アシャラ⑤

 ■


「適度な運動は体に良いんだよ」


 等とうそぶくヨルシカを黙殺し、俺は支度を整えた。

 あれが適度とは何と暴力的な女だろうか。

 そういえば初めて会った時、木っ端傭兵の股間を蹴り上げていたな。


 それはともかく、今日も採取をいくつかこなすつもりだ。

 上衣に包んだ手帳を開き、空きの頁はあるだろうかとぱらぱら捲る。


「綺麗な装丁だよね、その手帳。革の色合いも良い。大分使い込んでいるのだろうけれど草臥れた様子もない。余程丁寧に扱ってるんだろうね」


 ヨルシカが肩口から覗き込んでそんな事を言ってきた。


「まあな。俺がガキだった頃から使っている。元は母親の物なんだ。俺が草花が好きなのは母の影響だ。母は押し花が趣味でね。これは彼女の形見だよ。彼女が死んで、色々あって孤児になったのさ。人間生きてれば色々あるだろう?」


 話している内にその場の辛気臭さが増してきてしまい、やらかしたか、と思う。だが自分が大切にしている物の来歴を語る時、適当な出任せで誤魔化すのはモヤモヤしないか? 

 俺はする。

 余り曖昧な事は言いたくないが、名状しがたい罪悪感の様な物を感じてしまう。


「あ、あー! そうだ、そういえばなんだけど、ヨハン、君が子供達に話していた事、物騒だったけど結構面白そうだなっておもったよ。なんだい、君、必殺技なんて持っていたのかい?」


 ヨルシカが強引過ぎる話題を試みてきたので、素直にそれに乗っておく。


「あるとも。だがあの時は使うまでもなかったな。ソイツは石化の呪いを使ってくる悪魔だったんだが、この世界にどれだけ石化の類を使う化け物がいるとおもう? そういった化け物は大体どっかの英雄が討伐しているんだが、その辺りから逸話を引っ張ってくればどうとでもなるよ。奴等は人間を舐め腐ってるからな。普通に殴ってくる方が余程おっかないってのに。子供達に話したのは単なるリップサービスだな。子供はそういうの好きだろ? 奴等は何でもかんでも必殺技にしたがる」


 俺が過去それを使ったのは2回。

 遺髪、ハンカチーフ。

 使わなければ死んでいた。

 仕方がないが、その度に思い出を無くしてしまった事が悔やまれる。


「そうだ、君はギルドには行かないのか?」


 俺がそう聞くと、ヨルシカはなんとも表現し難い微妙な表情を浮かべていた。


「ヴァラクで結構稼いだからね。それにあんな修羅場の後だと少し気が抜けちゃってさ。私の率直な意見だけれど、ラドゥ団長達がいなかったら私とヨハンが居てもまずかったんじゃないかい? 例えばその辺の適当な傭兵団と組んでたとしたらさ。それとも君の必殺技を使えば切り抜けられたかな?」


 俺は呆れる。


「どうだかなぁ。俺も君も死んでたんじゃないか? 大体、俺のご大層な必殺技は時間が掛かるからな。起動する前に殺されてそうだ。君もまだ手札の1枚や2枚隠しているのだろうがそれでも厳しいだろう。俺達2人は盛大にぶっ殺され、あの赤くて気持ち悪い奴の中で永遠に生きるんだ。不老不死だぞ、嬉しいだろ?」


 ヨルシカはオエッと吐く真似をして、じゃあ私は子供達の相手をしてくるから、と手をひらひらさせて去っていった。


 俺も仕事にいくか。


 ■


 ギルドについた。

 青い服を着ている職員をつかまえ、銀貨を1枚握らせて“何か変わった話は無いかい? ”と問う。


 チンピラから巻き上げた金なので惜しくはない。 


「どうせ後から広まってしまうでしょうが、現時点では他言無用となります。隣国からの行商人が数名、行方不明です。ただ、毎年極々一部の商人が大森林の魔物に襲われますからね。いつもの事なのか、それとも……。街でも噂になっているので聞いた事あるでしょうが、緑の使徒と名乗る賊徒の仕業なのかはまだギルドでも断定出来てません」


 毎年恒例で商人が犠牲になるにしてはギルド側の動きが不穏だな。

 上級斥候が動くに足る何かがあるはず……。まあ……そうだな……俺には……

 関係ないな! 

 よく考えれば全然関係ない。

 問題は解決した。


「ありがとう。俺も森では気をつける事にするよ」


 そうなさってください、という職員に礼を言い、採取依頼を受けた。

 報酬は銅貨40枚というものだ。

 どうせ採取は趣味なのだし、別にこの程度の報酬ならギルドを通さなくても良い様に思えるが、俺はちょっとした保険のつもりで依頼を受注している。


 仮に森で俺に何かあっても、未帰還なら未帰還で情報があがるはずだ。

 そうしたら運がよければ救援が寄越されるかもしれないしな。

 一輪の花に滴る夜露の一滴にも満たない可能性だろうが、積めるものは積んでおく。


 ◆◇◆


 SIDE:ヴィリ・ヴォラント


「あのさぁ! いつになったらコレの封印解けるわけ!? もうすぐもうすぐって、もう200年くらい経ってるンですけど!」


 あたしは連中のまとめ役のデブの尻を蹴り上げた。


「うへぇッ! 200年も経ってません! も、もう少しです! 本当にもう少し……森の精気を日々吸収しておりますので……そ! それに、森の精気だけではやはり足りないと思いまして、人の精気……を……」


 はぁ~~~!? 

 人間を糧に捧げたとか聞いてないンですけど! 


「聞いてない! テメェー! そこに座れよ! 正座だよ! お前ら森のせーきだけで大丈夫ですーとか言ってたじゃん! 昔からいた地神が排斥されちゃって復活させたいンだけど、中央教会から邪教認定されちゃったから追っ手から護って~! って話だよね? 邪教認定は中央教会のセージ的な都合っていってたよな? 人を糧に捧げるとか完全に邪教じゃん! 邪神になっちゃうじゃん! 中央教会の言ってる事間違ってなかったじゃん! あたし、大義名分でガチガチに固めた教会の連中相手にするのとか嫌なんですけど! 誤解なら別に問題はなかったんだよ! あっちが間違ってたらあいつらの奇跡も大したことないから! でも連中の言ってる事が正しいってなると話が変わってくるンですけど! お前等さぁー! 緑の信徒とか名乗ってるくせに教会の使う奇跡の事もしらないワケ!? 低脳! 馬鹿! あいつらは大義名分が揃っててそれが正しかったらクソ強くなるんだよ! そういう生き物なワケ! そんなのも知らないの? 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!! ……あ! ごめん! 死んだ? ……死んだか、じゃあ次はお前がリーダーね。さっさと解封の儀ってのして! じゃないと殺すね!」


 コレが邪神でもそーじゃなくてもぶっころすつもりなんだけど、それは言わないでおこーっと。

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