこへいく!合流地点だ!!走れ走れ!」


セドク、マゴッチャ、ファオ・シーはセドク以外は別の国出身だが、それぞれ理由がありアシャラへやってきた。

彼等は運命の導きかどうかは知らないが、偶然にも冒険者ギルドで出会い、なんとなく意気投合し、それ以来パーティを組んでいる。


斥侯のセドク

剣士のマゴッチャ

斥侯剣士のファオ・シー


そんな彼らは人生最大ともいえるピンチ…不運から、必死で足を動かす事で逃れようとしていた。


◇◇◇


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