第9話 大根は逃走してしまった。

 このチャンスを逃してしまうと、俺はいつ調理されるかわからない。

 幸い、おばさんたちの話し声は大きく、俺が物音を立ててしまっても話し声にかき消されそうだ。

 俺は寝かされていたダイニングテーブルから起き上がり、念のため音が鳴らないようにして歩こうとする。が、抜き足差し足の仕草をしていても、どうしても鈍い音を発してしまう。

 おばさんが話しをしていなければ、俺の足音を何連続も聞いて違和感を覚え、気づかれていたと思う。その可能性があったと考えると、肝が冷えた。

 俺は、ダイニングテーブルから背が少し離れた椅子に着地して、椅子の足元にあったお菓子が大量に入った段ボールの中へとダイブした。

 最近のスナック菓子は中身よりも空気の方が多いからか、ちゃんと俺を受け止めてくれた。

 人間時代、中身が段々と減っていく空気ばかりのスナック菓子に文句を言っていたが、初めてそれに感謝をし、おばさんがこちらを向いていないのを確認すると、俺は急いで段ボールから飛び出し、台所の引き戸から、廊下の様子を伺う。

 右を見ると、台所の隣に一部屋あるようだ。そして廊下は、すぐに行き止まりとなっている。

 左を見ると、ずっと廊下が続いていて、突き当たりには玄関が見える。

 迷路屋敷みたいな家だったらどうしようと思っていたが、どうやらシンプルな造りみたいだ。

 反対に、逃げ場がなく見つかりやすいとも言えるが……。

 そんなことを思いながらも、進む道は決まったので、俺は再び抜き足差し足の仕草をし、玄関のある方向へと歩き出す。

 今にも走り出したいのだが、走ってしまえば俺の体は大きく鈍い音を発するだろう。できるだけ、慎重に進みたい。

 歩いていると、右側に階段が見えた。俺はずっとマンション住まいだったため、家の中に階段があると「いいなぁ」と羨ましく思う。

 上ってみたい気持ちを抑えつつ、玄関の方向へ向かって歩いていると、左側からガラガラッという、引き戸を開けた音がした。

 俺は心臓が飛び出しそうになるほどびっくりして、多分数センチは体が床から浮いたと思う。


「ふぅ〜。さっぱりした〜」


 俺を驚かせた音がしたところと同じ場所から、ギャルの声が聞こえてきた。


 そういえば、ギャルはおばさんに促されて、シャワーを浴びていたんだったな……。


 どうやら俺の左側には、風呂場と脱衣所があるみたいだ。

 どうしようと思っていたが、まだ玄関へ行くには部屋一つ分くらいの距離がある。

 脱衣所の引き戸だろうと思う場所の隣の部屋の扉が少し開いていて、その正面の部屋の引き戸も開いているのが見える。

 ひとまず、そのどちらかの部屋へと逃げるしかない。

 俺は、右の部屋と左の部屋、どちらかの部屋へと逃げることを決めた。

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