6.凛津の初恋①

私の名前は美鈴凛津みすずりつ


これから私の事を少し話したいと思う。


突然だが、私にはずっと……好きな人がいる。


その人と出会ったのは今からおおよそ7年前、私がまだ小学2年生の頃だった。


あの日、私は有里ゆりねぇと月島のおばあちゃんの家で一緒にゲームをしていて……



「もうっ! 有里ねぇヘタクソ!」


「しっ、仕方ないじゃんっ! わたしほとんどやったことないんだもん!」


有里ねぇが、今日で20回目となる言い訳を口にした。


「とか言って……さっきの、今日で20回目の勝負だよ?  もうほとんどやったことないとかは通じないから!」


「そっ、それじゃあ……まだ私の本調子じゃないんだよ!!」


有里ねぇは、うんうんと頷きながら今度はそんな事を言い始めた。


「有里ねぇ……。みぐるしい」


「はっ! 凛津、そんな言葉どこで覚えてきたのさ!?」


そう言いながら、ワーワー隣で吠えている女の子は椿有里香つばきゆりか


私は親しみを込めて有里ねぇと呼んでいる。


有里ねぇはどんな女の子か?と聞かれれば、うーん?

一言で言うと「へっぽこ」って言葉が1番しっくりくると思う。


見た目は、ドラマとかに出てくるような綺麗な女優さんみたいな華やかさがある。


だからか、初めて会う人はみんな口を揃えて「しっかりしてそう」だとか「きっと育ちがいいのね」なんて言う。


けど、全然そんなことはない。


……少なくとも私の知る限りでは。


とまぁ……有里ねぇの説明はここら辺にしといて、


「もう一回!! もう一回!!」


有里ねぇが懲りずにもう一度勝負を挑んできたので、私は少々うんざりしながらも、もう一度ゲームをしようとしてリモコンを掴んだその直後


ガチャ


という音と共に、リビングの扉が開いた。


普段、月島のおばあちゃんなら、裏口から入ってくるはずなのでそれ以外の誰かだろう。


人見知りだった私は咄嗟に有里ねぇの背中の後ろに隠れた。


そして、有里ねぇの背中に隠れながらチラッと扉の方を見ると、


「はっ!」 


目が合った……。


私は咄嗟に、また有里ねぇの背中に隠れる。


どうやら入ってきたのは私と同じくらいの男の子だった。


第一印象は…………暗い。


ただ、そう思った。


「……」


「……」


少しの沈黙が続いた後、突然有里ねぇが何か思い出したかのように


「あっ! もしかして……おばあちゃんが今日来るって言ってた優太君?」


とその男の子に話しかけ始めた。


その男の子は、少し経ってから


「……はい」


と口にした。


きっと、私たちがその男の子の事を知らなかったように、その男の子も私達が誰なのか分からなくて困惑していたんだろうと思う。


すると、有里ねぇは何を思ったのか、さっき会ったばかりのその男の子に向かって話しかけ始めた。


「やっぱりそうか〜! それじゃあ、こっちに来て一緒にゲームしようよ〜!」


「あの……」


「さっきから凛津がね、私とゲームしても弱いから面白くない! って言うの! だからさ……」


「いや、あの……」


「うん? どしたの?」


有里ねぇはそう言いながら、キョトンと首を傾げた。


すると、その男の子は


「えっと、凛津って?」


有里ねぇにそう聞いた。


「そういや、まだ自己紹介してなかったね!」


それから、有里ねぇは、あちゃ〜! という感じでわざとらしく舌をぺろっと出してから


「じゃあ、改めて自己紹介っ! 私の名前は椿有里香! で、この子は……」


「自分で言う!」


私は、そう言いながら有里ねぇの服の袖をクイクイと引っ張った。


その時、なんでそんな事を咄嗟にしたのか……。


自分でもよくわからなかった。


けれど、今思えば有里ねぇへの憧れ……だったのかもしれない。


さっきはポンコツなどと言ったけれどそんな有里ねぇにも尊敬できる所はある。


それは、素直に感情を表に出すことが出来るという事だった。


対照的に、私は自分の気持ちを表に出すのが苦手だったので有里ねぇのそんな所に憧れていた。


「了解! じゃあ名前からお願いします!」


有里ねぇは手慣れたMCのように、私の方に手をマイクのようにして差し出した。


「えっと、わたしの名前は凛津です! 今は……しょうがく2ねんせいです!」


私は精一杯の勇気を振り絞って自己紹介をした。


「うん。よろしく! 凛津ちゃん……と有里香さん」


それが私、美鈴凛津と彼、月島優太との出会いだった。


それからは、有里ねぇがいきなり優太に、『有里ねぇ』と呼ばせたり、一緒にゲームをしたり(結局私が1番強かったけれど)、外で遊んだり……。


優太と私たちが仲良くなるまで、あまり時間は掛からなかった。



そしてあっという間に、それから一年が経ち……


「おーいっ! 優兄ちゃん!!」


私は彼がいるであろう部屋の窓に向かっていつものように大声で呼びかけた。


彼を遊びに誘う時に、窓のほうへと大声で呼びかけるのは毎日の習慣みたいになっていた。


すると……数秒してから窓が開き、優兄ちゃんが顔を覗かせる。


「ん? なんだ凛津?」


「一緒にあそぼーっ!!」


「あぁ……すまない。今日は……」


なんだろう? 


いつもの優兄ちゃんなら


「あぁ。いいぞ!」


って言ってすぐに来てくれるのに……。


もしかして……私、優兄ちゃんに嫌われるような事したのかな?


「ごめんね……優兄ちゃん。私、何か、優兄ちゃんの嫌がる事したんだったら謝る」


その時の私は、理由も分からずに優兄ちゃんに向かって謝った。


すると、優兄ちゃんは首を傾げてから何か思い当たったように


「……あぁ。俺は別に凛津が嫌いになったから誘いを断ったわけじゃないぞ?」


と口にした。


「じゃあなんで?」


と私が口にしようとしたタイミングで、彼は静かに言った。


「……実は、今日は母さんが亡くなった日なんだ……」


「……」


言葉が出なかった。


それを口にした時の彼の顔が……あまりにも苦しそうで……。


「……ごめんね。私……知らなかった。優兄ちゃんのお母さんのこと……」


今日が亡くなった日だとすると、私達が出会った一年前。


ちょうどあの時に優兄ちゃんのお母さんは亡くなっていた事になる。


初めて出会ったとき、暗い顔をしていたのは……そういうこと……だったのだろう。


「あぁ。 気にするな! 俺はもう平気だから!」


彼はそんな事を聞いた私に、嫌な思いをさせたくなかったのだろう。


なるべく努めて明るく私にそう言った。


しかし、私はあろう事かその場で泣いてしまった。


「……ぅっ、ぅっ」


もし……自分が優兄ちゃんと同じ立場だったら、あんなにも強くいられるだろうか……もし、自分のお母さんがあんなにも早く亡くなっていたら、私は……。


そう考えると涙が止まらなかった……。


すると……私の頭を、突然誰かの手が優しく撫でた。


見上げると……優兄ちゃんだった。


息切れしているし、泣いている私見て、部屋から飛んできたのだろう。


「そんなに泣くな! 俺が有里香のこと嫌いなはずないだろ?」


「ちっ、ちがう……そっ、そうじゃなくてっ……」


私はそう言おうとするけれど、嗚咽でうまく言葉にならない。


優兄ちゃんは私が落ち着くまでの間、しばらく私の頭を撫でてくれた。


「落ち着いたか?」


「うん。ごめんね優兄ちゃん。突然困らせて……」


「良いんだよ……。凛津は……俺の妹みたいなもんなんだから……」


彼は私の目尻に溜まっていた涙を拭き取りながらそう言った。


「…………」


私はそう言った彼の横顔をじっと見つめた。


彼は、私と一つしか年齢が変わらないのにどうしてこんなにもしっかりしているんだろう……。


どうしてこんなに、頼りになって……


それでいて、かっこよくて……。


そう思いながら、私が彼の横顔をじっと見ていると


「ん? どうした凛津? 俺の顔になんかついてるか?」


突然彼が私の方を見て、その瞳がこちらに向けられると


「っ!? え、えっ!? いっ、いやっ!! その……なんでも……ない」


なぜか、突然今まで味わったことのない感覚を覚えた。


さっきまで普通に話せていたのに、突然胸がドキドキして、彼の顔をまともに直視できない。


ドクンドクンと心臓の鼓動の音がどんどん大きくなっていくのが分かる。


優兄ちゃんの声を聞くだけで、なぜかとても幸せな気持ちになる。


「それじゃあ、俺は今から俺は墓参りに行ってくるから……気を付けて帰るんだぞ?」


「うっ、うん! 気をつけて……帰る」


私が咄嗟に返事をすると、優兄ちゃんはそのまま、お墓のある方へと歩いていった。


そして、段々と遠ざかっていく彼の背中を見ながら、私は、ほぼ無意識に叫んでいた。


「あっ、あのっ! 優兄ちゃん!」


「ん? まだ何かあるのか?」


そう言いながら優兄ちゃんが遠くで振り返ったのが見えた。


「……あの、あのねっ!」


私はスゥーっと息を吸い込み、優兄ちゃんに聞こえるように大きな声で


「わたし、わたしねっ! 大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!!」


そう口にした。


私の告白を聞いた優兄ちゃんは、驚いたのか一瞬目を大きくしてから


しばらくして


「あぁ! その時になって、お前がまだ俺のこと好きなんだったらな〜!」


これから何度も聞くことになるであろう、そのセリフを口にした。


そう、これは私の初恋の話。


初恋の相手の名前は……月島優太つきしまゆうた


世界で一番かっこいい私のお兄ちゃんだ。


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