神の敵

 ■


 店のあれやこれやのセンスはさて置き、料理自体は良かった。

 野菜のスープは数種類どころじゃない数の野菜を煮込んでいるらしい。

 草花のあしらいはそれなりに得意なので、その辺の雑草を旨く食うくらいの調理技術はあるつもりでいたが、やはり専門家は違うな。


 ひとしきり料理を堪能して店を出るとセドクが居た。

 セドクは仲間と思しき者らと一緒に談笑しながら歩いていた。


「あ! ヨルシカさん! ヨハンさん!」


 手を振りながら駆け出してくる。

 後ろで彼の背を睨みつけている少女には気付いているのだろうか。

 セドクチームとは何度か顔合わせをしているのだが、セドクがヨルシカという単語を出す度に件の少女の目つきが悪くなる。


「やあセドク。これから依頼かい?」


 ヨルシカが聞くと、セドクは首を振って言った。

「いえ、それが森への立ち入りをギルドから禁止されちゃって。暫く立ち入り禁止との事でした。仕方ないんで、これから皆でご飯でも行こうかって話をしてたんです」


 封鎖したか。

 まあ浅層なら大丈夫だとは思うが、万が一はあるかもしれないしな。


「ああ、どうやら森に危険な魔物が現れたそうでね、ギルドが直属の即応部隊を動かしているそうだよ。だから勝手に入っちゃだめだからね。まあ仲間達と楽しんできなよ」


 ヨルシカが言う。

 間違ってはいないな。

 シルヴィス……あのダークエルフも即応部隊の1人と言った所か。

 グィルは見た目以上に腕が長そうだ。


「はい! ……あ、あの? ヨハンさんと何を……デートとかですか?」


 要らん事を言うから見てみろ、お前の後ろを。

 少女の視線が殺気を孕んでいるぞ。

 ああいう類の視線……その極まったものは俗に邪視と呼ばれるんだぞ。


 そういえば同僚に邪視を得意とする者がいたな。


 “いい? 見えてしまうからこそ視えなくなるものだって多いの。つまり、見えなくなれば視えるものが増えると思わない? だから私は目をくりぬいたの。お陰で何もかも視える様になったわ”


 全然良くわからないような、何となく分かるような理屈だった。

 だが、現実として彼女の邪視は様々な事象を……


 おっと、人前だというのにぼーっとしてしまった。


 ヨルシカが考え込んでいる。

「デート……いや、でも謁見とかしたし、デートでは普通国王陛下と謁見はしないはずだ……」


 俺は大きく頷いた。

 その通りだ。

 この世界に謁見デートというものはないし、あってはならない。


「いいかセドク。今はこのアシャラ存亡に関わる事態へ一致団結し事へ当たらねばならない。……あ、セドクは知らなかったか。まあいいか、今結構大変なんだ。そのええと、危険な魔物が思ったより強力でな。様々な面を鑑みると、アシャラの危機と言える。それで納得しなさい。だから俺がこの様な時にヨルシカとデートする事はない。するならば事態が解決してからだ。つまり、此度の危地の原因となった存在を全員捕縛し、司法の場で裁くか、或いは!」


 セドクの肩に手を置く。


「あ、あるいは?」


 セドクの耳元で、皆殺しだ、と囁く。

 ひえーっと情けない声をあげ逃げだすセドクは見てて面白い。


 ◆◇◆


 SIDE:ヨルシカ


 またヨハンがセドクで遊んでいた。

 最近気に入っているらしい。

 少年趣味とかじゃないか心配になって、1度彼のどこがそんなに気に入ったのか聞いてみたことがある。


 “反応が馬鹿みたいで面白い”


 といっていた。

 酷い奴だ……。


 それにしても……なんだか今日は植物の匂いが強いな。

 雨の日の翌日は珍しくないのだけど、昨日は晴れていたはずだ。

 明け方降ったにしても、地面が濡れていない。


 ヨハンを見ると、彼は森の方を睨みつけていた。

 彼の視線を追うと、違和感。

 この感じはあの時の……


 意識を集中すると、浅黒い肌のハレンチな格好をしたダークエルフ……シルヴィスの姿が見えてきた。


「あら。私の隠行も衰えたかしら。ギルドマスターが呼んでるわ。森が動くわよ」


 それだけ言うとシルヴィスがどこにいるのか分からなくなってしまった。

 消えたと言うわけじゃない。

 分からなくなった……あれが上級斥候か。

 ヨハンが言うには、認識阻害という上級の隠蔽技術だっていう事だった。


 そしてそれを言った当のヨハンはぼーっとつったっている。

 背中をバンと叩いてほらいくよ、と急かすと彼はポツンと呟いた。


「なあヨルシカ。俺は気付くべきではない事に気付いたかもしれない」


 なにを? と問うと


「もしかして、俺が別に何も対策をしようとしなくても、グィルと王でどうにか危機への準備なり整えることが出来ていたんじゃないかってな」


 私には何も返す事が出来なかった。

 そして動かなくなったヨハンの手を掴み、ギルドへ引っ張っていく。


 ◇◇◇


【それ】は自身に入り込んでくる黒いモノが齎す痛みに煩悶していた。

 不快感、不快感、不快感。


【それ】の蝋燭に灯された理性という名の火が徐々に勢いを失っていく。

 半ば意識が覚醒していた【それ】は周囲を探る。


 痛みの原因は何なのか……やがて【それ】は気付いてしまった。

 自身が眠るこの地の周囲に、小さいアレがウゾウゾと蠢いているのを。


 ━━子よ、子らよ

 ━━母を助けよ

 ━━子らよ、母を害す者らを除け


 そして、ザワザワと森がさざめく。


 ◇◇◇


(少なくとも見た目だけは)少女はつまらなそうに周囲を見渡した。

 そこには見渡す限りの草人形。

 ツタやら枝やら葉やらが絡み合って造られているのだろうか。


 そして干からびた複数の死体。


 緑のナントカとか言う連中は緑色の草人形に皆吸われてしまった。

 でっぷりふとったデブがしおしおと干物になっていく様は少し面白かったが、あんなのじゃあとてもとても満足出来そうにもない。

 100や200、1000や2000倒したって英雄にはなれない。


 ━━でも


 無造作に振るわれた横一文字の薙ぎ払いは、遠間に居たはずの草人形達を胴斬りにする。


「あのあのあのあの~? お宅らがしょぼすぎて全然威力でないンですケド~? って話きいてるのかよ、聞いてねぇか。はァ~……おい! お前等ももう逃げていいよ。あいつら、お前等の事も生贄にするつもりだったらしーね。なんかコソコソしてんなァって調べてよかったよ。そーじゃないんだよなァ。生贄なんてつかったら英雄じゃないじゃん。なんで神サマに媚びなきゃいけないわけ? あ、そうそう、その緑野郎もみんな死んじゃったし、お前等も逃げたれば逃げなよ」


 少女の目線の先にはツタで雑に縛られた男女が地面に座らされていた。

 束縛は非常に雑で、上級斥候である彼らなら場所その気になれば一息にほどく事は出来る。

 しかし、それをしなかった理由……それが目の前の少女だった。


 上級斥候である彼ら2人を手玉に取り、あっという間に捕まってしまった。

 そしてある夜半、彼ら2人の元へ緑の使徒がやってきて自分達を神の復活の為の贄としよう……とした所で、目の前の少女が怒り散らしながら現れ処刑をとめてくれたのだ。


 少女は言った。


 “悪いんだけどー、あたしは今ンとこお前等の事殺すつもりはないけど、緑雑魚共しんじゃったらカミサマ復活しなくなるとかいわれてるんで、邪魔されても白けるんで捕まえとくよ。いたくないように縛るけど、逃げるようならブッコロすから”


 ・

 ・

 ・


「助けてくれて感謝する。あなたはどうするのだ? そして……あなたの目的は一体何なのだ?」


「神殺し! 人間はさ、カミサマなんて必要ないって思わない? 自分らの都合で好き勝手してさァー。カミサマに酷い目にあわされてる人って結構いるよね。あたしもなんだけど! だからぁー、むかついたから全員ぶっころしちゃおっかなって思って! でも寝てるとこボコってもクツジョクカン味あわせられないじゃん? だから起こしてからブッコロすんだぁー! だからあたしは

 」


 ヒュンヒュンと二回剣を振る少女の周囲でバタバタと何かが倒れる音。


「取り合えずここでこいつ等ブッコロして、親玉が起きたらソイツもぶっころす感じかな! ま、もーじきおきるでしょ」


 この前のはちっちゃい奴だったからな、今回は大物でうれしーかも! と剣を振り回す少女はなんとも楽しそうに笑っていた。


 連盟の24本目の杖、ヴィリ・ヴォラント。

 その杖の銘の名は


 ━━【神敵】


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