エル・カーラ④~教育~

◆◇◆

1日目


SIDE:生徒ルシアン


その教師がやってきたのは1週間前の事だった。

講堂に生徒が集められ、好奇の視線を浴びながら1人の男性が壇上へ上がっていく。


教師ミシルの肝いりらしい。

若いのか、それとも若くないのか年齢が分かりづらいが、その殺伐とした目つきがいやに印象的だった。

片腕を抑えているのか?庇っているのか?

分からないが、彼の片腕は動きがぎこちない。

義手だろうか?


「俺は連盟の術師ヨハン。術師ミシルの依頼により、暫し君達を指導する事となった。昨今発生している術師攫いの事件を鑑み、君達に自衛の術を教える予定だ。宜しく頼む」


連盟の術師…悪い噂と怖い噂を聞いた事がある。

悪い噂の方は、彼等連盟の術師は非常に怠惰で、術を私利私欲に使い、業前を向上させる事には興味も欠片もない。連盟の術師っていうのは術師としては落第者で、協会に所属出来ない落伍者の集まり…っていうものだった。


怖い噂は、殺し屋集団だとか所属の術師は全員狂ってるとか…。

でも教師ヨハンを見ると確かに目つきは怖いけど、人殺しがすきそうだったり頭がおかしいようには見えない。


だったら怠惰な術師なんだろうか?

それも違うように思える。

だって教師ミシルの紹介なら、変な人は来ないはずだ。

協会の準一等術師の肩書きは伊達じゃない…筈。


それにキチっと言う音が聞こえる位しっかり下げられた頭、曲げられた腰は、彼がちゃんとした人間だっていう証明に思えた。

これは結構珍しいことだ。

術師が頭を下げるなんて…少なくとも僕は魔導院の教員が僕等に頭を下げるところなんて一度も見た事がない。


だから、なのかな?

隣の席のドルマがニヤニヤ笑いながら教師ヨハンを見ていた。

その隣のマリーもだ。

いや、クラス全体が教師ヨハンを見下しているように見えた。


その日は結局面通しだけで終わったが、僕には一波乱来るようにしか思えなかった。


◆◇◆

2日目


SIDE:生徒ルシアン


『君達が普段使う術を見てみたい』


と教師ヨハンが言うので、模擬演習場へ向かう事になった。

炎弾の術式など危険な術は、この演習場じゃないと使用出来ない決まりだ。

僕等は1人ずつ得意とする術を的へ放っていった。


火属性の術式が得意なマリーが高らかに詠唱を唄いあげる。


『燃ゆる魔弾 疾く往きて 其を焼き焦がせ!炎弾乱舞』


マリーの持つスペル・スタッフの先端に取り付けられている水晶が紅く光を放ち、小さい火種が周囲に灯る。

火種は見る間に大人の拳のそれより一回りほど大きく膨れ上がり、的へと飛翔し…


・・・

・・


炎弾は一発もあやまたず的に命中し、的はゴウゴウと燃え上がった。

流石マリーだ。

卒業生に爆炎弾を使える事で小炎姫と異名がついている術師がいるけれど、マリーの才能は彼女に匹敵するんじゃないだろうか?


◆◇◆


SIDE:生徒マリー


「私の炎弾…どう思いますか?教師ヨハン」


私がそう訊ねると彼はただ一言


『対人には向かないが、使い方次第だ。優れた前衛、あるいは肉の盾が居るなら攻勢の切欠にはなる。とはいえ突発的な…そう、例えば今エル・カーラで起こっている事件への備えにはならない。魔物の類に対し、パーティで対峙するという様な場合には有効な一手となりうる』


と答えた。

私はそれで頭に血が昇る。

対人には向かない!?

私の炎弾を受けて無事で居られるとでも?!

怒りに任せて啖呵を切ってしまう。


「ッ…!だったら!教師ヨハンが私にお手本を見せてくださいな!対人に向く術の指導を求めます!連盟の術師がどの様な術を使うか興味があります。ですよね、皆様!」


皆も頷いている。

やれるというなら見せてもらいたい。


教師ヨハンは頷いて静かに私の事を見た。


「よろしい。では、生徒マリー。君に対人戦の指導をしよう」


私はなぜか、良くない事が自分の身に降りかかる気がして…



足元の砂をマリーへ向けて蹴り上げる。

同時に、駆け出し肉薄。

ポケットから水晶の欠片を取り出し、握りこむ。

中指が飛び出すように拳を形作るのがポイントだ。


砂で怯んだマリーの喉仏目掛けて拳を突き…込まない。

死んでしまうから。

軽く叩くに留める。

術師が相手なら本来はここで喉を潰す。詠唱を封じる為に。

術師が相手でなくても喉を潰す。助けを呼ばせない為に。


喉を軽くはたかれたマリー。

だがそれでもマリーは激しく咳き込んだ。


咳き込むマリーの髪の毛が抜けないように優しく掴み、顔を上げさせ、目の前に拳をもっていき見せつけ…


━━雷衝ライトニング・サージ


マリーの目にも俺の拳が紫電に覆われているのが分かるだろう。

文字通り、目と鼻の先なので、空気が焦げる匂いもするかもしれない。


俺は目をカッと見開いているマリーの目を覗き込んだ。


「生徒マリー。この指導の要諦を伝える。少し長くなるが聞いて欲しい」


マリーの返事はない。

少し声が小さかったかもしれない。


「生徒マリー。この指導の要諦を伝える。少し長くなるが聞いて欲しい。返事は?」


マリーは涙を目の端に浮かべながらはいっ、はいっと頷いていた。


「誘拐犯は君達の目の前で“今から誘拐するので襲いますね”などとは言わない。恐らくは奇襲に近い形で君達を襲撃する。今の俺と同じように。先ほどの奇襲についてだが、本来は砂で怯ませた後、撃った拳で喉を潰す。我々術師は声を出せなくなればその戦力は激減するからな。最後に撃った雷衝は後詰の一撃だ。喉を潰されても抵抗を試みる者は少なくない。そういう勇敢な者に電撃を食らわせる。目に叩き込む。なぜなら目は水分を多く含むからだ。電撃は非常に有効」


マリーがしっかりと聞いているかを確認する為に目を覗きこむ。

…しっかりと聞いてくれているようなので続ける。


「魔導都市エル・カーラが誇る魔導院…そこに所属する生徒が攫われている事は君達も知っているだろう。その数はこの1年で15名に達している。これは俺の調べではなく、協会の準一等術師ミシルの調べだ。君達は未だ学びの途上であるが、それでも人を容易く殺める程の力を持っている。それなのにこうも易々と凶手の手に落ちるというのは、君達に対人戦闘というものの経験が不足しているからだと術師ミシルは考えた」


「だから彼女はとあるツテから俺に依頼したのだ。臨時教員となり、君達へ指導をするという依頼を。君達も連盟と協会が最悪ではないにしても良いとは言えない関係である事は知っているな?術師ミシルは俺を魔導院に招き入れた事で、多くの厄介事を抱える事となるだろう…しかしそれでも彼女は君達の身を案じ、俺に依頼した」


「だから俺は君達を教え、導き、鍛え上げよう。君たちの事を学院や術師ミシル、そして俺は全力で護るつもりではある。しかし、最後の最期に自身の身を護るのは自分なのだ。安心して欲しい。君達は強くなる。俺はかつてその辺の子鬼にすら殺されそうなガキを3人、飛竜殺しが狙えるまで鍛え上げた事もある。暴漢が何だというのか。誘拐等という卑劣な真似をする者達に良い様にされて、術師としてのメンツが立つのか?仲間が酷い目に遭わされて、許せるとでも言うのか?生徒マリー!」


俺がマリーへ声をかけると、彼女は大きい声でひゃいと言った。


「暴漢共をぶち殺したい、と言いなさい」


俺はマリーへ言う。

言葉とは口に出すことで願いとなる。

そして願いはそれがどれほどに幽けきモノだったとしても、強固に、より多くの願いが集まる事で形を成す。

術師ならば俺の言っている事が分かるはずだ。


マリーはしゃくりあげながら少しずつ言葉を紡いで言った。

「ぼ、ぼうかんどもを、ぶちころしたい、です」


良し。

俺は大きく頷く。

まずは第一歩。


◆◇◆


SIDE:生徒ルシアン


とんでもない事になってしまった…

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