エル・カーラ⑧
◇◇◇
「そうだ、何度も頭を潰しなさい。生徒マリー。潰した頭の数だけ君は強くなる。…ほう、俺の手本を見ていたな?だがそれ以上に進化させたか。今のは…そうか、火種を生み出し、空気を取り込ませ、呼吸を妨げると同時に口内を焼き焦がしたか。お見事。次は悪党共に同じ事をしてやろう。どうした?瞳が殺意で濡れているぞ、興奮してしまったのか?少し落ち着きなさい」
「生徒ドルマ、驚いたぞ。そうだ、確かに小枝の様な些細なモノでも凶器となる。耳に突き刺したのは子鬼が目を覆っていたからか。耳は目に次いで恐怖を煽る。術師でありながら、術に頼らぬ暴虐は、さすがに学院で幅をきかせていただけはあるな。君はまさしく暴力の申し子と言える。素晴らしい」
「生徒ルシアン。恐るべき殺しの妙手。術師の実力はどれだけの規模の術を行使できるかに限らない。発想力が大事なのだ。翻って君は陸にいながらにして溺死させるとは…。協会の術はこういった陰湿な殺し方には向かないと思っていたが再評価する必要があるな」
「生徒ヨグ。腸を引きずり出すとは…その子鬼は非常に苦しい死に方をする事になるぞ。そこまでしろと言ったか?そう、言っていない。つまり君は俺の先を行ったという事になる。無残、無情!それが君の代名詞だ。君の考課に大幅な加点を与えよう」
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◇◇◇
SIDE:ルシアン
僕の中で、いや、皆の中で色々な価値観が変わってしまった気がする。奇声をあげて僕を殺そうとしてくる子鬼を見ていると、僕の頭に染みこんだ教師ヨハンの教えが熱を帯びてくるんだ。
「固まり、育て。石塊」
走ってくる子鬼。
僕を殺そうと真っ直ぐ突っ込んでくる彼の足元に石を生成する。
教師ヨハンは言った。
崩し、深手を負わせ、仕留めろと。
これは崩しだ。
子鬼は体勢を崩して転んでしまった。
そして深手を負わせる。
深手っていうのは反撃を許さない、もしくは非常に困難にさせるほどの状態にするっていう事だと教師ヨハンは言った。
「潤え、水」
単体詠唱は消耗がとても少ない。
だから連続して使える。
殺傷力は低いけど、使い方次第だと教師ヨハンが教えてくれた。
子鬼の口内に水が溢れる。
子鬼はそれを吐き出すけれど関係ない。
「潤え、水」
「潤え、水」
「潤え、水」
「潤え、水」
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■
課外授業は非常に首尾よく終わった。
正直最初はミシルの頼みはとても困難なものになるのだろうなと思っていたのだが、生徒達の才能が俺の予想を覆してしまった。
俺の見た所、いま少し対人経験を積めばかなりやれるようになるだろう。
勿論まだまだ未熟である事は否めないが、年を考えれば出来すぎとも言える。
もはや子鬼では相手になるまい。
守りの体勢は整った、と言ってもいいかもしれない。
だが、仕掛ける切っ掛けが無いな…。
だがまあ今日の所はこの辺で仕舞いにして休むとしよう。
生徒達にしっかり休むよう、そして帰り道暴漢が襲ってきた場合、1人は生かしておくように言いつけ、銀の月へ戻った。
■
ベッドで愛用の手帳の表紙を磨く。
この手帳も随分使って来たが、若干くたびれている位だ。
表紙にはちょっとした飾り気もあり、気に入っている。
協会の術師にとっては杖を磨く様な感覚だろうか…。
ちなみに協会の術は連盟のそれのように触媒を使う。
しかし1度や2度使った位では使えなくなったりはしない。
何度も使う事で劣化はするが、触媒そのものが無くなったりはしない。
それを起動触媒という。
起動触媒は事象そのものを引き起こす。
対して連盟の術は消費触媒を必要とする。
事象を引っ張ってくる為に必要なのだ。
そして使えば無くなる。
例を出そうか。
少し長くなるがいいかな?
ありがとう。
火を起こすという結果。これを事象とする。
協会式の術は火そのものを引き起こす。
だが連盟式の術は触媒に纏わる火についての逸話や信仰などから火を引っ張ってくるのだ。
だから連盟の術師は雑学に豊富というか…無駄に色々知っている。…無駄ではないか。
まあ結果は同じだがアプローチが違う。
そして安定度も違う。
連盟式は引っ張ってくる逸話や信仰を間違えてしまうと、村が焼けたり町が燃えたり都市が灰になったりする。
大きな事象を引っ張る力量がなければ自分が燃えるだけで済むが、大きな力を持つ術師がやらかすと大変なのだ。
例外もある。
例えば協会式の術なのに触媒を消費するとかだ。
雷衝などがそれにあたる。
あれも協会の術ではあるが、電撃が触媒の性質を変えてしまう、あるいは劣化させてしまう。
かわりに、事前の詠唱を必要としない為即時起動が出来る。
協会式でも連盟式でもない、こういった新時代の術は今後増えてくるだろう。
■
「あら、おはようございます教師ヨハン。先日は課外授業をされていたそうですね。生徒達はしっかりやれていましたか?」
フェアラートだ。
俺は今教員室に彼女と2人きりだった。
「フェアラート先生、それが余り芳しくありません。やはり実戦経験とは積み重ねでしか培えないのでしょうね、生徒達はみな子鬼相手に震え上がり、詠唱も満足に出来ない様子でした」
フェアラートはうんうんと頷き、大変でしたね、と俺を労う。
「まあ少しずつ鍛えていきますよ。フェアラート先生にも何か手助けをお願いする事もあるかもしれません。その時は宜しくお願いします」
俺は頭を下げ、彼女へお願いをした。
頭の上で彼女はどんな目で俺を見ているのだろうか。
■
その日の講義は座学をした。
奇襲への備え、心構え、脅しあげすかしあげ、煽てあげ。
再度生徒達へ要点を刷り込んだ。
「では今日の講義を終了とする。皆、俺が教えた事は常に意識しておくように。生徒ドルマ、君達生徒が気をつけるべき事は?」
「ああ…あ、はい教師ヨハン。やばくないときには監視されてると思え、安心感が生まれたと感じたら改めて周囲を探れ、不穏な気配、違和感があれば逃げろ。逃げ切れなさそうなら路地裏へ駆け込み隠れろ。追っ手がやってきたら後ろから奇襲して1人は確実に殺せ…ですよね」
「それだけか?」
俺はドルマへ確認を取る。
「……できるだけ残酷に殺せ、です」
「正解だ。俺は生徒ドルマを高く評価する」
相変わらず出来の良い生徒だ。
まあこの分なら問題なさそうだ。
帰ったらミシルに貰った酒を飲みながら寝よう。
◆◇◆
SIDE:マリー
教師ヨハンはなんでドルマなんかに質問するんだろう。
私にすればいいのに。
苛々したので私はドルマの尻を蹴飛ばしてしまった。
「あァ?なんだよ!」
ドルマがワンワンと吠えている。
「なによ!!!」
私が言い返すと、ドルマは目を大きく広げて、口も少し開けて驚いていた。
あんなので驚いちゃって、術師失格だね。
教師ヨハンは“優れた術師は相手を悪し様に罵る事で精神を揺さぶり、術が掛かりやすい状態へ持っていく”と言っていたわ。
私の方があんたより優れてるって事よね。
「なあルシアン、マリーの奴頭おかしくないか?やっぱりあの男のせいじゃねえのか?」
「ドルマ、マリーは教師ヨハンが来る前から暴力的だったし可愛いよ」
「お前もおかしいよ………あー…おいルシアン、マリー」
ドルマが声を潜めて言った。
うん、分かってる。
ルシアンを見ると目を少し細めてショート・スペルスタッフを撫でていた。
人殺しの目だ。
普段のルシアンは女の子みたいで全然かっこよくないけど、こういう時のルシアンは少しだけ格好いい。
「どこでやる?」
私が聞くと、ドルマは顎をしゃくって路地裏を指した。
「地形、予め調べたんだ。そこ入って少し進むとゴミ置き場があるんだけどよ、俺はそこに隠れる。後ろから殺ってやる。お前等は正面からお迎えしろよ。殺り方は…あー、まあいいだろ、俺等散々子鬼殺してきたしな。互いの手札は分かってる。合わせるわ。あ!おい!一人は生かしておけよ、アイツが怒るからな。よし、走りこむぞ。3、2、1」
私達は駆け出した。
嗚呼、空気が殺気立っている。
教師ヨハン…、ううん、ヨハン。
見守っていてください。
みんなみんな、一人残らず殺してみせます。
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