エル・カーラ⑦~課外授業~

 ■


 その日の晩、俺はミシルに会いに行った。

 ちょっとした懸念もあるので、学院では突っ込んだ話はしたくなかったからだ。


 ミシルは俺を待っていたようで、夜分遅かったにも拘らずすんなりと屋敷へ通された。


 彼女とは色々な話をした。


 生徒への教育については、必要な事だとは理解していますが程ほどにしてくださいね、と釘を刺されてしまったが。


 それと義手製作の進捗も聞いておきたかった。

 壊れず、軽く、触覚があり、意のままに動かせる。

 そして手首を曲げると……まあちょっとした仕掛けもある最高級の義手だ。


 今間に合わせで使っているものはやはり違和感がある。

 これもこれで高級な作品なのだが……。

 意識に動きが追いつかないんだよな……。


 ■


 一通りの情報交換を終え、俺は義手の作成は順調かどうかミシルへ尋ねた。


「……という訳です。術師ヨハン。貴方の要望は満たせそうですよ。とはいえ繊細なものである事には変わりありません。貴方は滅茶苦茶な使い方をしてすぐ壊しそうで心配です。私の作品は私の息子であり娘でもあります。大切に扱ってくれないと困ります。注意してくださいね」


 眉をハの字型にして心配されてしまう。

 多分大丈夫だろう、あの赤魔狼は大物だったがあんなモノがポイポイ現れる筈がない。


 無い、はずだ。

 思えばあの時、ヨルシカへ講釈を垂れたとき、月魔狼の話題なんて出してしまったのがいけなかったのかもしれない……。

 そう言えば彼女は何をしているだろうか。

 義手を作り終えたらアシャラ都市同盟まで行って見よう。


「それで貴方の言う実戦訓練とはどのような内容なのですか? ええと……なるほど、まとめてあるのですね……。うん……え? 術師ヨハン! もう少しマトモなモノはないのですか!? 効果がある事はわかるのですが……いえ、やはり駄目です。彼等は学生ですよ? 処刑人ではないのです! ……そうですね、その辺りが無難でしょう。それでも反対意見は出るでしょうが。そこは私が黙らせます。はい、ええ。ではその様に。今後もきちんと相談をしてくださいね」


 いくつか提案はあったのだが、ミシルに却下された。

 生徒たちは確実に成長すると判断して提案してみたはいいものの、俺もこの案は無いかもしれないなと思っていたので構わない。


 コムラード辺りが知れば殺し合いになってしまいかねない所だし……。


 ◆◇◆


 SIDE:ルシアン


 この日、僕等は中庭に集められた。

 だがクラス全員じゃない。

 7人だけだ。

 ドルマとマリーもいる。


 どういう事だろう? と見ると、一つ気付いた事がある。

 教師ヨハンはショート・スペルスタッフを持っていた。

 見る限りでは特別高級品という訳でもなさそうだった。

 そういえば教師ヨハンがスタッフを持つのは初めて見るなぁ。


 僕等が時間通りに集合すると、教師ヨハンはぐるりと見渡し軽く頷き、今日の講義について説明を始める。


「……というわけだ。従って本日は課外授業とする。全員1度は多すぎるので、日と人数をわけて実施していく……。今日は君達が課外授業を受ける番だ。本来は君達に死刑囚を殺させるつもりだった。これは暴漢に逆撃を加え、死に至らしめる際の忌避感に慣れて貰う為だ。ついでに都市のダニを死刑執行まで公金で養う必要もなくなり、非常に有益なものだと思っていたが……しかしその案は教師ミシルにより却下されてしまった。まあ俺自身も少しそれは駆け足に過ぎる気がしていたが……」



 本当にありがとう御座います教師ミシル! 



 ちらっとマリーを見ると、彼女は深く目を閉じ聖句らしき祈りを呟いていた。神への感謝の祈りだろう。

 この場合の神は教師ミシルだ。


 ドルマは無表情で教師ヨハンの話を聞いていた。

 ここ最近の彼は以前まで浮かべていたような不敵な笑みを浮かべたりする事はなく、愛想がよくなったとはとても言えないけれど悪ぶったりもしなくなった。


 教師ヨハンの講義は意外といったら失礼かもしれないけれど、想像していたより普通なものが多かった気がする。

 走って体力をつけるようにと言われたのが印象的だった。


 “逃げる為には走る必要がある。分かるな? ”

 “追い詰めて殺す為にも走る必要がある。分かるな? ”

 “だから君達は生きる為に、そして敵を殺す為に走りなさい”


 あの硝子玉の様な瞳で無感情に言われると、背筋がゾクゾクしてしまう。あのドルマさえも文句を言わずに走っていた。


「……というわけで順序良く行こう。今回の標的は子鬼だ。彼等は総じて人へ敵意を持ち、手段を選ばない狡猾さも兼ね備えている。矮小な体躯は奇襲に有利だ。だが注意すれば彼等の非力さゆえ、重傷は避けられるし、耐久力も高くはない。良い教材だ。しかし油断はしないように。彼等が最も多く新米冒険者を殺している事実を忘れてはならない。ちなみに生息地は調べてある。そう遠く無い為、徒歩で行く。7名、1人につき最低でも1匹の子鬼を殺害しなさい。出来るだけ、無残に。最初は俺が幾つか手本を見せる」


 教師ヨハンの言葉に皆それぞれ返事をする。

 確かに教師ヨハンはおっかないけれど、考えてみれば僕等の事を馬鹿にしたり、暴力を振るったりはしてこなかった……してこなかった……のかな? 

 でもマリーは、あれは模擬戦だけど……怪我しなかったならいいのかな! うん! 

 ドルマだって脅迫されただけだ。

 勿論実際に殺されたりはしなかったし……

 なんだか自信がなくなってきた。


 とにかく、僕等も段々と教師ヨハンに慣れてきているんだろう。

 質問をすれば凄い長い時間を掛けて教えてくれるし、本当に理解しているのか確認する為かは分からないけど、目を覗き込んでくるのは正直いって落ち着かないが。


 後、落ち着かないといえばマリーが“教師ヨハンって真っ黒くて綺麗な目をしているわよね”と言い出したからモヤモヤする。


 そんな事を考えていながら移動する事しばらく……


 僕等はエル・カーラ西方の小森林へやってきた。

 この森林は名前がついていない。

 西の森、とだけ呼ばれている。


 魔物や獣がいないわけでもないけど、どれも小物だ。

 子鬼はそこそこいるらしいけれど、彼等は素材としても質が低く、宝を隠し持っている様な事もないため冒険者も全くやってこない。

 猟師がたまにやってくるかな? 

 後は僕等みたいに実戦演習をするクラスが訪れるくらいだ。


 目を凝らし、木陰の奥を見てみる。

 横切る影、ざわめく木枝。葉。


 教師ヨハンの言う『教材』は十分足りて居そうだな……



 ◆◇◆


 SIDE:ドルマ


「灯よ、照らせ。光球」

「凍て付き、貫け。氷針」

「燃えよ、矢。火矢」

「固まり、打て。石弾」

「固まり、打て。石弾」

「固まり、打て。石弾」

「固まり、打て。石弾」


 ━━手本を見せる

 あいつは、教師ヨハンは確かに手本を見せてくれた。

 残酷に殺す手本を。


 森を進んですぐ現れた子鬼。

 そいつを見るやいなや、あの男は照明の術を使った。

 詠唱助詞も何も無い単体詠唱だ。

 これじゃあ最低限の効果しか出ない。

 それともあの男はそんな詠唱でもとんでもない効果が出せるってのか? 


 そんな事はなかった。

 奴の光球は子鬼の顔のすぐ横でパッと輝き、すぐに消えてしまった。

 俺は、これが何の手本になるんだ? と奴の顔を見ると、次の術が放たれていた。


 氷針だ。

 これも単体詠唱。

 細い氷の針を放つ。


 こんなのは激しく外套でも振ったら払い落とせるんじゃないのか? 


 そんな事は無かった。

 光球の光で一瞬子鬼は目を閉じていたが、そんな子鬼の瞼を氷の針が貫いていた。


 え、エグい事しやがる……。


 でもそれだけじゃ終わらなかった。

 目を貫かれて悲鳴をあげようとした子鬼の口に火の矢が……。


 その後が酷い。

 いや、アイツは最初から酷かったけど。

 石の塊を何度も何度も飛ばす。

 全身があざだらけになり、子鬼が泣き叫んでいても何度も何度も何度も何度も……


 だが、無表情でそれを見ているルシアンの奴も不気味だ……。

 あいつ、少し染まりすぎてるんじゃねえのか? 


 ■


 良し。

 上手くやれた。


 協会式の術は効果が分かり易いのだが、素直すぎる。

 素直な効果というのは、いざという時頼れない。

 その点連盟の術は効果が不安定だが、意外性がある。

 一長一短で、どちらが優れているとも言いがたい。


 まあ今回は協会式の術を使うと決めていたからな。

 久しぶりに使って見たが使い勝手は非常に良い。


「術師が対人戦をするならば、早さを意識しなさい。威力や見栄えは二の次でいい。勿論戦争等は別だ。ああいった特殊な場はどれだけ派手な術が使えるかもかなり重要になってくる。話がそれたな、すまない。ともかく、相手が術師だろうが非術師だろうが、相手が思考する時間を作ってはならない。矢継ぎ早に攻め立てるべし。だが適当に術を乱射してもいけない。低位とはいえ消耗はする。基本は三段階だ。崩し、深手を与え、仕留める。この三つを可能な限り素早く行う事。崩しの基本は目か股間を狙え。そして相手を戦闘不能に陥れたなら、こうだ。こう! こうだ! 分かるね? 生徒マリー。分かれば君もやってみなさい。石弾は使えるはずだ」


 俺は石弾を何度も放ち、子鬼の頭部を潰す。


 マリーの手は震えている。

 無理もない、殺しの経験がないものは誰でも最初はこうなる。

 俺は彼女の手を取り、しっかりとスタッフを握らせてやった。

 彼女の冷たい指が俺の手の熱を吸い、少しずつ暖まっていく。


「大丈夫だ。君はその年で炎弾乱舞を使える逸材だ。石弾など呼吸するように使えるはずだ。俺の目には君の才能の煌きが見える。先ずは最初の一歩を踏み出そう。さあ、詠唱をしなさい」


「ひゃ、ひゃい……教師……ヨハン……。か、かたまり、撃て。石弾」


 マリーの術は詠唱がつっかえたにも拘らず速やかに構築され、瞬く間に如何にも硬そうで殺意の溢れる石弾が生成された。

 驚くべき術の冴え! 

 詠唱の不全を力業で押し切ったか。


 射出された石弾は子鬼の頭部を更に激しく叩き潰す。

 脳が飛び散り、赤い血が地面を汚す。


 マリーの目が爛々と輝き、赤い血を見ている。


 恐らくは、残心。

 俺の目から見ても子鬼は惨死しているように見えるが、彼女は警戒を崩さない。

 オルド騎士の系譜か? 


「素晴らしい! 君は術師として大成するだろう。さあ次だ。今度は君が最初からやるんだ。この分ならすぐに悪党を殺してもなんとも思わなくなるだろう。エル・カーラの平穏はすぐそこまで近付いているようだな」

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