エル・カーラ⑥
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「きょ、教師ヨハァァン!!! き、き、貴殿は生徒達に一体全体何を教えているのですかな!?!? 教師ミシルの紹介であるからと信用しておれば!! 聞きましたぞ!! ここは魔導院です! 術を教える場所ですぞ!! 連盟仕込みの喧嘩殺法を教える場所ではございませんぞ!!」
教員室で教師コムラードが大声で叱責をしてきた。
パンと張った太鼓腹にたるんだ顎、テカる頭に青筋を立てて、叱責というより大激怒だった。
だが俺の答えは決まっている。
まずは挨拶。
そして本題。
「お早う御座います、教師コムラード。生徒達の命を護る
ですがなあ、とコムラードは言い募ってくる。
こういう状況はある程度想定は出来ていた。
これは大きい仕事だ。
だから多少理不尽だと思える事であっても、不機嫌な態度を表に出すなどと言った情けない真似はしない様に気をつけよう。
「ですがなぁ、教師ヨハン。連盟は過去にその大切な同胞とやらからリッチなどと言う生命への冒涜者を出してしまっているではありませんか! 連盟でも被害は出たと聞いておりますよ! 例え理念は違えど、魔導の階梯を昇る同志が
生命への冒涜者。
パワーリッチ・ラカニシュの事か。
力と命を求め、家族を手に掛けた男。
あの時は俺も未熟どころかまだまだガキであり、力が及ぶ所の話ではなかった。
だが、仮に今、奴と対面したならばその魂魄をバラバラに引き裂き、嬲り殺しにしてやろう。
「教師ヨハン……失言は謝罪します。軽率な言葉でしたな。ただし! 我輩は貴殿がマトモな講義を行っていないという判断を翻すつもりはございませんぞッ……!」
他の有象無象を食い散らかすまでは良い。
赤の他人だ、関係ない。
知らない女でも、知らない子供でもなんでも好きなだけ食べてしまうがいいさ。
だが、家族を……?
握り締めた拳から血が滴る。
以前、ラドゥを前にして奴の名前を出した時は是ほどの激昂は覚えなかったはずだが……。
奴を殺したラドゥへの感謝の念が、俺の怒りを塗り潰したのかもしれないな。
ああ、しまった。
コムラードを無視した体になってしまっていたか。
「失礼、教師コムラード。少し考え込んでおりました。謝罪を受け取ります。とはいえ、方針は変えてはならないと考えます。勿論、連盟の術を仕込もうなどという事はありませんよ。ですが、心構えと最低限の戦闘技術位は身につけておく必要があると思います。術師の体を欲するなど、ただの人身売買で終わる話ではないでしょうな。放っておけばろくでもない事になるのは目に見えております……」
俺がそういうと、彼はグウウとかムウウなどとうめき声をあげていた。北方に生息するトゥードの様だなと益体もない考えが浮かぶ。連中は『ムグー!』と鳴くのだ。
別に馬鹿にはしていない。
トゥードは恐るべき魔物だ。
普段は穏やかだが、一度激昂したならば合金混じりの肌にモノを言わせて、凄まじい速度で突進してくる。
ちょっとした岩壁などぶち抜いてしまうだろう。
話が逸れた。
まあ彼だって彼なりに現状に苦しんでいるというのは分かっている。
結局それはそれ、これはこれ、という話でしかないのだが、コムラードが単に権威主義的な愚物であるとも俺は思っていない。
何度か言っているが術師たるもの、目を見れば人となりなんて分かるものなのだ。
その原理? 勘だ。
まあ複雑な問題なのだこれは。
何よりも大事なのは自分の命であるから手段は選ぶな……という理屈は分かり易いが、矜持というか生き様というか、そういうものを場合によっては命より大事にする者もいる。
術師はその在り方を考えると、拘りが強い者が非常に多くいるわけだ。
状況やら意見やらに振り回されて自分を持てない者は率直に言って術師としてはポンコツも良い所である。
別に根性論的な事を言っているわけではない。
実際に弱くなるのだ。
人の頭ほどの大きさの炎弾を生成できる術師が、拳大ほどの火球しか生成できなくなるなどザラにある。
■
「まあまあ……教師ヨハンもその辺にしましょう。教師コムラード、貴方が生徒達の事よりメンツが大事などとは誰も思っていませんよ。教師ヨハンも生徒達の身を案じて指導されているのです。それは教師コムラードもお分かりでしょう? 我々協会はその柔軟さを持って術師の組織として拡大してきました。もっと柔らかくいきましょう? ね?」
パンパンと手を叩く音と共にやってきたのは、フェアラートだった。この学院で信仰系の術を教えている。
妙齢の淑女。瞳の色は……薄い赤。
信仰系の術とは要するに奇跡の類を術で再現する術の事である。
極まったそれになると神や悪魔の類といった超越存在に仮初の肉体を与え、降臨させることも出来る。
もっともそういった存在を御せる者等そうはいないが。
「……ええと? 教師ヨハン。どうされましたか? そんなに私の目をみて。なにかついていますか?」
「いいえ、フェアラート先生。我々は諍いをしていたわけではありません。ちょっとした流儀の違いについて議論をしていただけです。とはいえ、お気遣い感謝いたします。生徒達にも人気があるのではないですか? 貴方の外見は非常に美しい」
リップサービスではない。
放った言葉に嘘はない。
「あら? いきなり口説かれるとは思っておりませんでしたわ。無愛想なお方と聞いておりましたけれど、お上手なのですね」
コムラードを見ると先ほどまでの苦悶の表情が嘘の如く凪いでいた。
「フェアラート先生の仰る事ご尤も。我輩も熱くなっていたようです。不躾な糾弾、謝罪いたしますぞ、教師ヨハン。とはいえ、我輩は貴殿のやり方が学院にそぐわないものである、という自論を曲げる積もりはありませぬ」
教師コムラードは頭を下げた。
彼はもしかして頭を磨いているんだろうか?
俺の辛気臭い顔も写ってしまっている。
「いえ、教師コムラード。こちらこそ生意気を言いました。しかし俺も同じく、この学院の生徒には危機感が足りないと考えており、迫り来る危機に対しての備えを指導しなければいけない、という考えは変えません」
それにしても本当に頑固な親父だ……。
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