岩騎士②

 ◇◇◇


 当たり前の話ではあるが、術師は皆が皆、戦闘が得意というわけではない。

 むしろ戦いなどというものはまっぴらご免、苦手も苦手、大の苦手という者の方が多い。

 日々研究に明け暮れ、新たなる術の開発、神秘、秘事を解析といったデスクワークを好む者が大半だ。


 ただ、苦手だとか気質に合ってないというだけであって、別に戦えないわけではない。

 術師の卵のような学生であっても、容易に人を殺害出来るだけの力がある。


 特に、2等術師以上ともなるとその純戦闘能力は一般人とは隔絶しており、事象の発現だけはなく中には地形や天候に干渉する者も珍しくはない。


 そんな中、協会所属二等術師コムラードは協会でも珍しく近接戦闘を主体とする術師であった。

 協会式分類法では土属性とされる術を得意とし、その戦い方は非常に荒々しい。


 ◆◇◆


「うぉらァ!!」


 コムラードが吠え猛り、肩からフェアラートへ突っ込んでいく。

 何の工夫もないショルダータックルだが、その重量から生みだされる破壊力は当たれば骨折では済まされない程のものがあった。


 しかし薄笑いを浮かべるフェアラートはまるで舞いの如く身を翻し、突進を回避した。


「むゥッ!!」


 回避された事を理解しつつも、コムラードはそのまま前転を行い、着地と同時に再び駆け出した。

 その動きに合わせるようにフェアラートが手を掲げ、振り下ろす。


 危険なものを感じたコムラードは突進を中断し、転げるようにして横へまろび飛んだ。


 直後、直前まで彼のいた空間を人との頭部程の岩石が通り過ぎていった。

 それは地面に激突すると砕け散り、破片が辺りに飛び散った。


「ちぃッ!」

(早い! 詠唱無しでここまでの術を矢継ぎ早に使うか。だが……彼女はそれほどのタマであったか……?)


 舌打ちをしながら、それでも体勢を立て直すべくコムラードはその場から離れようとするが、それを阻むように次々と岩塊が飛来する。


「くそったれめ……」


 愚痴をこぼしながらも彼は走り続け、避け続ける。

 やがて岩塊の雨が止んだ所で立ち止まり、振り返った。


 そこには両手を振り下ろしたままの姿勢でこちらを見つめているフェアラートの姿があった。



(近寄らせないつもりか)


(だが吾輩が、これまでそんな輩と何度死合ってきたか)


(そしてそんな連中をどうやって地の染みにしてやったかを教えてやる)



 決意と共に走り出すコムラードに呼応するように、今度はフェアラートが彼へ向かって走り出した。

 二人の距離が瞬く間に縮まっていく。

 先に仕掛けたのはフェアラートだった。


 先程と同じように腕を振りかぶって地面へと叩きつけるように腕を振るった。

 大地が隆起し、巨大な石柱が立ち上る。

 石の巨槍と化し、獲物に喰らいつく蛇のようにうねりながら迫るそれを回避するために、飛び退こうとするコムラードだったが……


「教師コムラード、それは悪手ですね」


 フェアラートの言葉とともに石柱の側面が爆発したように弾けたかと思うと、無数の礫弾となって彼に襲いかかる。

 咄嗟に両腕を交差させ防御姿勢をとるものの、全てを防ぎきることは出来ず全身に纏った岩鎧に細かな裂傷を生じさせていく。

 だが足だけは止めない。

 全身に石弾を食らいつつも、コムラードはフェアラートへ肉薄する。

 フェアラートは再び距離を離そうと足に力を籠めるが


「随分と馳走してくれたな。吾輩からも返礼しよう、"弾け、舞い散れ、石の花"!」


 術を起動した瞬間、コムラードの纏った岩鎧が凄まじい勢いで吹き飛んだ。

 コムラードを中心に岩石の砲弾が周囲を蹂躙する。

 当然フェアラートをも巻き込んで。


「ぐ……ッ!?」


 この距離で、そしてこれほどの物量では当初見せた身の軽さなど何の安全の担保にもなりえない。

 当然の結果というべきか、岩の砲弾はフェアラートの細い体へ食い込み、血飛沫をあげながら彼女は吹き飛んだ。


「"纏い、力み、隆起せよ。岩纏鎧"」


 分離、射出した岩の鎧を再び身に纏う。


 コムラードの戦術は至ってシンプルだ。

 岩纏鎧で攻防を強化し、接近し、殴りつける。

 殴られるのが嫌で離れようとした相手を石の花でぶっ飛ばす。

 この石の花は鎧の破片が吹き飛んだだけなのだから大した事は無いように思えるが、電光石火……石火とはよくいったもので、この弾け飛ぶ速度が尋常ではない。


 超高速度で飛来する数多の石の弾丸は、その一撃一撃が一般的な成人男性の胴体程度ならたやすく貫通するような非常に凶悪な威力となっている。


「……フェアラートは、教師……術師フェアラートは信仰系の術を専門としておった。癒しを司る旧神を奉じておってな、医療者としての側面もあった。貴様……貴様は……"何"だ?」


 吹き飛ばされていたフェアラートがむくりと起き上がった。


「……痛いですねぇ……まったく……」


 口から血を流しつつ呟く彼女の姿は痛々しくはあったが、言葉とは裏腹にその表情には薄笑いがこびりついている。



「何、ですか。うふ。うふふ」



 石兜の下、コムラードの禿げあがった額にじとりと汗がにじむ。

 冷たい汗だった。

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