第15話「淑女の嗜みってやつ。どう?」
「う、嘘だろ……そんな。大型種だぞ! それも緋石で強化されて、それが、バカな」
スペードエースが青い顔で呟きを漏らす。
その場に居合わせた全員、盗賊の仲間も、手助けに来た警備兵も、そのあまりの光景に言葉を失った。
縦真っ二つになった魔獣の巨体。くすぶる断面。分厚い鉄板のような大剣を軽々と血振りし、肩にかける世紀末のような男。
その背後で突然魔獣が爆発を起こし、炎がアニーを逆光に照らした。
「さてと、次はあんたか」
緋色のオーラを纏ったアニーが振り返る。その覇気にあてられ、スペードエースは完全に腰が引けていた。
(あんな化け物相手にしてられねー。くそ、逃げても追いつかれるぞ)
仲間であるモヒカン頭の盗賊たちは既に戦意を失い、自ら武器を捨てる者もいた。
(あいつらはあてにならねー。どうすれば逃げ切れる?)
目だけで周囲を見渡していると、あることに気づく。
(これしかねー。タイミングは?)
その時、仲間の盗賊の一人が声を上げる。
「降参だ! 武器は捨てたから、命だけは助けてくれ」
「お、俺もだ! 縄をかけるでもなんでも、好きにしてくれ」
皆の意識が一瞬そちらに逸れる。
(いまだ!)
スペードエースが、覚悟を決め駆け出した。
咄嗟のことで、アニー含め誰もが気づくのに遅れる。
(この娘を人質に取ればッ!)
驚いた顔をしているロレッタにスペードエースの腕が伸びる。
簡単なことだ。少女一人を捕まえ、その喉元にナイフを突きつけ、そのまま森に逃げ込む。身なりからして貴族だろう、身代金を要求するでも売り飛ばすでもいい。
僅か笑みを浮かべながら、その手がロレッタに触れるか触れないかのときだ。
まずは顎に衝撃を受け、次に腕を引かれ体が振り回される。
景色が水平から縦に回転し、背中に衝撃を受けたかと思ったら、次の瞬間うつ伏せ状態になっていて腕が空の方向へと捻りあげられていた。
「はっ、え? なにが起きた……おい、どういうことだ。手を放せ……いっ、いだだだだだ!!!! やめろ、お、折れる!!」
「いっそ折っちゃう?」
「いででででっ! やめ、わかった、降参、降参だ!」
苦しそうに叫び声を上げるスペードエース。その背中にはロレッタが乗り体重で押さえつけられつつ、肩、ひじ、手首と絶妙に関節が極められ身動きが取れない。
「ヒュー」と口笛が鳴る。
「嬢ちゃん、見事な投げっぷりだぜ」
「淑女の嗜みってやつ。どう?」
アニーの素直な賞賛に、ロレッタが控えめな胸をドヤっと張った。
「いいから、腕放してくれねーか?」
◇ ◇ ◇
「おお、帰ってきたか! みな大丈夫か?」
町長ルイーバの出迎えに、アニーとオットーが手を上げて応える。
「特に怪我はしてねー。みんな無事だ。それとこいつらな」
アニーが指をさした先、ボロボロの馬車に引かれていたのは、縄をかけられたモヒカン頭の盗賊ども。
縛られひと繋ぎにされ、ここまで歩かされたのだ。
「驚いた。全員捕縛したのか?」
「数人逃げたみてーだが、頭は捕まえてるぜ」
指さされたのは、金髪を総立ちにした精悍な顔立ちの男。
「さすがだ。オットーが走りこんで来た時は、何事かと思ったが」
アニーとオットーが町の周囲を見回っていたところで、騒がしい気配がしたかと思い確認すれば、ちょうど馬車が盗賊に襲われていたところ。
そこでアニーは馬車に向かい大立ち回りを演じ、オットーは町へと向かいルイーバ町長に報告。警備隊のメンバーを連れ救援に向かったのだった。
「私と部下が背後から攻撃を仕掛けたことで盗賊どもも混乱し、救助対象も無傷で済みました」
「「「…………」」」
「なんだお前ら、その目は」
その様子に、普段のカデン兵長を知る町長もいろいろと感じ取り、皆にわかっていると視線を向けた。
「とりあえずカデン兵長、デシン、レジン、レイカもご苦労だった。すまんがこ奴らを牢に入れるまで手伝ってくれ」
「はっ! いくぞ盗賊ども。牢は狭いから覚悟しておけよ」
御者に指示を入れ、町の中心へと向かうカデン。
町長とアニー、オットーはそれを見送る。
「アニー、オットー、今回は本当に助かった。あの人数の盗賊、町の警備隊ではどうにもならなかっただろう」
「大したことじゃねーよ。ただ、話しておきたいことがある」
「うむ、役場へ行くか」
「おうよ」
言いつつ顎をかくアニー。何か引っかかっている様子だ。
「どうしたアニー、何かあるのか。カデン兵長のことだろう、遠慮せずに言え」
「いや、何か忘れているような気がしてな……」
「兄貴、もしかして嬢ちゃんのことか」
「あ! それだ! おいオットー、あいつどうした?」
「馬車に乗ってたはずだが……おい、馬車待ってくれ!」
役場へ向け先を行く馬車へと声をかけるが、気づかないようで止まらない。
「オットー、行く先はいっしょだ。どうせ寝てんだろ。のんびり行こうぜ」
アニーの言う通りロレッタは馬車の中、傾いた長椅子に寝っ転がり、涎をたらし熟睡していた。
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