アシャラ③~再会~
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翌朝。
随分と良い目覚めだった。
懸念していた鳥の鳴き声やらなにやらも気にならなかった。
建物自体に騒音対策がされているのか、外の音は聞こえない。
ギルドで仕事を探す前に、やるべき事がある。
だが朝は朝で忙しいのではないだろうか?
一応ギルドから先に出向いてみるのか。
運が良ければ彼女もギルドに来ているかもしれない。
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運がよかった。
「ヨハン! 良く来てくれたね!! エル・カーラで義手は……おお、それかい? すごいな、本物と見分けがつかないよ。普通に動かせるのかい? わぁ……随分と滑らかに指が……へぇ……」
相変わらずの麗人振りのヨルシカがギルドで待っていた。
俺の宿泊先を職員から聞いていたようだが、宿にいきなり訪ねるのもどうなのだろうとギルドで待っていてたらしい。
「ああ、エル・カーラ随一の職人につくってもらった。ちょっとしたトラブル解決に協力したんだ。久しぶりだな、元気そうでなによりだ」
へぇ、ちょっとしたトラブルって? と聞いてくるヨルシカに軽く説明をする。
「ああ、ちょっと長くなるから端折るが、悪魔が出てね。以前始末した奴だったからよかったが、そうでなければ死んでいたかもな。まあよくある事だよ」
長々説明してもいいが、寝起きだからな……。
臨時教員になった事、エル・カーラでの日々をさらっと10分程説明した。
大型魔針は非常に良いものだったことも強調しておく。
ガンガンガンガン日がな鐘を鳴らされる事へのストレスというものがどれだけ大きかった事か。
イスカやヴァラクでは毎時鐘が鳴るので辟易したものだった。
悪魔と聞いてなにやら微妙な表情を浮かべるヨルシカに、どうしたのかと聞いてみると、まあこの辺もそれなりに物騒だという事が分かった。
「緑の使徒とか名乗ってる馬鹿共がいてね。大森林のどこかに根城を築いているそうなんだ。最近現れた……まあいってみれば森賊みたいな連中さ。都市にまで入ってくる事はないのだけど、たまに行商が襲われたりするんだよ。でも気になるのはね、彼らは悪魔崇拝者だって噂もあってさ」
それはそれは……大変そうだな。
山狩りならぬ森狩りは人も金もかかるだろうし、それでも討伐が出来るとは限らない。たまに行商が襲われる程度なら確実性の無い事へ大金を突っ込むのも憚られるという奴か。
余り関わりたくはない案件だ。
フィールドワーク等を通して色々な花を摘んだりしたい。
外道共を解体したり、野盗を殺したり、チンピラを脅迫するのが好きなわけではない。
俺の趣味は鉱石集めと押し花なのだ。
精神が堕落しないように一応仕事はするが、正直最近の依頼の報酬で仕事しないでも食っていける位の蓄えが出来てしまった。
アシャラへ来たのはヨルシカに会う為と、あとはどちらかと言えば趣味の充足という意味合いが大きい。
争い事は極力避けるべきなのだ。
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「おはようございます、あの、ヨルシカさん。その人はご友人ですか? こ、恋人だったりして……」
振り向けば青年への過渡期といった風貌の男の子……男性がいた。どことなくルシアンに似ている。彼等は元気にしているだろうか?
「君はルシアンに似ているな」
しまった、つい心の声が。
ヨルシカが眉をあげる。
「ルシアン? ああ、君の教え子か。いやいや、彼の名前はセドクというんだけれど、セドクは普通の新米冒険者だよ。冒険者に憧れてるらしくてね。親御さんの反対を振り切ってギルドへ登録した腕白坊主さ。おいセドク、恋人とかじゃあなくって彼は私の友人だよ。……だよね? ヨハン」
大人しそうに見えるが内に秘めた激情は大きいという事か。
そういえばルシアンもそうだ。
彼は真っ当な性格だが、抑圧を経てからの爆発はあの3人の中で一番大きそうだった。
まあドルマが何とかしてくれるだろう。
おっと、ヨルシカの質問にも答えなければ。
友人……友人ねえ。恋人? うーん。
「友人だと思う。恋人ではないな。彼女と寝た事はないし。いや、寝る、寝ないが恋人関係か否かを決める要素ではない事は理解しているよ。あくまで一般論だ。彼女には腕の切断を任せたという経緯もある。彼女の人格、業前を信じて任せた事だ。もし彼女の業前が俺の見立て以下ならば、あるいはあの場面でビビり散らす様な者だったならば腐り血の毒は俺の胴体に回り、俺は全身を腐らせ死んでいただろう。友人というものがどういうものかは俺も未だ分からないのだが、危地の場面で命を委ねられる存在というのは友人といって差し支えないだろう。そういう意味で考えるならばヨルシカ、君はまさしく友人だ。だが重要なのは!」
ここが重要な所だ。
ズイッとヨルシカへ歩み寄り、その瞳を覗き込んだ。
「あの場面において、仮に俺の見立てが誤っており、俺が全身を腐らせてくたばったとしてもだ。それをもって君を恨みに思ったりする事は無かった……なぜなら! 信用だとか信頼だとかは自分から発された時点で完結すべきだ、と考えているからだ。自分から発されたそれらの想いに対し、見返り、返礼を求める事は俺のポリシーに反する。なぜならそれは、他者の感情によって自分という軸が左右……「わかった! もういい! もういいから!」」
ヨルシカの頭突きが俺の胸部を強打する。
思いがけない不意打ちで呼吸が乱され、話が中断してしまった。
だがもういいなら口を閉じる。
見れば、ヨルシカの顔はやや赤みを帯びていた。
ここで、“熱でもあるのか? ”などというすっとぼけた事を抜かす程俺はボケてはいない。
怒っている訳ではない事も分かっている。
“好意なり友情を表明されるのは確かに照れるかもしれないが、我々は種族上の特性として相手の思考を盗み見たりする事は出来ない。だから基本的には想いは言葉として出すべきだと思っている。勿論秘すべき思いもあるが。例えば殺意等だ。殺そうと思った相手に“私は貴方を殺そうと思います”等とはいわないだろう? まあ俺は言うが。やる気と言うか殺る気が出る”
と言葉に出そうと思ったがやめた。
よく考えてみれば朝食を食べていないからだ。
食べに行こう。
「すまないね、だが君の事は友人だと思っているよ。あと君、セドクと言ったか。そういう事だ。ところで、中座して申し訳ないが俺は飯を食いに行く。ヨルシカ、俺の宿泊している宿は知っているな? 用事があったら文を飛ばすなり直接来てくれ。じゃあな」
※
19時にまた更新します
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