第14話「六割ってところか」

「グルァァァァァ!」



獣が絶叫を上げる。

アニーの振るった剣が、ダークハウンドの首の肉を切り裂いたのだ。しかし。



「ちっ、浅かったか。ダークハウンドにしては硬ぇな。リザード種みてーだ」


「はははは、馬鹿め! 魔笛で操る魔獣は強化もされている! 普通の大型種と一緒にしてもらっては困る。それに見ろ!」


「なるほどな。緋石使ってるだけはあるぜ」



額に埋め込まれている赤い石が光を帯び、首の傷が治っていく。



「貴様らごときに、こいつが倒せるわけがないんだよ!」



今度は自分の番とでもいうように、ダークハウンドが爪を振るった。

アニーは跳んで躱すが牙や爪で立て続けに迫り、アニーは剣を振るいつつどうにか凌ぐ。



「ぐあッ!」



躱しきれず、前足の攻撃を受ける。

剣で身を守ったものの吹き飛び、地面を転がった。



「アニー!」



ロレッタが思わず駆け寄る。



「ちょっと、怪我してんじゃん!」



アニーの胸の肉がパックリと裂け血がこぼれている。

ロレッタは慌てて魔力を編み、治療魔術を発動させた。



「へぇ、嬢ちゃん治療魔術使えんだな」


「淑女の嗜みってやつよ」



治療の時間を稼ぐべく、オットーの魔術が爆音を響かせていた。



「皆は」


「町に戻って、援軍連れてくるって」


「そいつはまずいな。あんな足手まといども、来たら死んじまう」


「なに言ってるの、やられてるのあなたの方じゃない!」


「こんな傷」


「ちょっと、まだ治ってないから!」



食い下がるロレッタを手で制すと、剣を背に戻す。



「どうした、剣を納めて。諦めて逃げることにしたか。だが、そうはさせんぞ」


「バカ言うな。そんな犬っころ相手になんで逃げなきゃなんねーんだ」


「フッ、死にかけが。傷が開いているぞ」


「ったく、俺としたことが戦力分析を誤るなんて。こりゃ姐御にドヤされるな」



アニーは足を肩幅に開いて腰を落とし、胸の前で腕をクロスさせた。



「なんだそれは。身を守ったつもりか?」


「六割ってところか」


「は? なんのことだ」


「人ってのはな、自分の体が壊れねーように、本能的に力を三割程度に抑えてるんだそうだ。これはな、そんな潜在能力を引き出す技だ」


「なにをごちゃごちゃと。意味がわからん」


「じゃーな、見せてやるよ」



そう言うと深く息を吸う。スーーーッっと、独特の音が入り混じった特殊な呼吸。そして。



「緋王・転龍拳ッ、二倍だッ!!!!」



クロスさせていた腕を勢いよく振り払う。

するとドンと爆発に似た音を響かせながら、アニーの体から緋色のオーラが噴き出るように湧きあがった。


胸の傷が癒え、そして周囲に放たれる痺れるような威圧感。

その迫力に並みの盗賊どもはもちろん、スペードエースや、ダークハウンドも後ずさりし、ロレッタも圧倒されていた。



「な、なんだそれは!」



アニーが再び剣を抜き、手をクイクイと動かし挑発する。



「説明はしただろ。来いよ犬っころ」


「ナメやがって。ダークハウンド、あんな野郎喰らってしまえ」



スペードエースが全力で魔笛を吹く。

ダークハウンドの目から脅えが薄れて狩人のそれへと変わり、牙を剥くと目の前の強敵へと飛びかかった。



「グルァ!!」


「オットー、嬢ちゃんを頼む。オラァッ!」



剣の腹で、飛びかかってきた魔獣の横っ面を殴り飛ばす。

コォンという金属の響きを残し、巨体が弾き飛ばされ地面を転がった。


間髪入れず、足場を破壊しながら跳んだアニーが斬撃を放つが、魔獣は間一髪躱す。

しかし続いて二閃、三閃と刃が振るわれれば、その肉体から血がこぼれた。だが。



「そんなことしても無駄だ! 傷はすぐに癒える」


「知ってらぁッ!」



次々と見舞われる斬撃に、ダークハウンドは反撃すらままならない。

そうして地面に血だまりができるころ、その動きが目に見えて悪くなっていた。



「どうした、ダークハウンド! その悪党ヅラを噛み殺せ!」


「悪党ヅラとは、ヒデぇ言いようだ。だがな、無理だぜ」


「ふっ、強がっても」


「緋石の力は確かにとんでもねぇ。傷もすぐに塞がりやがる。だがな、失った血液や肉体を補うのには、時間がかかるんだよ」


「なん……だと……!?」



もはや跳びはねることもままならない、黒い巨獣。



「ちっ。だが、お前の剣では倒すことも出来ないだろ!」


「ガハハハ。それじゃ、試してやろうか」



アニーがその分厚い鉄板のような大剣を上段に構えると、刃が赤熱したかのように緋色に輝きだす。


その様子に危険を感じたのか、ダークハウンドが力を振り絞るかのように立ち上がり、巨体そのままにアニーへと飛びかかった。



ダークハウンドの巨体はあまりに大きく、その身はあまりに硬く、誰もがアニーの死を予見した。



(そんな、まだ謝ってないのに)



ロレッタの胸の内、引っかかっていた後悔が棘となって心臓をチクリと刺す。


だが、危機をものともしないアニーの野太い声が、すべてを吹き飛ばした。



「あばよ、犬っころ! 緋王・天地両断撃ッッッ!!!!」



地面を砕く踏み込みとともに、魔獣のアギトの中心目掛け、緋色の刃が振り下ろされた。

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