エル・カーラ⑤~教育、そして成長~
◆◇◆
3日目
SIDE:ルシアン
僕らは、教師ヨハンが教室で講義をしているのを聴いていた。
初日に漂っていた彼を見くびるような雰囲気は既に欠片もない。
皆教師ヨハンを恐れている様だった。
だが同時に、隔意の様なものを感じる。
教師ヨハンが示した模擬戦闘の様なものは、術師らしくないといえば確かにそうだったからだ。
僕は……僕は教師ヨハンの教えたい事はなんとなくわかるが……。
僕らが術師として誇り高く向かい合おうとしても、相手もそうとは限らないということなのだろう。
「俺は君達に流儀を変えろとは言わない。つまり、協会のやり方は不味いから連盟のそれへ変えろとは言わないという事だ。何故ならそれは例えるならば剣造りに人生を捧げて来た鍛冶屋に対し、"お前は明日から装飾品を作れ"と言う様な事だからだ。それは君達協会の術師への侮辱である」
教師ヨハンの言葉に何人かの生徒が頷く。
まあそうかもしれない。
砂を蹴り上げて喉を潰してなんて街の喧嘩屋みたいじゃないか。
でも、手段を選ばずに僕らをどうこうするというのなら……教師ヨハンの言った事、やった事は筋が通っている。
では何を教えてくれるんですか? と誰かが質問すると、教師ヨハンがピッと指を3本立て、3つある、と言った。
「1つ目は心構え。2つ目に君達の流儀……つまり協会式の術に合わせた些細な戦闘技法。最後に、この2つを組み合わせたモノ。1つ目の心構えについては、触りだけは先日生徒マリーへ教えた。……生徒マリー、質問だ。暴漢はどのような手段で君達を狙ってくる?」
ひゃい!! という声が響く。
傲慢で可愛いマリーはいなくなってしまった。
今のマリーはまるで影に怯える子犬みたいだ。
僕はそんなマリーも好きだけど。
「ぼ、ぼうかんは! いきなり……襲ってきます……。合図とか……しません。き、奇襲! きしゅうします……?」
教師ヨハンはマリーを硝子玉のような目でじっと見つめる。
マリーの顔からは汗がだらだら流れ始め、流石にまずいとおもい僕は手をあげようとした。
「その通りだ。生徒マリー。よく話を聞いていた。偉いぞ。そうだ……暴漢共は奇襲をしてくる。不穏な気配を感じたなら奇襲を想定しなさい。そして、脱兎の如く逃げだしなさい」
皆、え? という表情で教師ヨハンを見た。
逃げ出すって……
でも僕達は続く言葉に納得した。
「なぜなら、暴漢共が君達を奇襲しようと決め、いざ実行に移す時。既にある程度の段取りは組まれているだろうからだ。不利な状況で仕掛ける馬鹿はいない。君達は襲われる時点で既に不利な状況へ陥っている」
確かにそうだ……
でも……じゃあ逃げ切れなければどうするんだろう?
やはり戦うのか……
「ここまでがポイントの1……心構えだ。そして逃げ切れなければどうするか。足を動かしても、大声で助けを求めても駄目ならばどうするか……2つ目のポイントを覚えているかな、生徒ルシアン」
うおおお僕だ!
「はい! 教師ヨハンは戦闘技法を教えてくださると言っていました。その技法で状況を変えるという事でしょうか?」
僕が言うと、教師ヨハンは頷いた。
「良し。理解が早いな、生徒ルシアン。そうだ、状況を変える。だが状況は簡単には変わらないだろう。わかるかね。君達はただでさえ不利な状況だ。怒鳴っても殴りつけても効果は薄いだろうな。相手も荒事には慣れている筈だ。怒鳴られたり、殴られたり……そんな事は日常茶飯事。だがそんな彼らにも一つだけ慣れていない荒事がある。分かるかね、生徒ドルマ」
コツ……コツ……という教師ヨハンの靴の音が教室に響く。
ごくり、という唾を飲み込む音がする……。
ドルマはこう言ってはなんだが悪たれだ。
父親が名の有る商会の会頭で、そこへ世話になっている生徒達の親も多い。
つまり権力があるっていうことだ。
だから彼も父親の権力を笠にきて、学院では結構好き勝手にやっている。
教師達だってドルマには強く言えない……言えないはずなのだが
そんな彼が完全にビビっていた。
「わ、わからね……わかりません……教師……ヨハン」
先日のマリーへの指導だけじゃない。
上手く言えない……上手く言えないのだが、僕らは、全員ここで死ぬ気がしてならない。
教師ヨハンはドルマの前に立つと、かがみ込み目線を合わせた。
そして……
「生徒ドルマ、いや。ドルマ。お前を殺す。冗談ではない。本当に殺す。お前はこれから俺と戦闘技術を学ぶ為の模擬戦を行う。そこで俺に殺される。それは事故として処理されるだろう。熱が入れば力加減を誤ってしまう事もあるからな。お前は初日、俺を侮っていたな? たかが連盟の、うらびれた術師だと……侮辱していただろう……? だから殺す。連盟は殺し屋集団だという噂を聞いた事があるか? その通りだ。俺は人殺しが好きだ。特に……貴様の様な生意気なガキを惨たらしく殺してやるのが大好きだ。お前の首は引きちぎり、首を親の商会へ投げ込んでやろう。ドーラ商会だったな? そこは連盟の術師が贔屓にしている商会だ。知らなかったか? お前の親はお前とは違って連盟の術師がどういう者達か理解しているはずだ。お前が俺を挑発したのだ。だからお前は殺される。親も悲しむだろうが、納得はするだろう……さあドルマ。言え、遺言を。さあ、どうした。震えて口が聞けないか? 大丈夫だ、お前の震えはすぐに止まる。永久に」
■
ドルマの目の端に涙が浮かんだ事を確認した。
震え方も激しい。
呼吸は? これも過呼吸気味だ。
十分に恐怖している。
良し。
そこで俺は"本当に殺そうとおもった事"をやめた。
殺気というのは、脅しで出すものではないのだ。
本当に殺すつもりでなければある程度階梯を上った者には通らない。
だから俺はあの瞬間本当にドルマを殺すつもりだった。
もう少し長く殺そうと思い続けていた場合、俺は間違いなくドルマを殺していた。
空気の緩みを感じたか、ドルマを始め、教室の空気が弛緩していくのを感じる。
「……わかったかね、生徒ドルマ。答えは死だ。暴漢は確かに荒事には慣れているかもしれない。君達が怒鳴り、叫び、ちょっとした攻撃を加え負傷をさせた所で効果は薄いだろう……だが、そんな恐るべき悪党でさえも、一部を除いては死には慣れてないのだ。生徒ドルマ。君はこの学院でそれなりに暴虐的だったそうじゃないか。暴力なども振るった事があるんだろう? だが先ほど君は恐怖した。生徒ドルマ、君は死にたいか?」
俺はドルマへ尋ねた。
「……ない!!!! 死にたくないです!! 俺は……教師ヨハン……殺されたく、ないです!! 俺は……殺されたくない!!」
良し。
「そうだ。生徒ドルマ。君は殺されたくないと叫んだ。赤心を暴き立てるような真似をしてすまない。謝罪しよう。そして……それは暴漢共も同じなのだ。彼らだって死にたくはないと思っているはずだ。単刀直入に言おう。君達がもし暴漢共と対峙する時が来たならば!!!」
バンと机を叩く。
生徒達がビクリと肩を跳ね上げる。
驚かせてしまったか。
柄ではないがかなり熱くなっているようだ。
俺は路地裏で死にかけた野良犬の様な子供時代を送っていた。
連盟に拾われなければ死んでいただろう。
学院? まともな教育などは受けられなかった。
そんな俺が教師という役を任せられ……そう、柄にもなく少しやる気になっているようだった。
「真面に戦おう等とは思うな。1人……狙いを定めて殺せ。惨たらしく! 恐怖させろ! 俺が君達にそうしたようにだ。そうすれば君達は助かる可能性が大幅に上がる! 仲間が惨たらしく殺されて平然でいられる者がいるだろうか! いや、いない! いたとしてもそんな奴は生徒攫いなどという仕事はしないだろうよ。……最後のポイントを覚えているかね、生徒マリアーテ」
「は、はい。教師ヨハン。さいごの、最後のポイント、は……心構えと戦闘技術を、組み合わせたもの……でしょうか……?」
俺はマリアーテの瞳をのぞき込んだ。
虚偽は見抜く。
……心から理解できているようだ。
口先だけではない。
俺は大きく頷く。
協会の術師の卵達、金と時間をかけているだけあって覚えが早い。
「そうだ、生徒マリアーテ。俺は君達にそれを教えよう。君達を鍛え上げると誓う。君達は殺される側ではなく、殺す側になるのだ。俺に任せておくといい。君達を強くする……いいか? 次に誘拐事件が起こった時、死ぬのは誰だ? 暴漢か? 君達か? 生徒ルシアン!」
生徒ルシアン。異様な気迫。
成程、麒麟児という奴かもしれないな。
業は未熟でも、急速に醸成されていっているのが分かる……。
「……次に死ぬのは、暴漢達です」
ルシアンが静かに答えた。
良し。
「生徒ルシアン。正しい答えだ。考課に加点をしておこう」
◆◇◆
SIDE:ルシアン
大変な事になってきた……
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