第8話 大根は決意してしまった。
怖い思いをして、安らいでいたはずだったのに。またこんな思いをしなければならないのか。死んで、大根に転生しちまって、それでまた死ぬかもしれない? 俺が何をしたっていうんだ。
いや、違う。何もしてこなかったからだ。今まで人に流されて、流されるままに生きてきて。水流に抗うこともせず、ここまできてしまった。
人に食べられていいのか? それが俺の人生……大根生なのか?
嫌だ。抗いたい。もう流されるままでは居たくない。せっかく、生まれ変わったんだ。
───俺は、この家から脱出することを決意した。
おばさんがずっと料理をしていて俺はまだ身動きがとれない。とりあえず、今いる場所からわかることは……。
おばさんが料理をしているキッチンは綺麗で新しそうだが、家は昔ながらの雰囲気を漂わせている。推測するに、新しいものを取り入れてはいるが、家を建て替えてはいないのだろう。
システムキッチンの置いてある壁に沿って目を移動させると、システムキッチンのすぐ左側に勝手口があるのが見える。そこの床にある数足の内の、リボンがトレードマークなネコの某キャラクターサンダルは、ギャルのものだろう。SNSで見たことはあったが、実在していたんだな。ギャルはかつての俺よりも2、3歳くらい下だろうに……。
いかん。そんなことをしている場合では、ギャルへの知見を広めている場合ではなかった。
家のことを少しでも把握するために、俺はまた、辺りを見回す。
おばさんのいるところから、俺が寝かされているダイニングテーブルを挟んで反対側に目をやると、引き戸が全開になっており、そのすぐ側には左右に伸びる廊下が。そして、その廊下の向こう側(台所の正面)には、居間らしき部屋が見えた。
居間の入り口も引き戸になっている。居間の中は一部しか見えないが、誰もいないみたいだ。だが、テレビの音が聞こえてくる。よく耳をすませてみると、「大根の美味しい食べ方」という恐ろしい言葉が聞こえてきた。おばさんが聞こえていないことを祈っていたところ、勝手口の方からコンコンと、ドアを叩く音が聞こえてきた。
おばさんは「はいはいー」と言いながら、システムキッチンの流しの蛇口を上にあげて手をささっと水に潜らせ、身につけているエプロンの前ポケットから少しはみ出したタオルで手を拭き、勝手口のドアを開けた。おばさんは、ドアを開くなり「あら、どうされたんですか」と言った。俺の位置からは見えなかったのだが、おばさんとの会話を聞く限り、相手は女性らしい。どうやら、家で採れたものをお裾分けしにきたみたいだ。「いつもすみませんね」とお裾分けの品が入った箱をおばさんが受け取り、勝手口近くの床に箱を置いた。それで用事は済んだはずだが、また会話が始まり出した。
もしかしてこれは、チャンスなのでは? 逃げるなら、今だ。
俺は知っている。井戸端会議は長いのが相場だってことをな!
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