魔導都市エル・カーラ


「…という訳だ。エル・カーラはその手の導具が手に入りやすい事で有名だからな」


ヨハンはアリーヤに目的を伝える。

彼の考えは、使い果たした触媒を新たに調達することだった。

エル・カーラは魔導協会の影響力が強い地域で、協会は連盟に対して含む所がある…というのをヨハンは知っている。

しかし、敵対するという所までは行っているわけではないし問題はないだろうとも考えていた。


アリーヤは指を頤に当て、少し小首を傾げながら言った。

あざとい仕草にヨハンは内心で"魔女らしくて何より"と賞賛する。

可愛らしい仕草で相手を油断させ、時には騙し、時には背後から刺し殺すというのは女性魔術師として納めておくべき基本的な技能であることは言うまでもない。


「事情はわかりましたわ。成程、魔導義手…ただ、あの手の物は相応のお値段がしますわよ?術師ヨハン、その辺は大丈夫なのかしら?」とアリーヤは問う。


ヨハンはその事実を認識している。普通なら手が出せない値段だが、今は違う。ヨハンは鞄から銭袋を取り出し、アリーヤに見せつけた。


「見ろ、これを。金が唸っているぞ。宝石もある。傭兵都市ヴァラクで俺は相応の仕事をし、相応の報酬を受取った。魔導義手も余程高望みをしなければ十分購入は出来るはずだ」


アリーヤは袋の中身を覗き込むと、フンフンと頷く。

ちなみに彼女はレグナム西域帝国の貴族の息女であり、祖父は帝都ベルンを守護する四将軍の一人である為、ヨハンの財産などは木っ端も同然であったりする。


「…良さそうですわね。それだけあるなら高名なマイスターの作品にも手が届きそう…ん?ん~…?…そうですわ、ちょっと腹案がありますの。聞いてくださる?」


ヨハンは頷き、先を促した。


「わたくしの師は先刻言った通り、魔導協会所属準1等術師【麗然凍景】のミシル・ロア・ウインドブルームなのですが、師ミシルには魔導技師としての側面もありますの。協会で名を成すには功をあげる必要がありますが、師ミシルはエル・カーラでも有数の業前を誇っておりますわ。そして師ミシルはここ最近、特に魔導義手の作成には力を入れています。非常に評判が良く、作り出すものはどれもが造形的な美と機能的な美を兼ね備えていると高評価を受けていますわ」


ヨハンは興味深そうにアリーヤを見つめる。

「それは良さそうだな。ということは、その師匠の元で魔導義手を作ってもらうということか?」


アリーヤは頷く。


「そういうことになりますわ。ただ、師匠の制作は本当に素晴らしいものばかりですから、自然と希望者も多くなっています。ですので、場合によっては順番が来るまでには時間がかかることをご了承くださいませ。まぁ、わたくしも口添えは致しますけれども…」


それは仕方ない、とヨハンは苦笑しながら言う。


「素晴らしいものを手に入れるためには、時間がかかるのも当然

だ」



アリーヤはヨハンの言葉に微笑んだ。


「お言葉、感謝いたしますわ。それでは、術師ヨハンの魔導義手を師に任せることといたしましょう。きっと、術師ヨハンが満足する素晴らしい魔導義手を作ってくださることと思いますわ」


──素晴らしい、か


ヨハンの脳裏に素晴らしい魔導義手が描かれる。

それは軽く、硬く、更に意のままに動かす事が出来、近接戦闘の際には鋭い刃が飛び出し、掌を敵にかざせば竜種の様に炎の息吹が放出される義手だ。


「ちなみに!基本的に多機能にすればするほどに耐久性に難が出てきますわよ。そのあたりは先にお伝えしておきますわね」


「ああ…分かっているとも…」


そう答えるヨハンの表情は明らかに落胆したもので、アリーヤは釘を刺しておいて良かったと思った。


ちなみに彼女にはヨハンには伝えていない思惑もある。それは別に陰謀の類などではなく、様はツテを得る事だ。

悪名高い連盟の魔術師とのツテは色々な事に使える。

特にアリーヤは貴族の息女である為、他貴族との権力争い、勢力争いも経験することになるだろう。

その際に強力な鉄砲玉を手中に納めておくことは大きなアドバンテージとなる。


その後アリーヤはヨハンの要望をすべて聞き出し、それを一つ一つ記録していく。



アリーヤの話では師匠であるミシルからの言いつかった仕事のために町を離れていたようだ。しかしヨハンはそれ以上は詮索しない。この世界では詮索を宣戦布告と捉える殺伐した気質の者も少なくないのだ。


ヨハンはエル・カーラについてアリーヤから色々と情報を得ていた。訪れるのは初めてではないものの、明確に目的を持って訪れたことは一度もない。ヨハンは世界中を転々と旅している為に、都市を訪れる目的というのは大抵が行きがかりといった偶然によるものだったりする。


アリーヤはヨハンにお勧めの宿泊施設、飲食店、さらには触媒などを販売している魔術店を色々と教えていった。

エル・カーラはレグナム西域帝国の魔術研究分野に置ける重要都市であるため、基本的には治安がよく、ぼったくりといった被害に遭う事は少ない。しかし完全な安全が担保されている都市など、この世界の何処にもないのだ。


そして、次にアリーヤが口にした情報で治安の良さという安心な側面は消え去った。


「これは…エル・カーラの恥部になるのですが、伝えておくべきだと思うので…。昨今、都市内に不審者が出没するのです」


不審者?とヨハンが小首を傾げた。

一般人と魔術師の比率が大きく後者へと偏る様な場所で、都市の治安を乱す様な不審者とは中々どうして肝が据わっているものだ、などと思いつつ話を聞く。


アリーヤの話では、不審者という言葉の響き以上に不穏な連中が跋扈しているとの事だった。エル・カーラ魔導学院の生徒達を狙った人攫いとくれば、これはもうレグナム西域帝国に対しての挑戦状と捉えられてもおかしくない。


(そういえば、帝国式と呼ばれる新体系の魔術を開発中だったか。その不審者たちの目的がどうであれ、随分とまあ命知らずな事だ…しかし、となると目的はなにがしかの儀式だろう)


さらには魔導学院の生徒の中には帝国貴族の子弟も少なくない。

血統的に恵まれており、魔術の才にも優れたるとあればこれはもう良い"触媒"となる。


「なるほど、不審者の素性はどうもその辺のチンピラなどではなさそうだが…。穏やかならざる儀式の触媒として人体を使うとしても、ここまでのリスクを冒すというのはどうにもな。余程忌まわしいものでないかぎり、大抵は時間と手間さえかければ触媒を手に入れる事は出来ると思うのだが。確かに悪魔召喚なり、自身を不死者として再構築したりといった魔術にはそういった触媒は必要だろうが、そんな真似を出来る術者ならば人体調達などもっとうまくやれそうにも思える」


ヨハンの言葉にアリーヤは頷く。


「仰る通りですわね。都市側でも帝国と連携をとって事態を調査してはいるのですが…っと、こんな暗い話ばかりではせっかくの大口のお客様を逃がしてしまいますわね。では別の都市へ行こうなどと言われてはわたくしが師に叱られてしまいますわ。ともかく、ご安心くださいませ…とは中々言いづらいですが、かの連盟の魔術師に手を出すほど彼等も愚かではないでしょう」


来るなら来るで構わないが、とヨハンは思うが口には出さない。


「まあ、仮に巻き込まれる事があれば協力しよう。術師アリーヤが連盟の魔術師である俺になにがしかのツテを作りたがっているように、俺も高名な魔導技師の弟子である君にツテを作るなり、もしくは帝国に対して恩を売るなりするというのは明確な利益となる。帝国宰相ゲルラッハは連盟をそこまで敵対視していないが、かつては連盟を潰そうと帝国が盛んに追手を差し向けたりしていた時代もあったらしいからな。現に、そう遠くない過去には元連盟術師ラカニシュが旧オルド王国で暴れたという事もあった事だし…」


あぁとアリーヤは苦笑し、そこで一旦は不穏な会話はお開きとなった。


そして他愛ない話をしているうちに、馬車はエル・カーラに到着する。



「さあ、都市に到着したのは良いですが、術師ヨハンも準備があるでしょう。…あれが見えますか?大魔針というのですが。あの長い針が右回りに三回進む頃にこの広場に来てくださる?この都市では大きな鐘を鳴らすことはありませんの。研究者が多いので、その辺は配慮されているのですわ」


アリーヤが指差した方向を見ると、似たような建築物が街のあちこちに建てられていた。


そして、改めて宿とギルドの場所をアリーナに確認した後二人は一度別れる事になる。


ヨハンは奇を衒う事なくアリーヤが勧めた宿へ泊る事にした。


"銀の月"という小綺麗な宿だ。

街の中心部にあり、各所へのアクセスも良い。

宿泊費はやや高めだが、今のヨハンの懐具合ならば何の問題もない。


そして荷物を置き、ギルドへと向かい手続きも済ませた。

ヨハンはギルドが定める等級制度によるところの銀等級冒険者であるため、可能な限りはその足取りをギルドへ申告しておくことが推奨されている。

別に申告しなくても罰則などはないのだが、申告しておくことでギルドから些細だが様々なサポートを受けられるのだ。例えば手続きなしで資料室を利用できたり、あるいは死んだ時に関係者へ訃報を伝えてもらったりといったサポートを。


それからしばらくヨハンはギルドの資料室で読み物をしていた。

地味だが大切な作業である。

特に魔術師にとっては知を積み上げる事は魔術の階梯を昇る事に等しい。


──生活を充実させるには金を、恋を充実させるには時間を、魔術を充実させるには知を積みなさい。ただし、暴力は全てを解決します


ヨハンの師、ルイズ・シャルトル・フル・エボンの言葉だ。

最後の言葉で台無しだが、真理の一端をついているとヨハンは思う。

金は暴力で奪えばいいし、思い人も暴力で従わせればよい。魔術は脅威だがこれも暴力の一種なので、より大きい暴力でねじ伏せるべしというのは酷くシンプルで合理的で、ヨハン好みの思想であった。



やがてアリーヤとの約束の時間が近づいてきた。外は夜に近づいているが、この都市には街灯がある。


アリーヤが言っていたように、この街灯のおかげで広場は夜間でも人が多い。

1つ1つの声は小さくても、集まればそれなりになる。

面した場所にある宿などでは、神経が繊細なものは明かりと人の気配で落ち着かないだろうなとヨハンは思った。その点、"銀の月"ならば路地裏にあるため静かで、明かりにも人の囁き声にも悩まされる事はない。

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