アシャラ百景

 ◆◇◆


 SIDE:ヨルシカ


 相変わらず元気そうでなにより……。

 セドクを見ると目の大きさが倍になったかのような有様だった。

 口も半開きで涎が垂れそうだ。


「彼、ちょっと個性的だろう? でもいい奴だよ。でも話が長いんだ」


 私がそう言うとセドクは意識を取り戻したようで、うんうんと頷いていた。


「いきなりビックリしましたけど、悪い人じゃないのは分かりました。でもなんかちょっと……その、おっかないです……よく分からないですが……」


 セドクが少し怯えている様子が、彼の役割(ロール)に思い至りピンと来た。


「ああ、セドクは斥候だったか。だったら才能があるのかもね。勘働きが良いっていうのは良い斥候の条件だからね。彼は確かにおっかないかもしれない。何せ理由さえあるなら平然と人を殺すからねぇ……」


 少しからかっただけなのだが、セドクは顔色を真っ青にしていたので慌ててフォローする。


「で、でも彼は花が好きなんだ。手帳に花を押しててね。見せてもらったのだけど見事なものだったよ」


 だが私のフォローも余り効果がなかった。

 セドクはじっとりとした目で私を見てから口を開く。


「花が好きで平然と人を殺すってなんだか余計怖いんですけど……」


 確かに……。


 ■


 俺は路地裏でチンピラに馬乗りになって、顔を殴っていた。

 俺が飯屋を探していたら、こいつが絡んできて有り金を出せと脅してきたので、路地裏へ引っ張り込んで話をしているのだ。


 1、2、3。

 左頬、右頬、額は拳だと傷めてしまうので、掌で。


「そんなに泣くなよ。安心しろ。大丈夫だ。お前が殺される事はない。何故なら俺が“俺を殺すつもりなのか? ”と聞いたら否定したからだ。“殺すなんてするかよ! ちょっと痛めつけてやるだけだ。暫く仕事はできねえだろうけどなギャッハッハ”だったか? だから俺もお前を痛めつけるだけに留めてやる。1、2、3」


「やべっやべて! やべてくだふぁい……」


 チンピラが泣いている。

 まだ大丈夫そうだな。

 本当に耐え切れない程辛い時、人は涙すらも流せなくなるのだ。

 だがコイツはそこまで追い込む程の事をした訳では無い。

 なので殴るのをやめる。


「ならどうすればいいのか分かってるはずだ」

 俺がそう言うと、チンピラは激しく頷いた。


「がね! がねだしまず……がね、ぜんぶだじますがらッ! もうなぐらないで……いだい!! いだいんでず……」


 良し。

 俺は頷いた。

 争いは終わりだ。

 チンピラ……じゃない、彼の懐に手を伸ばし、銭袋を取り出す。


「半分だけ貰おう。有り金全てとは言わない。君を視たが、心底からのろくでなしでもなさそうだ。きっとただ、少し暴力が好きなだけの反社会的な人物なのだろう。残った金で治療をする事だ。一応、君に与える痛みの大きさを重視して、後遺症等は残らないように殴ったつもりだが、何分素人なものでね。一応言っておくが、次悪質な絡み方をしてきたら殺す。普通に話しかけてくる分には構わない。積む物を積めば相談事にも乗ろうじゃないか。あくまでも悪質な絡み方をしてきた場合にのみ殺す。仲間を集めて襲ってきてもいいが、その時は全員殺す。家族はいるかい? 場合によっては家族も殺すよ。女でも子供でも殺すと言ったら殺す。復讐の根は断たねばならない。こういった連座での殺人を東方では根切りと呼ぶらしい。俺は死体を残さないやり方なんて幾らでも知っている。詰まりそれは幾らでもバレずに殺せるって事だ。最後に言っておくが、金は残してやったんだから治療はしておけよ。それじゃあ元気でな」


 ……とは言うが、正直言って街のど真ん中で殺人なんてリスクが高すぎてやりたくない。

 だからさっきのは単なる脅迫だ。


 だが、本気で殺す気持ちに切り替えて言葉を伝えた。

 そこまでしてもなお彼等が復讐等に動くのなら気は進まないが殺す。


 証拠隠滅の手はあるが触媒が手に入りづらいので余り使いたくないが、いざという時は仕方あるまい。


 ■


 路地裏を出て飯屋探しの続きをしていると、後ろから声がかかった。


 知った声。

 これは……


「ああ、どうも。どうです? アシャラは」


 俺振り向きながら返事をすると、いつかの老夫妻はにっこりと微笑んだ。


「素敵な街ですねえ、自然も豊かで」

 奥方がそう言うと、ご主人も笑顔で頷いていた。


 そういえば、とご主人が言う。

「売って頂いたあの虫除け。凄いですねえ、私達は【子狐の三尾亭】という宿をとったのですが、朝起きても全然虫刺されもなくって。この辺の宿屋は一応防虫対策はしているそうですが、それでも限度があるようで。私達と同じ宿に宿泊している人に話を聞いたのですが、朝おきると数箇所の虫刺されは必ずあるとのことでした……」


 役立った様で良かった。


「効果は30日程度続きますが、質と量に左右されますのでご注意下さい。例えば蚊のような虫ならば問題無いですが、人を即死させるような魔物化した蜂等が襲ってきた場合、数にもよりますが5分ももたないでしょう。とはいえ大森林の奥深くへ足を踏み入れたりする事でもなければ問題ないはずです。万が一滞在中に効果が切れてしまったら、振るわれる鹿角亭まで来てくれれば再度術をかけなおします。まあ、そうですね……銅貨5枚と言った所でしょうか。顔見知り割引ですよ……」


 老夫妻とはそれからちょっとした雑談をしてから別れた。

 孫というのはもうとっくに成人しているらしい。


 老夫妻の息子、義娘と共に3人暮らしをしているようだ。

 孫は冒険者になる事に憧れているのだとか。


 だが、実家暮らしで冒険者というのは珍しいな……。

 何かしら訳アリの者が多い印象だったが。


 そういえば彼等三人組も、リーダー殿はあれか、貴族の三男坊だったか。

 あれもある意味で訳アリと言えるか。

 リーダー、ガストン、マイア。

 彼等もある意味で教え子と言えるか? 

 一応ギルドから正式に依頼されて指導したわけだから……言え……ないな。

 言いたくない。


 しかし、彼等に甘くしてしまったという失敗があったからこそ、俺はルシアン達に短いながらも満足のいく指導が出来たといえる。

 二度と会いたくない色ボケ共だが、そういう意味では感謝している。


 ■


 そんな事を考えながら俺は目に入った店で立ち止まった。

 店の入口にはこんな文言の板が立てかけてある。


【大豊穣! 森の幸豊かな野菜シチュー! 1度食べたら一目惚れ間違いなし! この時期だからこそ食べられる森の味亭】


 これは店の名前か? 

 長すぎるしこれではシチューしか売りがない様に見える。

 興味が湧いたので入ってみる。

 雰囲気自体は良いな。


 見渡せば周囲の壁に共通語でメニューが書かれていた。

 シチュー以外もあるのか。


 店員に聞いてみると、この店の方針で、いま一番流行りというか、旬のメニューをそのまま店名にしているのだとか。

 店名は流行りによって変わるため、この店は決まった店名が無いとの話だった。


 ちなみに、この店は周辺住民からは「長い名前の店」「あの店」などと呼ばれているらしい。


 シチュー自体は普通に旨かったが、長い店名を他の店も真似したら逆に個性がなくなりそうだな。


 そうなったら逆に店の名前が短い方が目立ちそうだ。


 ■


 腹ごしらえもした所で、再びギルドへ向かう。

 先述した通り金に困っているなんて事はないのだが、仕事というのは車輪と同じだ。1度とまってしまうと再び動かすのに大きな力を必要とする。


 大きな依頼を成功させて多大な報酬を得た辣腕冒険者が、自堕落な生活を続け、金が尽きて再び稼業に戻ろうとしたら心も体もすっかり錆び付いていてあっさりくたばったなんて話はよく聞く話だ。


 ・

 ・

 ・


「はい、ヨハン様ですね。……ええ、御座います。こちらの依頼は常駐依頼となっておりますね。それですと、こちらの依頼とこの依頼を抱き合わせて受注した方が宜しいですよ。生育範囲が重なっておりますからね。ああ、それは構いません。依頼分だけしっかり納めて頂ければ。ただし、採りすぎないようにしてくださいね。今の所は冒険者個々人の良識に任せておりますが、最近はちょっとヤンチャな方も増えておりまして。ギルド専属の上級斥候を森林に散らしております。近頃大森林にも宜しくない者が出没するようで、そちらへの対策もあるのですが、素材を過剰に採取するような者に備えての監視という意味合いも御座います……ええ、もちろん、それで……」


 ■


 と言う事で複数の採取依頼を受けた。

 ある程度は懐にも入れて良いらしい。

 ただし、常識的な判断で頼むよ、との事だった。

 当然だな。


 それにしても上級斥候? 

 

 上級斥候っていうのはラドゥ傭兵団に居た【背虫のカジャ】みたいな連中を言うんだぞ。

 いきなり気配が消えて、いきなり殺してくるとんでもない連中だ。


 不良冒険者共が過剰採取したからといって駆り出す様な連中じゃない。


 それとも何か? 

 大木を一振りでぶった切る【左剣のジョシュア】とか、一刀両断しても斬られた奴は数秒間死んだ事に気付かないみたいな業前の【右剣のレイア】みたいなのが不良冒険者化でもしてるというのか? 


 流石にそれは無いか……。



 ◆◇◆


 SIDE:ヴィリ・ヴォラント


 森の守護者とやらはまだ眠りについているみたいだけど、コレの信者が言うには封印はもうすぐ解けるんだって。


 でも笑っちゃうな。

 コレが森の守護者? 

 あたしにはそうは視えないけど。

 森の怪獣って言うなら分かる! (笑)

 まー、狂信者って大体そーよね。

 都合の良い事しか見ないんだぁ~。


 ウチにも1人似たような子が居るけど、それはそれ! これはこれ! 

 身内だから許せる事ってあるし~。


 封印の上からでも叩けそうだけど、それじゃあ格好良くない! 

 やっぱり英雄っていうのは危機に駆けつけてこそだと思うの。

 解封の儀? は時間が掛かるみたいだから、その間にこいつら雑魚雑魚がやられちゃわないように護ってるんだけど、面倒くさくなって来ちゃったなぁ~……。


 早く起きてくれないかな~。

 それであたしにぶっ殺されて欲しいな! 

 街の人もあたしに感謝するんだろうな~。


 ■


 俺は森を探索している。


 へえ、これがこの時期に? 

 大森林の植生は何か特別なのだろうか? 

 依頼で指定された草や花を採取しつつ、フィールドワークがてらあちこち見て回る。


 意味も無くでかい石をひっくり返してみたりもする。

 石の下には虫が沢山おり、それを見た俺は満足して石を戻した。

 触媒に使える毒虫も何匹かいたが採取はしない。

 連盟の同僚には虫を専門に使うものがいるのだが、朝起きたら触媒が逃げ出して部屋一面が虫だらけだった等というアクシデントの処理を手伝った経験上、虫は使わないと決めている。


 石をひっくり返した理由? 

 何となくだ。

 道に手頃な石が落ちていたら蹴っ飛ばしたくならないか? 

 俺はなる。


 ■


 ああ楽しかった! やっぱり人殺しや暴力より、フィールドワークの方が楽しい。結局夕暮れぎりぎりまで楽しく採取してしまった。

 さっさとギルドへ報告し、宿で草花の処理をしないとな。


 手帳も嵩張ってきてしまった。

 もう一冊買うべきだろうか? 

 今の手帳は特別なもので愛着もある。

 愛着とは術師にとって非常に大事なモノだ。

 術は想いに応えるがゆえに……


 ■


 ギルドへ向かう道すがら、ヨルシカに会った。

「やあヨハン。依頼帰りかい?」


「ああ。つい興が乗ってしまってね。やっぱりアシャラは良い所だな」


 俺がそういうとヨルシカは笑顔でそうだろうそうだろうと頷いていた。


「そうだ、夕飯はまだだろう? よかったら孤児院へ来ないかい? 昔世話になっててね、ヴァラクでまとまったお金が入ったから、少し恩返しをと思ってね。君さえ良ければ一緒に夕飯を食べていかないか?」


「それはありがたいが、部外者だぞ俺は。まずいんじゃないのか?」

 おれがそう言うと、ヨルシカは“何を今更。友達だろう? ”と言ってきた。


 確かに。

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