裏切りの夜

 ◆◇◆


 SIDE:暴漢 


「逃げたぞ! 追え!」


「そっちだ!」


「馬鹿が、自分から逃げ場を無くしやがった」


「男の贄が2匹、女の贄が1匹だ。全員捕まえれば司祭様が喜ぶ……俺たちも不老不死になれるかもしれないぞ」


 まさか一晩で3匹もの贄が手に入るなんて! 

 子供とはいえ術師3人だ。

 油断は出来ない。

 普通だったら、今回は見送っていた。

 だがあいつ等はとんだポンコツらしい。

 小鬼とも満足に戦えないそうだ……攫ってくれといわんばかりじゃないか? 


 情報は正確なようで、贄共は路地裏へ逃げていった。

 大声をあげることすらしないのか? 

 あいつ等を捕まえたら、もう1人2人位はいけそうだな……


 ◆◇◆


「4人しかいないの?」


 4人の暴漢が路地裏の先、袋小路……ちょっとした広場になっている場所へたどり着いた時、彼等の目の前に居たのは2人の子供だった。


 3人だったはずではないのか? 

 1人はどこだ? 

 はぐれたか? 


 暴漢の1人がそう思う。


 だがこの2人を人質として捕らえてしまえば、もう1人も現れるに違いない。そう思い暴漢達は少年、そして少女へと踊りかかろうとした。


「でももう貴方達3人になっちゃったわね」


 少女がつまらなそうな声で言う。

 思わず足を止めた。

 誰かが逃げ出したのか? 

 こんなガキ共を相手に? 

 そんな思考が彼等の頭を過ぎった瞬間、バタッという音が背後から聞こえてきた。


「よォ! チョーシ悪そうだなおっさん!」


 柄の悪い声が聞こえてくるなり、彼等は思わず振り返った。

 血の滴るナイフを持ち、ニヤニヤ笑っている子供が立っていた。

 足元には暴漢達の1人が倒れ付し、喉から血を流して事切れている。


「なァ? アイツはさァ、殺った時にこそさらに殺る準備をしておけって言うんだよ。アンタ意味分かる? 俺はわかんねぇよ、アイツちょっとおかしいんだ。多分さ……こう! こうしろって! ……こうしろって! 事だろ? こういうのザンシンって言うんだってよ。油断しない心構えなんだと。意味わかんねーよなァ」


 ザク


 ザク


 ザク


 と柄の悪い少年は倒れている暴漢の胸へナイフを突き刺していく。


「なあ、ところでさ、俺の事見てて良いワケ?」


 ハッと暴漢達は最初に目の前に立っていた少年と少女の方へ振り返る。完全にあの柄の悪い少年へ目を奪われてしまっていた。


 少年も少女も、最初に見た時の位置から動いていなかった。

 ━━え? 


 暴漢の1人がそう思った時、彼の後頭部を大きな石が強打する。生成された石弾がぶつかったのだ。

 足がグラつき、膝を付く暴漢の顎を柄の悪い少年が蹴り上げる。


「ばァ~~か! なんで目を離すんだよ? アンタらちょろすぎるなあ。知ってる? アンタらから身を護るためにさぁ、俺ら死ぬほど走ったりしたんだぜ! 吐きながら走った! なのにしょぼすぎて今すぐ殺したくなっちまうじゃねぇかよ! ……でもアンタ、司祭様とかなんだとかいってたよな。おいルシアン! マリー! コイツは殺すなよ!」


 他の暴漢2人は唖然としてて動けなかった。

 なぜこんな子供が? 

 情報では子鬼にすら震えて立ち向かえない腰抜けじゃなかったのか? 凄まじい量の疑問の波が暴漢達の頭を覆いつくし、暴漢達の体は一瞬その場に縛り付けられたように動かなくなってしまう。


 だがそこは暴漢達とて暴力は手馴れたもの、なんとか心を立て直し、険しい表情で柄の悪い少年へ飛びかかろうとした。


「だから、言ってるじゃないですか。目を離すなって」


 暴漢の1人はザクッという音が首元からしたのを聞いた。

 首に感じるのは冷たさ。

 そして冷たさは熱さへと変わった。


 男は思わず手を当ててみる。

 ぬるっという感触、徐々に鋭さを増していく痛み。


 手のひらにはべったり赤い液体がついていた。


「氷刃。速く撃てて、鋭い。でも脆い。骨に当たったりしたら刃の方が砕けてしまうかも。だけど貴方みたいに後ろを向いて僕の事を警戒してない人なら……」


 青みがかった髪の、優しそうな少女のような外見の少年は目に何の感情も浮かべていなかった。

 暴漢の目にそれが殊更不気味に映る。

 だがそんな事はもう関係ない。

 噴水の様にビュウビュウと血が流れ、やがて男は目を閉じた。


 残されたのはたった一人の暴漢。


 ここへきて戦おう等という気は欠片も残っていなかった。

 だが逃げ道には柄の悪い少年が、逆方向はそもそも袋小路で……


 それでも暴漢は生きるために柄の悪い少年を押しのけて、逃げようとする。


「教師ヨハンは矢継ぎ早に攻撃しなさいと言っていたわ。だから私は矢継ぎ早に攻撃をするの。こうして」


 少女の周囲に何本、何十本もの炎の矢が浮遊していた。

 そして、その矢先は全て暴漢に向いていた……


「マリー、なんでお前はふつーに殺せないの?」


 柄の悪い少年が呆れたように言う。

 それが残された暴漢が聞いた最期の言葉だった。


 ■


 夜半、銀の月を生徒達が尋ねてきた。

 マリー、ドルマだ。


 彼等の目は殺意の残り火で烟っている。

 随分仕掛けてくるのが早かったな。


 まあいい。


「1人は残したか?」


 俺が聞くと、マリーがビクっと肩を跳ね上げた。

 ━━まさか? 


「いや、……いえ、教師ヨハン。マリーは全員殺そうとしてたけど、俺が1人残しました。外でルシアンが見張っています。気絶してるんスけど、目が覚めるかもしれないし……」


 良し。

 ドルマの機転たるや。

 マリーは……マリーは……ううん。


「生徒マリー。次は気をつけなさい。今回は許す」


 俺が言うと、マリーはハイ! と元気の良い返事をした。

 教え子には甘くなってしまうか。

 俺もまだまだだな。


 さて、暴漢殿の面でも拝みにいくとしよう。

 ああ、その前に。


「生徒ドルマ。教師ミシルの屋敷は知っているな? 彼女もドーラ商会の顧客だからな……まあいい、ヨハンの使いだといいなさい。生徒攫いの暴漢を生け捕りにしたと。ああ、これは君達の功績だ。考課の加点は勿論、報奨金も出そう。それじゃあ頼むよ」


 ・

 ・


 ■


「さて、気付いたかね?ここは術師ミシルの屋敷だ。お前の名は?」


 気絶した暴漢は目が覚めるなり黙り込んだ。

 まあそうだろう。

 捕まっていきなりべらべら話す奴などいない。


 だから引っ叩いた。


「……ッが! ああああ! な、な、……」


「さて、気付いたかね? お前の名は?」

 俺は同じ質問をする。


 男は目を充血させて俺を睨みつけている。

 だから引っ叩いた。


「ギィィィィィ!! ぐ、あ……ああ……」


 男が言葉にならない呻きをあげる。

 ただのビンタだがただのビンタではない。

 男にはちょっとした術を施してある。


 俺は手帳から桃色の押し花を取り出した。

 押していなければ小さく可愛い桃色の球状の花が目を楽しませてくれる。


「花言葉は鋭敏、だ。君は酷く鋭敏になっている。感覚が倍増どころでは済まない。何倍になっているのかな、俺も興味がある。確認してくれるか?」


 引っ叩いた。


 ━━━━ッッッ!!!!!! 


 最早言葉にすらならないか。


「やりなおそう。誰でも皆、やり直せる機会はあるんだ。いいかい? ……さて、気付いたかね? お前の名は?」


 男は泣いていた。

 泣けばすっきりして話し易くなるのかもしれない。

 引っ叩かないでおこう。


「レイゲン!!! レイゲンだ!!! 俺はレイゲン!!!」


 男が叫ぶ。

 レイゲンか。

 彼は西方の生まれかも知れない。

 西の……アシャラ都市国家同盟にその名前が多くいる。

 高名な騎士の名だ。

 なぜ高名か? 

 オルド騎士レイゲン、またの名を【竜狩り】レイゲン……


 それはまあいい、つい考えに耽ってしまうところだった……。


 さあ、夜は短い。

 聞くべき事を聞く必要がある。

 ……? この足音は


「術師ヨハン。尋問は終わりましたか?」


「いいえ、術師ミシル。しかしもう少しです。少々お待ちを。俺は細かい仕事が得意なのです。細部まで余さず聞き出すには適任と言えるでしょう」


 ミシル……彼女が入室した途端に気温が下がった気がする。

 殺気だ。

 一言で言えば彼女はブチ切れている。

 さっさと聞き出さないと俺も殺されかねん。


 ■


「そうかレイゲン。君は不老不死になりたかったのか」

「なるほど、悪魔を召喚? どんな悪魔なんだ? 悪魔といってもピンキリだろう? 教えてくれ」


(引っ叩く音、悲鳴)


「ああ、サブルナック……癒しと石化を司る悪魔か。確かにあの悪魔はある意味で不老不死を司るといっても過言ではないな……ある意味で、だが」


「レイゲン、君達を使っていた者は誰なんだい? 司祭様とは誰の事なんだ? どうした? 黙ってしまって……」


(引っ叩く音、悲鳴)


「ああ、フェアラート。ふっふふ……。まあそんな事だろうと思っていた。彼女は術者ではない。ただの邪教徒だ。階梯を進めた術師ならば当然出来る事が彼女は出来ていなかった。いいかね? レイゲン……信仰系の術を使える術師と、奇跡を願い実現させる聖職者、あるいは邪教徒は根本的に違うのだ。我々は使う側、そして彼等は使われる側である。我々は常に物事を懐疑的に見る。だからこそ相手に二心があるかないか、人となりはどうなのかというのが分かるのだ。これは理屈ではない。出来るものは出来るのだ。だが後者の連中、つまり神とやらに使われている連中は根本的に盲目だ。そういう性質なのだ。よってわからない。人の心など。分かるかねレイゲン、だから……」


「あの……術師ヨハン。少し長すぎるので結論のみお願いします。黒幕は教師フェアラートですか?」


 ちっ……良い所だったのに……。


「はい、術師ミシル。そして彼女は教師ではありません。教師とは尊称です。人を教えるに足る人格者……まあ俺は自分の事をそう思ってはいないのですが……やはり短気な部分も多く……とはいえ、そういう事なのです。俺は彼女を教師と尊称をつけて呼んだ事はありませんね」


 俺がそういうと、術師ミシルは目をぱちくりさせていた。


「あなたは形にこだわりますよね……。いえ、その拘りは素敵だとおもいますが。ともかく私は行きます」


 答えは大体分かっていたが、一応聞いておく。

 術師ミシルは静かに俺の目を見つめて口を開いた。



「フェアラートを殺しに」



 やっぱり。


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フェアラート:ドイツ語で書くとVerrat。意味は裏切り。

コムラード:英語で書くとcomrade。意味は仲間。


仲間のコムラードは術師。元ネタは英語。

そして裏切り者のフェアラートは非術師。元ネタはドイツ語。


言語も違う事でそもそも彼女は術師ではないですよ、という感じです。

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