第11話「楽しそうだな。ちょっと変わってくんねーか」

普段はのどかな田舎の街道。


まだ日も高い時間で町まであとわずかという場所で、本来急ぐ必要もない土の道を、先日に続き馬車が1台疾駆していた。


板バネのある、やや派手だが屋根のあるしっかりとした造りの箱馬車を追うのは、武器を手に馬に跨る薄汚れた姿の盗賊たち。



「ヒャッハー! こりゃ金になりそうだ!」


「ギャハハ、逃げられると思ってんのかよー!」



イカれているとしか思えない世紀末味ある様相に、捕まったら終わりだと御者は必死で馬に鞭を振るう。

そんな最中、石を踏んで馬車がガタンと大きく揺れた。



「きゃっ! いったー。頭ぶつけたじゃない! もうちょっと静かに走れないの!?」



そう叫ぶのは、馬車唯一の乗客である金髪ストレートロングの高飛車な雰囲気の少女、ハンターギルド、ベルクカーラ支部の副ギルド長見習い、ロレッタ・ベル・キャピュレットその人だ。



「お嬢さん、そりゃ無茶です! 盗賊に捕まりたいんですか!?」


「だからって……まったく、なんでこんなことにーーーっ!」



―― 二日前。



「お嬢さん、盗賊や魔獣が出ると噂の街道です。もうちょっと地味な方が」


「レディーってのはデリケートなの。車輪のクッションも、綿入りの座席も無いしょぼい幌馬車なんて、願い下げよ」


「ではもう少し目立たないこちらを」


「ヤダ。それに護衛も雇うんだから大丈夫でしょ」


「護衛も一人くらいは同じ馬車に同乗させては」


「ヤダ。あなた貸し馬車屋なんでしょ。依頼人の言うこと聞きなさい」


「はぁ……」



―― 以上、回想終わり。



「護衛はどうしたのよ!」


「最初に襲ってきた魔獣の相手をするため、一人を除いて離れました! まったく、魔獣に続き盗賊に襲われ、面倒な客には罵られ、なんて日だ!」


「その残り一人の護衛はどうしたのよ! え? 面倒な客?」


「盗賊にやられました!」


「面倒な客って誰よ!」


「面倒なお客さん、ちゃんと捕まっててください!」


「きゃっ! いったー。また頭ぶつけたー!」


「言わんこっちゃない!」



いくら板バネがあろうと、舗装されていない道を走れば小石も踏む。

二頭立ての馬車はその重さのせいもあり徐々に盗賊の馬が近づき、遂には横並びにされてしまう。



「止まらねーってなら、こうなるんだよ!」



盗賊の一人が、その手にしていたクロスボウを放ち、それは御者の肩に刺さる。



「んがッ!」



痛みに手綱の操作を誤り、ガタンと大きな振動ののち車箱の中にいた少女の体を包む浮遊感。



「あ、いやな予感」



クッションを手に頭を抱えた次の瞬間、強烈な衝撃がその身を襲った。


横転し、ドガガガガっと壊滅的な音を鳴らしながら引きずられる車箱。

やがて馬もその足を止め、破壊音も止む。



「こりゃ中のヤツ死んだんじゃねーか?」


「おい、近づくのは待て。中に護衛がいるかもしんねーから気を抜くんじゃねーぞ」



見た目のわりに慎重な盗賊たちが武器を手に箱車を囲む。

そんな中、盗賊にしては身なりの整った、一人の青年が近づいてくる。

総立ちにした金髪に、整った顔立ち。腰には凝った意匠のサーベルを差し、首元にはトランプのカード、スペードのエースを描いた刺青。



「どうなった」



その男の問いかけに、盗賊の一人が幾分丁寧に答える。



「おうアニキ。ご覧の通りでさぁ」


「アニキではない、エース様と呼べ。中の者は?」


「確かめやす。おう、誰か」


「へい!」



下っ端らしい盗賊が慎重に馬車に近づく。

すると突然、横転し空を向いていた扉がバンッと蹴り開かれた。

緊張の面持ちで盗賊たちが構える中、土埃を割って人が出てくる。



「ケホッ、ケホッ。あー、死ぬかと思った。淑女のたしなみも、たまには役に立つわねっと」



車箱の上に立ちスカートを払う少女。

埃にまみれても、金糸は日の光をキラキラと反射させていた。


そしてくるりと周囲を見回し、抜き身の武器を手に周りを囲う盗賊に気づくと、「あ」と漏らして固まった。



「ウヒョー、上玉じゃねーか!」


「貴族の娘か! 金になるぜ!」


「荷物にも期待で来ますね、エース様!」



盗賊の面々が色めき立つ。



「お嬢さん。悪いことは言わない。我々についてきてもらおう」



片手を腰に、もう片方の手で髪をかき上げながら声を張る、エースと呼ばれた男。

そして曲刀の刃をこれ見よがしに舐めてみせる盗賊たち。


普通少女であれば腰を抜かすようなその光景だが、ロレッタは一切臆さず、手を腰に当て足を車輪にかけ、高い位置から見下ろす。



「いやよ! なんであんた達に」


「ほう、ではこれではどうかな?」



青年が指をパチンと鳴らすと怪我をした様子の御者が盗賊に連れられ、刃を突きつけられていた。



「あんたのせいでこの男が酷い目に合うのは、見たくはないだろう」


「なっ……さすが盗賊、汚いわね!」


「あんたに怪我させまいという優しさだと思ってもらおう」


「……ったく、なんで私が」



溜息ひとつつくと、諦めた様子で肩の力を抜く。


盗賊に捕らえられた少女が、いったいどんな目に合うか……

御者が己の無力さを嘆いたその時、彼を捉えた盗賊の肩を仲間と思しき男が叩いた。



「楽しそうだな。ちょっと変わってくんねーか」


「ああん? なに言ってんだよ。こんな目立つ役目渡せるわけが……どぅべし!」



突如男が、御者を捕えていた盗賊を殴り飛ばした。



「お前、なにをしている!」



エースと呼ばれた男が声を張り上げるが、殴り飛ばした男は盗賊らしい笑みを浮かべ応える。



「楽しそうなことしてんじゃねーか。ああん?」


「なんだ貴様、見かけない顔だ。どこの部隊だ。所属と名前を言え!」



肩に棘付きのパット。素肌に革のジャケット。背中には幅の広い鉄板のような武骨な大剣。悪党にしか見えないその男が、巻き起こる砂塵に身を晒す。



「俺か、俺はな……所属は正義。名はアニー・ブロンソンだ!」

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