アシャラ④

 ■


 ヨルシカの世話になった孤児院とやらに行く事になった。

 ギルドからはそう遠く無いようだ。


「私はわけありでね。親がいないわけじゃないけど…」


「俺には親は居ない。色々あったからな」

 喉を搔っ切ってやったからな。

 屑に相応しい報いをくれてやった。


「……そっか。似た者同士かもしれないね」


 ヨルシカがそう言うが、多分似ては居ないとおもう。

 だが否定するのもな。

 基本的に俺は何でも0か100かで勘定するのだが、時にはよくわからんことをよくわからんままにしておく方が良い場合もある、と言う事は知っている。

 特に人間関係ではそういうことが多い。


「そうかもな」

 俺はそれだけ答える。


 そんなこんなで俺達は孤児院についた。


 ■


 孤児院の扉を開くと、子供が突進してきた。

 凄まじい勢いで突進して全速力で走ってその勢いのまま飛び上がった。

 体勢は水平。


 ヨルシカへ抱きつこうとしたのだろう。

 だが勢いがありすぎたのか、ぶっ飛んだ子供はヨルシカを通り過ぎてしまう。

 顔面で地面を拭き掃除しそうだったので慌てて宙で拾い上げた。

 腕の中でじたばた暴れる子供をヨルシカへ手渡す。


「おいヨルシカ、この孤児院の子供は暴角猪の子供か何かか」


 暴角猪とは凄い勢いで突っ込んでくる猪の事である。

 雑な説明だが、本当にそういう猪なのだ。

 理性というものが一切なく、動く物を見つけたら全速力で突っ込んでくる。

 そして木に頭をぶつけたりして死ぬのだ。


「ごめんごめん! おい! トマ! 少しは大人しくしてくれよ」


 トマか。トマのトはトゥードのトと被っているな。

 将来は立派なトゥードになる事だ。

 革鎧の材料にしてやるから。


 ◆◇◆


 SIDE:ヨルシカ


 ヨハンは想像してたよりずっと如才なく子供達の相手をしていた。

 無表情ながらしっかり構ってくれるヨハンに子供達は纏わりついていた。

 彼らの事を“居ない者”として扱う大人達は多い。

 そして子供達は私達が思っているよりそういう感情に鋭敏だ。

 彼らを視界にしっかりと入れて話すヨハンに子供達は懐いているのだろう。

 とはいえ、甘えきりになってはいけないが。


 彼は子供達に話をしてやっているようだ。

 微笑ましい光景だな。

 色々な事を知っているから他国の童話か何かでも話しているのだろうか? 


 ・

 ・

 ・


「そして俺は指を突きつけ言ってやった。はははは! 現界する時に脳を魔界に置き忘れてきたのか間抜けな悪魔め、術師と対峙して足から石化させるとは悠長な事を。俺はもうお前を始末する段取りを済ませたぞとな。そして続けた。見よ、我が秘術を。花咲き枯れゆく永遠の花界……」


 子供達の声(ひっさつわざだ! ひっさつわざ!?)


「その通りだ、そいつは良くわからないが俺に嫉妬していた。そしてチンピラの如く絡んできたのだ。だが俺は一発は殴られてやるつもりだった。寛容の精神でな。だがそんな俺をチンピラは一発殴った後もう一度殴ろうとした」


 子供達の声(ひどい! ちんぴらゆるせない!)


「魔王か、大昔はいたそうだが今はどうなのだろうな。アリクス王国はしっているか? ここよりずっと東方の国なんだがね、その地域では荒野の魔王マルドゥークという恐ろしい魔王がいたそうだ。魔風を纏う猿頭の化け物だ。その力は自在に竜巻……ほら、風がぐるぐるまわるやつだ……を操ったとされている。だがそんな魔王もエルフェンの姫が大魔術を持って討伐した」


 子供達の声(まおー……まおーこわい……)


 ・

 ・

 ・


 子供達も喜んでいるし……まあいいかな……いいのかな


 ■


 結局その日は孤児院に泊まる事になった。

 いつまでたっても連中が眠る事がなかったため、精神を沈静させる術を使った。放っておくと永久に暴れまわっているのだ。

 沈静といっても強いものではなく、精精深呼吸を数回する程度の沈静作用だが。


 やや草臥れた俺も眠ることにする。


 緑の小さい山の夢を見た。

 あれは山なのだろうか? 

 いや、山ではない。

 あれは……


 足に何かが当たる。

 足元を見てみた。


 そこにはボロボロになった揃いの剣と盾が転がっていた。


 ■


 翌朝。


 孤児院の者達と朝食を食べた。

 飯作りは俺も手伝ったが、義手の調子は上々だ。

 説明は難しいのだが、こうしようと思った動きを強く意識すると、勝手に義手が動いてくれる。

 だが無理矢理動かされているという感じでもないのだ。

 あくまで自分の意思で、しかもよどみなくイメージ通りに動く。


 飯の時は子供達も暴れずに大人しく食べていたので安堵した。


 片付けも終わり、子供達は仕事に出かける。

 彼らは近所の店の小間使いやらなにやらで孤児院の生計を助けているのだ。


 院長とも会ったが、彼女は元々教会(協会ではない)のシスターをしていたそうで、寄る辺ない子供達を引き取っているのだとか。上品な淑女だった。

 子供達もババちゃまと言って慕っている様子だ。


「おはようヨルシカ、なあ君って盾は使うのか?」


 昨晩の夢が何となく気になったので聞いてみた。

 術師の見る夢は普通の夢で無い場合もある。

 ヨルシカは首をかしげ、まさか、と言った。


「私は盾は嫌いなんだ。形が崩れちゃうからね。そういう流派なんだよ」


 流派と来たか。

 いや、そうだな。

 彼女は妙に洗練されすぎている。

 が、詮索は無用か。

 俺はこれ以上思考を進めない事を決めた。


「君は身軽さが身上だものな」


「うん、あ、もし用事がないなら軽く組み手でもしてみないかい? 食後の運動さ。君は体術もいけるクチだろ?」


 ヨルシカがそんな事を言ってくる。

 確かにいけなくはないが……俺のは体術というより護身術の類なのだよな。まあいいか。


「いいぞ。だが俺は格闘では君程やれないとおもうぞ。頼むから殺してくれるなよ。自慢じゃないが、俺の体術はチンピラを殴り倒す事に特化してるんだ」


 酷い体術だな、とヨルシカはぼやいて庭へ向かっていった。

 俺もそれに続く。


 ◆◇◆


 中庭でヨハンとヨルシカが向かい合った。


 ルールは明快だった。

 格闘のみ。

 術も剣も無しだ。

 そして急所攻撃も。

 後は本人達の裁量による。


「やるか」


 ヨハンがヨルシカへ声をかけ、ヨルシカもああ、と頷いた。


 まずはヨハンが仕掛けた。


 一気に距離を詰め、生身の左拳をヨルシカの頬向けて繰り出す。

 だが、その拳を当てる事は無かった。

 直前で止め、握り締めた拳を開き、ヨルシカの視界を塞ぐ。


 そしてヨハンは彼女の視界が塞がれ、混乱したかどうかを確認する事なく大きく屈みこみ、腰目掛けて組み付きを仕掛ける。


 確かにヨルシカは身軽ではあるが、膂力はヨハンの方が上だ。

 である以上は動きを封じてから打撃なりを繰り出した方が良い。

 そう目論んでの事だった。


 だがヨハンの目論見は外れる。

 空気を引き裂く様な勢いでヨルシカの膝がヨハンの顔面目掛けて飛んできたからだ。

 ヨルシカはヨハンの目論見を読んでいた。


「ぐ、ぬ……!」

 必死で顔をそらせるが、膝はヨハンの頬を掠め、赤い痕を残す。

 怯んだヨハンを見たヨルシカは踵を強く地に打ちつけ、後方へ飛ぶ。


「左の拳突。意がなかったね。フェイントだってすぐわかったよ」


 にやりと笑うヨルシカにヨハンは苦笑を浮かべざるを得なかった。

「ヨルシカ、君なぁ……。あの膝がまともに入っていたら俺は死んでいた……ぞっ……っとうおおおお!」


 いつの間にかヨルシカが間合いを詰めてきており、ヨハンは慌てて距離を離そうとした。

 ヨハンの脳裏を馬鹿な、という思いが過ぎる。

 そう、ヨハンは無駄口を叩きながらも、ヨルシカの挙動をしっかり観察していたのだ。

 いつ動かれても良い様に。


 しかし気付けば肉薄されていた。


 ヨルシカが腰を深く落とす。右拳を捻っていた。

 ━━正拳突きか。この距離ではかわせん。拳の先は胸部。腕で受ける。


 恐らくは腕のガードを見て、打つ箇所を変えてくるだろうとヨハンは読んだ。

 だがヨルシカはそのまま拳を突き出す。

 そしてインパクトの瞬間。

 掌底へと形が変えられたヨルシカの一撃は、ヨハンの腕どころか全身に衝撃を徹した。


 結果は、だらしなく大の字に伸びたヨハンの姿が全てを物語っている。


「……降参だ。しかしめちゃくちゃやるな君は。頭を吹き飛ばしに来たり、体全体吹っ飛ばしたり。さっきのは東方の技か? 1度見た事がある」


 ぶっ倒れたヨハンの手を掴み、引き起こしてヨルシカは満面の笑顔で答えた。

「ああ、勁って言うらしいよ。良い運動になったかい?」


 まあな、とヨハンも返事をする。

「ちなみにだが、あの間合いの詰め方はなんだ? いつの間にか接近されていたぞ」


 ヨハンが問うと、ヨルシカは靴を脱いで足を持ち上げ、指をうねうねと動かして見せた。


 ヨハンは首を振り、「君の足は綺麗だと思うが、質問に答えてくれたっていいだろう。さっきのは俺の負けだよ」

 と呆れながらヨルシカを詰る。


「だからこれだよこれ。足の指だけで移動してるのさ。距離感を見失わせる技法だよ。驚いたかい?」


 それをきいて、こいつと敵対しても接近戦は絶対にしないでおこう、と誓うヨハンだった。

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