5.昔の話

少し昔の話をしよう。


凛津や有里ねぇと初めて出会ったあの頃の……


「優太、もうすぐ着くぞ?」


「……うん」


澄み切った色の海の上に、その島はポツンとあった。


「すごい」


子供ながら、初めて島に来たという事もあり素直にそう思った。


俺がここに来た理由は、母さんが亡くなり、父親も転勤でどこか遠くへ行かなければならなくなったからだ。


俺は母さんが大好きだった……


「また100点!?優太すごい!」


「優太ごめんね……」


「優太!!頑張れ〜〜!!」


「じゃじゃ〜〜ん!!今日は優太の好きな唐揚げですっ!!」


ぼんやりとしていると、今までの母さんとの思い出がたまにこうして溢れ出しそうになる。


「っ!」


泣かない……。


俺はもう泣かないって決めたんだ。


溢れ出そうな涙を俺は、無理やり引っ込める。


父はそんな俺を見て、頭を優しく撫でた。


船から降りてから、少し歩く。


田んぼ、畑、田んぼ、畑……。


そんな景色をぼんやりと見ながら進んでいく。


「着いたぞ」


「うん」


顔を上げると、そこには古い木造建築の一軒家があった。


表札には「月島」とある。


どうやらここがおばあちゃんの家らしかった。


ピンポーン


父がインターホンを鳴らしてから少しして


ガラララっ


という音と共に扉が開いた。


すると、中から70代くらいのおばあちゃんが顔をひょっこりと出してから


「さぁ、上がって上がって!! 優太、大きくなったね〜!」


そう言いながら、おばあちゃんが顔を出して俺を手招いた。


ここには俺が赤ん坊の頃何度か来たことがあるらしいが、俺からすれば初めて来たに等しい。


「おっ、お邪魔します」


少し緊張しながらも、その家に足を踏み入れた。



「もうっ! 有里ねぇヘタクソ!」


「しっ、仕方ないじゃんっ! わたしほとんどやったことないんだもん!!」


リビングの前までやってくると、中から誰かの声が中から聞こえた。


俺以外にも誰か来ているのだろうか?


そんな事を考えながら俺が扉を開けると……


知らない女の子が2人、椅子に座ってゲームをしていた。


1人は真っ白なワンピースを着ており、俺より少し年上くらいだろうか?


とても快活そうな女の子だ。 


そしてもう1人は、


「はっ!」


恥ずかしがり屋なのか、1人目の女の子の後ろに隠れてチラチラとコチラを見ていた。


「……えっと」


俺が何か言わなければと口を動かそうとした所で


「あっ! もしかして……おばあちゃんが今日来るって言ってた優太君?」


俺より少し年上位の女の子がそう話しかけてきた。


「……はい」


「やっぱりそうか〜! それじゃあ、こっちに来て一緒にゲームしようよ〜!」


「あの……」


「さっきから凛津がね、私とゲームしても弱いから面白くない! って言うの! だからさ……」


「いや、あの……」


「うん? どしたの?」


その女の子はキョトンと首を傾げた。


何となく分かってはいたが、どうやら見た目通りかなり元気な女の子らしい。


なんでここにいるのか、なぜ突然一緒にゲームをする話になっているのか、聞きたいことは山ほどあったけれど


「えっと、凛津って?」


なぜか俺は初めにそう聞いた。


「そういや、まだ自己紹介してなかったね!」


あちゃ〜! という感じでその女の子は可愛く舌を出してから


「じゃあ、改めて自己紹介っ! 私の名前は椿有里香! で、この子は……」


「自分で言う!」


さっきからずっと後ろに隠れていた女の子は、有里香さんの服の袖をクイクイと引っ張りながらそう言った。


「了解! じゃあ名前からお願いします!」


有里香さんは手慣れたMCのようにその女の子の方に手をマイクのようにして差し出した。


「えっと、わたしの名前は凛津です! 今は……しょうがく2ねんせいです!」


「凛津ちゃん……と有里香さん」


俺が確認するように2人の名前をもう一度口に出すと


「さん付けとか堅苦しくなくていーよ! 私は小4なんだけど……君は?」


有里香さんがそう言った。


「えっと、小3です」 


「一個年下か……じゃあ凛津と同じ呼び方で呼んでよ!」


「えっ? なんて呼べばいいんですか?」


「有里ねぇ? かな」


「……」


「早くっ!」


「ゆ、有里ねぇ……」


俺がそう言うと、有里ねぇは


「よく出来ました!!」


そう言いながら俺にニコッと笑いかけた。


俺が有里ねぇや凛津ちゃんとそんなやりとりをしていると


ガチャ


という音とともに、リビングの扉が開いた。


「あらあら。もう仲良くなったの?」


「まだ、さっき自己紹介したばっかで……」


「うん! さぁ、早く遊ぼ!!」


どうやらこの人(有里ねぇ)は俺が想像していた以上に元気が有り余っているようだった。


結局そのまま有里ねぇのペースに乗せられ、俺は何故か出会ったばかりの女の子2人とゲームすることになった。


「これどうやってやるの?」


俺がそう聞くと、さっきから静かに座っていた凛津ちゃんが俺の座っている椅子の横に来て


「……でこれはね、……ていう操作で……」


などと、丁寧に説明してくれる。


ちなむに、今やろうとしているのはテレビ用の格闘ゲームなのだが、どうやら俺が想像していたよりも操作が複雑そうだ。


「……てこと! わかった?」


「まっ、まぁ……なんとなく」


俺はそう答えたけれど正直、こんなに複雑な操作出来るはずがない。


「やっぱり辞め……」


「よしっ! じゃあまずはお姉さんとやろうか!!」


有里ねぇは俺の言葉を遮るようにして、首をコキコキまわしながら言った。


「はぁ……じゃあ、一回だけなら。お手柔らかにお願いします。俺初心者なんで……」


俺がそう言うと


「分かってるよ〜! さぁ、いっちょやってやりますか!」


そう言いながらニヤニヤと笑っていた。


この有里ねぇって人、だいぶ心が汚れてるな……。


子供ながらそんな事を思った。



……数分後


そこにはテレビの前で崩れ落ちる有里ねぇの姿があった。


「くっ、初心者とか! そんな事言って! めちゃくちゃ上手いじゃん!!」


「いや、俺はただ教えられた通りに操作しただけで……」


「うっ……優太まで……」


そう言いながら有里ねぇはガクッと肩を落とす。


そんな有里ねぇを見ていて、俺としては少し心苦しいが、ここは正直に言おう。


凛津ねぇは絶望的にゲームが下手くそだった。


何というか……レベル1のcpuを相手にしているような感じだった。


格闘ゲームなのに移動とジャンプしかしてこないなんて……マ◯オと勘違いしているんじゃないだろうか。


「つぎはわたしのばんっ! ぜったいかつっ! それで有里ねぇの仇をとるっ!」


俺がそんな事を考えていると、凛津ちゃんは倒れ込んだ有里ねぇの上にちょこんと座りながら、俺を指差して宣言した。


「じゃあ、やろうか」


下敷きにされている有里ねぇは魂が抜けたようになっているけれど……大丈夫だろうか。


そんな事を俺が考えているうちに、ゲームの開始を知らせるゴングが鳴った。



それから数分後……



「強っ!」


俺は床にゴロリと倒れ込みながらそう言った。


「うーん。まぁまぁかな〜? 有里ねぇ〜仇取ったよ!」


「ウゥゥっ」


凛津ちゃんはそう言いながら、今度は有里姉ちゃんの背中の上でガッツポーズをしていた。


「ウゥゥっ」


さっきから下にいる有里姉ちゃんから変な声が出てるけど、大丈夫だろうか?


「ウゥゥっヌッ!」


ペタンっ


俺がそう思っていると、凛津ちゃんの下敷きになっていた有里ねぇが、どさっとへたり込んだ。


それから


「くそーっ、年下にっ! しかも新入りにまで負けるなんて」


なにかブツブツ言っていたようだったが俺には聞こえなかった。


そんな有里ねぇを見かねてか


「もうゲームも飽きたし、そろそろ外行って遊ぼう!」


凛津ちゃんがそう言った。


すると、さっきまでヘタリこんでいた有里姉ちゃんはすぐさますくっと起き上がり


「さぁ〜! 早く行こうっ! ここで挽回してなんとか年上の尊厳を保たねば!」


最後の方はゴニョゴニョ言っていたので俺は何を言っているのか、あまりわからなかったがどうやら乗り気のようだった。


これじゃあどっちがお姉さんか分からないな……。


「早く行こうよっ! 優太!」


「えっ? 俺も?」


「当たり前じゃん! 早く!」


結局、俺は有里姉ちゃんと凛津ちゃんに連れられて一緒に外へ遊びに行くことになった。


これが俺と凛津、有里ねぇとの最初の出会いだった。

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