第9話「乙女の身支度は時間がかかるんです」
「はぁ? 今なんて?」
「いや、聞こえてただろ」
「自分の聞いた言葉が信じられないだけです。誤解が無いよう、もう一度仰って下さ……いえ、なんでもないです。聞かなかったことにしておきます」
「お前、いい性格してるな。だが命令は覆らない」
ギルマスのヴィル、ロレッタ、リアン、ルシオンが集まった話し合いから数日後、ロレッタにヴィルからある指示が言い渡されていた。
言い切るヴィルに対し、ロレッタが頬を膨らませ睨んでいる。だが残念。ヴィルにとって奥さんの怒りに比べたら、この世に恐ろしいことなどありはしないのだ。
「なんでわざわざ私が」
「ことの発端はお前だからだ」
「私じゃないです。あの二人です」
「いーや、間違いなくお前だ。さては反省してないな」
「それは……」
ロレッタも自分の間違いは認めているところで、ヴィルの言葉に完全に反論することができず口をつぐむ。
「ただ謝りに行けと言うんじゃない。調査を頼みたい」
「はい?」
「他領のことだから本来は非介入なんだが……イスラハネス領ギルドから内々にある依頼が入ってな。領内のルーツネル男爵領からゴールドクラスハンターの派遣依頼が入った」
「ここベルクカーラ領のギルドにですか?」
「ああ。本来この場合イスラハネス領内から派遣するものだが、他のゴールドクラスハンターが出払ってるらしくこちらに依頼が回って来たわけだ。で、ルーツネル男爵領と言えばアニーとオットーの地元だからあいつらを派遣できればよかったんだが」
「あ……」
「そんなわけで一時的にルシオンを派遣した。本当は嫌だったんだが」
黒髪ハーフエルフの、ギルド随一のトラブルメーカーだ。
「そんなことになるなんて……すみません」
流石のロレッタもこのような迷惑をかけるとは思っておらず、さすがに反省した様子を見せる。
「それはともかくだ。問題なのはなぜ領を跨ぐような話になっているかというと、ルーツネル男爵領で盗賊団が暴れているらしくてな、その討伐に苦労しているらしい」
「盗賊団ですか? そんなもの領内の軍やシルバークラスのハンターで対処できるのでは」
「不確定情報ではあるが、そいつら、大型種の魔獣を
「大型種ですか?」
魔獣には主に小型種、中型種、大型種とランクがある。アニーが打倒したのは小型種、中型種で、シルバークラスのハンターパーティーでも対処可能であるが、大型種となると話が違う。
巨体で体高は大人二人分を超え、並みの人間を枯れ木のように打ち払い、大人でもひと飲みにする。更に多くの大型種は、中型種や小型種を複数引き連れている。
対処するとなると複数のハンターパーティーが連携するか、軍ならば中隊規模で対処するのが常だ。
「大型種を手懐けるなんて、可能なんでしょうか」
するとヴィルが急に声をひそめる。
「ロレッタ、
「いえ、聞いたことないです」
「少し前の動乱で使われた人造アーティファクトだ。禁制品なんだが、魔獣を操ることができる」
「まさか、それが使われていると」
「わからん。それを調べるのも指令のうちだが、危険性が高いから緋石についてはわからなくていい。もし何か情報があれば伝えてくれ」
ちなみに緋石は最重要機密だと念を押され、ロレッタはいよいよそんな重要なことを知らされるほどに偉くなったと、鼻息を荒くしていた。
「馬車の手配は済んでいる。明朝には出発してもらおう」
「明日って、そんな急な!」
「これはアニーとオットーに宛てた手紙だ。無くさず、間違いなく本人に渡せ」
ヴィルが蝋印の押された封筒をロレッタに手渡す。
「乙女の身支度は時間がかかるんです」
「そうか。なら今日はもう帰って良いから準備しろ」
「……」
「なんだ。何か外せない予定でもあったか」
「せっかくむにゃむにゃ……」
「なんだ? はっきり言え」
「せっかくカフェの予約が取れたのにと言ったんです!」
「はぁ?」
「最近超人気のカフェで、そこで出されてるケーキが絶品だって、ようやく明日で予約取れたのに!」
瞬間、ズンとロレッタの頭頂部に衝撃が奔る。
「痛ったああああ!! 何するんですか!」
「喚くな! お前のしでかしたことだぞ!」
「暴力反対! お父様に言いつけますよ!」
すると再びロレッタの頭頂部に手刀が落とされる。
「痛ったああああ!! 二度もぶった! お父様にもぶたれたことないのに!」
「そうか。じゃあ三発目をくらう前に家に帰り明日の支度をしろ!」
「もうやだ! 誰が迎えになんて行ってやるもんですか!」
涙をこぼしながら、扉を乱暴に開けて部屋を出ていくロレッタ。それを見送ったヴィルは頭をかくと、盛大にため息をついた。
少しすると、ロレッタの様子を見たのか、リアンが部屋を訪れた。
「どうしたんですか」
「はぁ……娘というのは難しいものだな」
「あ、喧嘩したんですね」
「リアン、すまんがフォロー頼めるか。ロレッタを手伝ってやってほしい」
「それはかまいませんけど……」
リアンの咎めるような視線。ヴィルは再び後頭部をかくと、再び大きなため息をつく。
「少ししたら謝りに行く」
「その時は、手土産にケーキを買うといいと思います」
「……ああ。了解だ」
分かったならいいと、リアンが微笑みを返した。
「あ、ケーキは私の分もお願いします」
「なんでだよ!」
―――――――――――――――――――――――
《あとがき》
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