7.凛津の初恋②

えっと……私の名前は美鈴凛津という。


前回に引き続き、もうちょっとだけわたしの話を聞いてほしいと思う。


前回は……そう、私が優兄ちゃんのことを……好きになった所で終わったと思う。



そして今から話すのは、それから8年後の話、つまり今の事だ。


「おばあちゃ〜ん、昼ごはんまだ〜?」


私はリビングで1人、テレビを見ながらそう言った。


あの初恋から8年が経ち、私、美鈴凛津は中学三年生になっていた。


この島にいるのは、私の通う中学がこの島にある……という訳ではなく、優兄ちゃんがこの島に久しぶりに帰ってくるという話を聞きつけてやってきたからだ。


久しぶりに優兄ちゃんに会えると思うと……うぅ〜〜!


私の顔は今真っ赤になって蕩けているに違いない。


こんな顔、誰にも見せられない!


「ふぅーふぅー。落ち着け! 私!」


私は緩み切った頬を両手でペチンと叩いて気合いを入れる。


「平常心! 平常心!」


私は自分に言い聞かせるように何度も言う。


すると段々と気持ちが落ちついてきた。


「ふぅーっ。ふぅーっ」


よし、これでいつ優兄ちゃんが来ても大丈夫!


そう思いながら私がガッツポーズを決めた時、


「お邪魔してます」という声とともに、


リビングのドアノブが


ガチャ


という音を立てた。


えっ!?優兄ちゃんきたの!? もっ、もう? いつ来ても大丈夫とか言ってたけど……やっぱまだ無理!!


気づくと、私は反射的ににドアノブを必死で抑えていた。


ガチャ


「ふっ!」


私はギュッとドアノブに力を込める。


「んっ? 開かねぇ」


ドアの向こうでそんな声が聞こえる。


ガチャ、ガチャ、ガチャ


そして何度かノブを回してから再び


「うん? おーい! 誰かいるんですか?」


という声がした。


ガチャ、ガチャ


「おーい! 大丈夫ですかー?」


ガチャ、ガチャ


「ん〜、おかしいな? さっき声が聞こえたはずなんだけど」


そんな声がしてから、向こうのドアノブを引っ張る力が強まった。


「うっ!ウゥ〜ッ!」


私は何とかドアを開かせまいと必死でドアノブに力を込める。


「やっぱり誰かいるんですね? 開けてくださいよ!」


向こうからまた何か声が聞こえるが、必死にドアノブを押さえている私はそれを聞いているヒマなどなかった。


「こうなったら!」


また向こうから何か声がして……さらにドアノブを引っ張る力が強まった。


その時だった。ずっと握っていた私のドアノブへの力が弱まって……



ガタンっ


「ウッ」


私が引っ張られた方へと倒れた時、下からそんなうめき声が聞こえた。


そして……私の下敷きになっている人の方を見ると……


ゆっ、優兄ちゃん!?


私は、優兄ちゃんに久しぶりに会えた嬉しさと優兄ちゃんに怪我をさせてしまったという申し訳なさで頭の中がパニックになっていた。


「いたたたっ。ん? なんで何も見えないんだ?」


すると、私の下敷きになっていた優兄ちゃんが何か言ってから……周りを手探りに触り始めた。


そして…………


えっ? 


私の胸に優兄ちゃんの手が触れた。


「なんだこれ?」


そう言って、優兄ちゃんは、もう一度私の胸に触れてから……


「えっと、これもしかして、おっ……」


私は優兄ちゃんが何か言い終わる前に、みぞおちに膝打ちをしていた。


言い訳じゃ無いけれど……決して怒っていたわけじゃ無いのだ。


ただ……突然、まだ誰にも触られたことが無いところを触られたから……。


「うぅぅっ」


優兄ちゃんは、私の膝打ちで疼くまっていた。


「ごっ、ごめんなさい!!優兄ちゃん!!」


私は咄嗟に謝った……訳ではなかった。


私の意志とは無関係にそのまま、優兄ちゃんの頬をペチンと叩いて……。


もう……最悪だ。私…………。


私はそのまま倒れている優兄ちゃんを置いて自分の部屋に戻っていってしまったのだ。


我ながら……最悪だと思う。


なんで……?


私は優兄ちゃんと昔みたいに仲良くしたかったのに……。


自分が思っている事とは逆の事をしてしまって結果的に優兄ちゃんに嫌な思いをさせてしまった。


私は部屋の中でさっきの出来事を何度も思い返しながら反省する。


優兄ちゃんは私と仲良くしたいはず……なのに。


何で私は……っ。


情けない気持ちと悲しい気持ちで胸が一杯になる。


そもそも私がこの家に泊まっているのは、月島のおばあちゃん曰く


「優太が一緒に暮らしたいって言ってたわよ」


との事だった。


私がそれを聞いた時……どれだけ嬉しかったか……。


初恋の相手……いや、私が初恋から8年間ずっと好きな相手からそんな事を言われたのだ。


嬉しく無いわけがない……。


私は色々考えた後、優兄ちゃんに謝ろうと再びリビングの方へと向かった。


ガチャ


扉を開くと……優兄ちゃんがこちらをチラッと見てから


「あっ、もしかしてさっきの……」


「うん、凛津……だよ。覚えてるかな? その……さっきは……ごめんね」


という、私の言いたい事とは裏腹に、


「変態」


私はまた冷たい言葉をかけてしまった。


あれは私が全部悪いのに……。


……どうして?


昔はこんな事なかったのに……。


私が喋ったらまた優兄ちゃんを傷つけてしまうかもしれない……。


本当は……沢山いろんな話をしたり……遊んだり……そして出来るならもう一度私の気持ちを伝えたい……。


でも……これ以上優兄ちゃんを傷つけるわけにはいかない。


……もし。私が有里ねぇみたいだったら……。


そんな事を思いながら、私はさっき優兄ちゃんにビンタした頬をちらっと見て、傷になっていないかだけを確かめて食事を始めた。


「……」


「……」



そんな感じで、黙々と食事を続けていると、


「りっちゃん、お茶とってくれるかい?」 


おばあちゃんが私に向かって言った。


私はおばあちゃんに言われた通り近くにあったペットボトルをおばあちゃんに渡す。


と、その時一瞬、優兄ちゃんがこちらをチラッと見た……気がした。


気のせい……だろう。


「優太はりっちゃんと会うのは久しぶりじゃったよな?」


今度は月島のおじいちゃんが優兄ちゃんに向かってそう言った。


すると、優兄ちゃんは


「えっ? 俺この子と会ったことあるの?」


え……。私……忘れられてたの?

そのままおじいちゃんは続ける。


「何を言っとるんじゃ? 昔はよく一緒に遊んでたじゃないか?」


「え? いやいや、それはあのりっちゃんでしょ?」


「『あの』りっちゃんも何もそこにいるのは昔よく一緒に遊んでたりっちゃんじゃぞ?」


良かった! 忘れられてる訳じゃなかったんだ!


私は内心ほっとする一方で、でも……多分、優兄ちゃんは今の私と昔の私の態度が余りにも違いすぎて分からなかったんだ。


私が素直になれないから……。


また罪悪感で胸が苦しくなる。


すると、優兄ちゃんは勢いよく、私のいる方へと首を傾けた。


なぜかじっと見られている……。


っ! はっ、恥ずかしい!


ドクンドクンと心臓が高鳴る。


自慢ではないけれど、私は人に見られるのは慣れている……方だと思う。


自分ではよく分からないけれど、どうやら私は可愛い……らしい。


中学校に入ると同時に、私は次に優兄ちゃんと会った時に少しでも気を引きたくて美容やファッションなどにも気を使うようになった。


しかし、そのせいで学校の中でも有名人と言われるほどに目立つようになってしまい、街中を歩いていると、アイドルのスカウトなどにも頻繁に声を掛けられるようになってしまった。


正直、私は目立つのは好きじゃないし、アイドルなんかにも興味はない。


私が変わろうと思ったのは、そんな事の為ではなく、他ならぬ優兄ちゃんに振り向いて貰う為なのだから。


それなのに……


「こっち見ないでくれる?」


はぁ……。またやってしまった……。


本当は優兄ちゃんのこと大好きなのに!


今すぐにでも飛びついて好き!って言いたいのに……。


「……」


優兄ちゃんは あぁ、すまん と言いながら、また黙々と食事を続けた。


そして、それから食事を終えて数分後……。


「……」


「……」


私は今、優兄ちゃんと外に出て散歩している。


「……」


「……」


家を出てから15分近く経つのにも関わらず、お互い無言で黙々と歩き続ける。


「あのさ…」


はっ! 優兄ちゃんが話しかけてくれた!


「えっと……なーに?」


そんな感じで喋ったつもりだったのに……


「なに?……」


私の口から出たのは短くて、感じの悪いセリフだった。


ごめんなさい。優兄ちゃん。私本当はそんなつもりじゃないの!!なんて私の心の叫びなど当然伝わるわけもない。


「……」


優兄ちゃんは少し何か考えるようなそぶりを見せてから……急に私に向かって頭を下げて、


「すまなかった。その、お前の胸……急に触って……。マジで俺最低だよな。でもさ、本当にワザとじゃなかったんだ!! 信じてくれ!!」


そんな事を言い始めた。


えっ?えぇ〜〜!! 優兄ちゃんは何にも悪くないのに!むしろ謝るのは私の方なのに!


ここで優兄ちゃんの謝罪を受け入れてしまったら、私は本当にろくでもない人間になってしまう。


そう思った時には、私は手をワナワナさせながら 


「えっ? ちょっと! 頭あげてよ! 私、もうそのこと気にしてないし……それに……」


「それに?」


「別にワザとやったなんて思ってなかったし……。私こそ、急にビンタしたりしてごめん……」


やっ、やっと謝ることができた……。


そう思いながら私は優兄ちゃんと同じように頭を下げる。


「あ、あぁ。俺は大丈夫だ。だから心配するな。ほら凛津も頭あげて」


優兄ちゃんは優しいからそんな事を言ってすぐに許してくれる。本当はもっと怒ってもいいはずなのに……。


「うん……」


私は優兄ちゃんの言われた通りに頭を上げる。


「……」


「……」


それから、また2人の間に沈黙が訪れた。


でも、さっきみたいにピリピリした感じの沈黙じゃなくて少し気恥ずかしいような……そんな感覚だった。  


「さっ、さぁ行くか!!」


「そっ、そうね!」


私はかろうじて返事をしてまた、2人で歩き出そうとしたその時に


「そういや、なんでずっと俺に付いてきてるんだ?」


また、優兄ちゃんが話しかけてきた!!


こっ、答えなくちゃ……あっ、でも優兄ちゃんの側にいたいから!なんて恥ずかしい事言えるはずもないし……。


「私もこっち方面に用事あるの!」 


私は誰が見ても嘘だと分かるような言い訳をした。


実際、私は優兄ちゃんが散歩しに行くと言って外に出ていった時からずっとつけている訳で…………そんなの普通おかしいと誰もが思うはずだ。


それでも、その時の私はとにかく必死だったのだ!


私はそうして、再び優兄ちゃんと歩き出す。


「まぁ、いいや。そういえば凛津はいつからおばあちゃん家にいるんだ?」


「2日前くらいかな」 


「へぇ〜。いつまでいるつもりなんだ?」


「2週間くらいかな」


「じゃあ俺と同じくらいだな」


「そうね」


……さっきよりはマシになったけど、やっぱりうまく話せない……緊張……してるから?


私はもっと色んな話をしたいのに……。


「あのさ、なんか凛津まだ怒ってる?」


「別に怒ってないよ……。久しぶりにあったから……その……」


「大好きな優兄ちゃんの前で緊張してうまく話せないんだよ……」


私はそう言った…………はずだった。


なのに口から出てきたのは……


「別に怒ってないよ……。久しぶりにあったから……その……って! 私に恥ずかしい事言わせないでよっ!」


「えぇっ?!」


はっ!? 私は何を言ってるの!


突然の私の切り返しに優兄ちゃんも驚いている。


ごめんなさい。優兄ちゃん。私は口に出して言えない分、心の中で何度も謝っておく。


それから少しして、もう一度優兄ちゃんが口を開いた。


「それにしても凛津、なんかすごい変わったな。さっき会った時なんて誰なのか分からなかったぞ」


はっ!そっ、それって……もしかして誉めてくれてる?


「べっ、別に。私は変わってないと思うけどあんたはどう変わったと思うの?」


私はドキドキしながらも何とかして聞き返した。


「うーん。元々可愛かったけどさらに可愛くなった」


えっ? えっ、ええっ!?


かっ、可愛い? 優兄ちゃんが私のこと可愛いって!?


これは……夢? 夢なの?


あまりの嬉しさに体がぴくっとしてしまう。


「本当にアイドルかと思うくらい可愛いと思う」


はっ、はぁ〜〜〜。幸せ過ぎて……もう……。


「それになんか胸も……」


すると突然、優兄ちゃんがとんでもない事を言い始めたので、反射的に腕をつねってしまった。


流石にいくら大好きな人でも……それは恥ずかしい。


「……痛っ!」


ごめんなさい!


「そっ、それ以上言ったら殺すから!」 


優兄ちゃんのことは大好きだからいつかその時が来たら……いくらでも……って!私何考えてっ……!


その時の私は真っ赤な顔になっていたと思う。


「わかった!! わかったから! 離してくれ!! 冗談だよ!!」 


はっ! 私、まだ優兄ちゃんの腕つねったままだった!


でっ、でもこんな事何回も言われたら心臓が持たないし!


「ほっ、本当にわかってるんでしょうね?!」


私は確認のためにも優兄ちゃんにそう言った。


「わかった!! もう二度と変なこと言わない!!」


優兄ちゃんは頭を上下にぶんぶんさせながらそう言った。


そこでようやく私は優兄ちゃんの腕から手を離す。


「ふぅー、助かった」


そう言いながら優兄ちゃんは自分の腕をさすっている。


また優兄ちゃんに痛い思いをさせてしまった……。


でっ、でも今回は仕方ないもん!


ゆっ、優兄ちゃんが「胸が」とか言うからっ!


でも、さっき冗談だから!って言ってたけど……どこからどこまでが冗談だったの?


それだけははっきりさせないと……


「……そっ、それで? ……胸がどうとかいうのは冗談として、その……可愛いって。それも冗談だったの?」


私は恥ずかしいけれど優兄ちゃんの目をしっかりと見て問いかけた。


「ん? いや、可愛いのは本当だろ? 周りの人とかにもよく言われるんじゃ無いのか?」


ちっ、ちがう! 私が言いたいのはそうじゃなくてっ!


「……他の人に可愛い……とか、言われるのそんなに気にした事ないし……。それに、今聞いてるのは……優太が……どう思うか……っていうこと……だし」


私は自分の体温が急激に上がっていくのを感じながら上を向いて優兄ちゃんの方を見ながら続けた。


「……そっ、それで……どう……思う?」


私は心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じなが優兄ちゃんに再び問いかける。


「……かっ……かわいい……と思うぞ」


……っ!はっ、はぁ〜〜!……。嬉し過ぎて……。


私は緩み切った顔を何とか隠そうと、一瞬俯いてからもう一度優兄ちゃんに問いかける。


「じゃ、じゃあさっ! もし……私が優太のこと……好き……って言ったら……さ……どうする?」


はっ、恥ずかしい!でっ、でもここは頑張らなきゃ!


私は精一杯の努力で、優兄ちゃんの目をまっすぐと見ながら聞く。


心臓がドクンドクンと高鳴る。 


「……そっ、それは……」


優兄ちゃんがそこまで言いかけると……


「やっ、やっぱり答えなくて良いよ!! 急に変な事言ってごめん」


私は反射的にに優兄ちゃんの言葉を遮っていた。


もし……ここで優兄ちゃんに断られたら……多分、私は……。


私は考えるのをやめて再び歩き始めた。


なぜか優兄ちゃんはそれからしばらくボーっとしたままだった。


もしかして……優兄ちゃんはさっきので、少しでも私の事を意識してくれたんだろうか?いや!!優兄ちゃんはそんな簡単に私の事を意識してはくれないだろう。


なにせ……私はあの人に勝たないといけないのだから……。


私と優兄ちゃんが散歩を終えて再び家に戻っている時、優兄ちゃんが再び口を開いた。


「あのさ……」


「なっ、なにっ?」

 

なっ、なに!?もしかしてさっきの話の続き!?


私と……付き合う……とかそういうこと!?


「有里姉ちゃん一緒じゃないの?」


「……」


「どうした?」


「知らない」


私はまたそっけない態度をとってしまった。


優兄ちゃんはまた困っているようだった。


でも……こればかりは仕方ないのだ。許してほしい。


なにせ……さっき優兄ちゃんが口にした有里姉ちゃんこと椿由里香こそが先程言った、私の勝たなければいけない相手なのだなから……。


やっぱり……私より有里ねぇの方が良いに決まってるよね……。


私は自然と歩くペースが速くなっていく。


「ちょっ、ちょっと! 急にどうしたんだよ?」


急に早く歩き出した私を後ろから優兄ちゃんが何か言いながら追いかけてくるけれど私には聞こえなかった。


「……」


「知らないって有里姉ちゃんだぞ? 仲良かっただろ?」


「……」


優兄ちゃんは何度か私に話しかけていたみたいだったけれど……私はそれどころじゃなくて……。


結局そのまま家まで帰ってきてしまった。


「……。もし……もし、私が……有里ねぇだったら……」


私はベッドに横たわりながら一人で呟いた。


結局、家に帰ってきてから夕飯を食べている間も優兄ちゃんの方を見ることができなかった。


優兄ちゃんはそれから何度か私に話しかけてくれようとしてくれていたけれど……


「俺は……有里ねぇちゃんのことが好きだから。ごめん」


優兄ちゃんの口からそんな言葉が飛び出してくるんじゃないかと思うと、怖くて……結局一言も話せなかった。


私がそろそろ寝ようとした頃、枕の側に置いてあったスマホが突然振動した。


時計を見ると、時刻は0:20 こんな時間に誰だろう?

と思い、スマホの画面を開く。


画面を開くと……


明日って暇? ちょっと大事な話があるから、明日の夕方、5時にいつもの神社まできて!


と書いてある。


そして、送信元には懐かしいあの名前があった。


私にとってののライバルで……そして、私にとってお姉ちゃんのような存在。


「椿由里香」


私はそのメッセージに一言、


わかった


と、だけ打ちそのまま眠りに落ちていった。




















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