第13話「ちょっと! レディーの頭を気安く触らないでよ!」

スペードエースが、懐から取り出した金属笛を口に添える。



「ああん、笛だァ? 援軍でも呼ぼうってのか」


「援軍ってのとは違うけどな!」



笛を咥え、一気に息を吹き込む。

しかし想像したような音は鳴らず、だが森の方で鳥が飛び上がっていた。



「犬笛?」


「違うな嬢ちゃん。妙な気配が広がるのを感じた。オットー、何かわかるか?」


「ああ、魔力の波動を感じたぜ。似たようなのに覚えがある」


「なんだ」


「兄貴、あの笛についてる赤い石、緋石じゃねーか?」


「……そういうことか」



「どういうこと?」と疑問を浮かべるロレッタ。

するとスペードエースがハハハと笑い始める。



「これは魔笛と言ってな。お前ら、みんな死ぬぜ」


「なんとなく想像つくけどよ」


「兄貴ィ、森の方から!」



オットーが声を上げれば、木々を押しのけ黒い影が飛び出し戦場に姿をあらわす。

グルルと唸り、四肢を滾らせ、牙を剥く獣。体高はアニーより大きい。

ダークハウンド、その大型種だ。



「ヒィッ!」



オットーとともに駆け付けていたカデン兵長が腰を抜かし、デシン、レジンの兄弟も、警備隊の紅一点レイカも怯えて後ずさる。


魔獣は主にその大きさによって小型種、中型種、大型種に分類されている。

小型種、中型種であればシルバークラスのハンターによるパーティーであれば討伐可能だが、大型種となると話が変わる。

シルバークラスであればベテラン “鈍色” を多数加えたアライアンスで、徐々に追い詰め倒さなければならないるほどの強敵だ。


しかし、ここにいてまともに戦えるのはたった二人。

各ギルドに数名しかいない強者であるゴールドクラスとはいえ、アニーとオットーだけだ。

通常この状態は、絶体絶命の危機的状況にある。


それがわかっていて呼び出したとなると、過剰戦力だ……普通ならば。



「さすがのゴールドクラスでも、大型種相手では手も足もでないだろう! 黙って餌になれ」



ガウッと吠えればさながら突風で、その圧倒的な威圧感に、さすがのロレッタも怯え震えながら後ずさるが、馬車の屋根に踵をひっかけてしまう。



「キャッ!」



可愛い悲鳴を上げてしまうが、転がり落ちることなく優しく抱き留められる。



「えっ……ギャーーーッ!」



見上げた先の、世紀末のような顔に思わず二度目の、より大きな叫びが上がる。



「落ち着きな、嬢ちゃん」


「アニー・ブロンソン! びっくりした」


「口閉じてな、跳ぶぜ」


「んっ!」



身を包む浮遊感。

しかし抱き留めるその腕は太く、熱く、どこか頼もしい。


すぐに優しく着地すると、美術品でも扱うように丁寧に降ろした。



「あ、ありがとう」


「ばあちゃんにな、女子供は丁寧に扱えって言われてんだよ。それより嬢ちゃん、見直したぜ」


「え?」


「脅された時、御者のおっちゃんを見捨てなかっただろう。正直侮っていた。すまねぇ」


「いや私はその、別に……」


「なかなかできることじゃねーぜ」



言うとロレッタの頭をワシワシと撫でる。



「ちょっと! レディーの頭を気安く触らないでよ!」


「ガハハ、すまねぇすまねぇ」



どうやらロレッタは普通に怒っているようで、ラブコメの流儀は通用しないらしい。



「で、大型種相手に、時間稼ぎとかできる? その隙に撤退するしかないと思うけど」


「時間稼ぎだぁ? バカ言うんじゃねー」


「そうよね……わかった。私も手伝う」


「なに言ってんだ。あの程度、今ここでぶっ潰してやるよ」



アニーの言葉に、ロレッタが一瞬呆然とする。



「は? なに言ってんの! 大型種だよ。無理に決まってるでしょ!」


「大物相手たぁ、久しぶりだな。オットーやるぞ」


「腕が鳴るなぁ、兄貴。グハハハ」


「嬢ちゃん、皆を連れて町に向かって走れ」


「待ちなさいよ、そんな二人だけって……」



アニーが引き留めるロレッタに背を向け、分厚い鉄板のような剣を抜く。

オットーも隣に並び、ウォーハンマーを手に魔力を練り上げる。



「なぁに、相手は魔王ってんじゃねーんだ」


「俺たち兄弟の敵じゃねーよ」


「大口叩きやがって。行け、ダークハウンド!」



スペードエースが笛を吹けば、ダークハウンドが咆哮を上げ、アニーらに飛び掛かった。


岩も砕く、鋭く大きな爪の振り下ろし。アニーとオットーが飛びのけば地面が弾ける。



「まずはこいつだ。緋王・炸裂弾!」



アニーが握りこぶしほどの光球を数個放つ。



「なんだそれは、フレイムスフィアごときで傷つくはずが」



スペードエースの言葉に反し、光球はダークハウンドにぶつかると爆炎を伴い破裂する。

その衝撃と火力に、まるで殴られたかのようにたたらを踏んだ。



「もういっちょ!」



思わず飛びのくと、光球は観戦していた盗賊の方へと向かい炸裂する。

直撃はしなかったものの、そこにいた盗賊たちは気絶し倒れこんでいた。



「狙い通りだぜ」


「お前、織り込み済みか!」


「ばあちゃんにも姐御にも、無駄弾打つなって言われててな! 兄貴!」


「いいぞオットー!」



飛びのいたダークハウンドに、板金のような大剣が振るわれる。


大型種ともなると本来、並みの斬撃など傷つけることすらできないのだが、アニーの斬撃はダークハウンドの強靭な体を容易に切り裂いた。


だが、アニーの表情は渋い。



「やっぱそうかよ」

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