第8話「“バカめ” だそうです」

アニー、オットーが街を離れたことに「尻尾巻いて逃げた」と豪語するロレッタだったが、リアンは首を横に振り言葉を返した。



「この書類の中身は見ていませんでしたが、その時の顛末は見ていましたし、二人から少し話を聞いています」


「フン、どうせ言い訳がましいことを……」


「"バカめ” だそうです」


「は?」


「“バカめ” と言ってました」


「どういうことよ!」



声を荒げるロレッタに対し、リアンは冷静に答える。



「"腹立たねぇと言うと嘘になる。が、あんなバカみてぇな話につき合うのはもっとバカだ。ちょうどいい機会だから一度実家に帰って家族の顔を見てくる” というようなことを言ってました」



リアンが声色を変えて物まねっぽく言うがどうも可愛らしく、ルシオンがハァハァしていたがそれはさておき、ロレッタはそのツンとした目が据わっている。



「バカみたいですって」


「私もバカだと思います」


「なっ!」



不機嫌面のロレッタだが、リアンを見るとその可愛らしい顔に静かな怒りが浮かんでおり、思わず気圧される。その無言のプレッシャーに冷や汗をかいていると、助け船というわけではないが、ヴィルが口を開いた。



「リアン、その辺にしとけ。いいかロレッタ、この報告書の出来はいい。だが見方が偏っていて、あの二人を有罪に持っていきたいがための告発書のようだ」



ロレッタが視線を落として黙る。



「そもそも、なんでこんなものを用意する必要があったんだ」


「だって……」



…………

……




それはロレッタがこのギルドに着任したその日のことだった。


ハンターと言えばあれくれも多いが、ここベルクカーラのハンターギルドには “綺羅星の騎士” "鷹爪の侍” など、女性のハートを鷲掴みする眉目秀麗な剣士が所属していることが知られている。

ことロレッタは “綺羅星の騎士” については姿見を持つほどに憧れを持っていたが、そんな期待を胸に門をくぐったたギルドで、真っ先に出会ったのが、あの世紀末兄弟であった。


男も震え上がる悪党面に、オークのような筋肉質で迫力のある体。



「おう、嬢ちゃんどうした。パパでも探してんのか? 」


「おいオットーやめとけよ、怯えてんじゃねーか。子供にゃお前の顔は迫力ありすぎんだよ」


「ひでーじゃねーか。ってか兄貴も人のこと言えねーぞ」


「それもそうか。ガハハハハ」



確かに幼くみられることもあるが、既に成人を迎えていたレディに対する子ども扱い。そして何より、暴力を体現したような外見。


人には言えぬが、この時ロレッタはちょっぴり漏らしていた。



…………

……



「以来、こともなげにしょっちゅう子ども扱いして、『実は妹がいてなぁ、なんだか懐かしいぜ』とか言いながら頭ポンポン叩いて!」


「そりゃ、あいつらもわりー気もするな」


「ッ、ですよね!」



ロレッタは興奮のあまり立ち上がると、勢い余ってローテーブルに足をぶつけ、そのままソファに逆戻りする。



「痛ッたー」


「ま、まぁなんだ。このギルドには、奴らの世話になったやつは本当に多くて、人望も厚い。だから一度穿った見方をやめて、皆の話を聞いてみろ」


「でも、だって」


「これは命令だ。やれ」


「……職権乱用です」



ヴィルはその言葉にため息をつくと、頭をかいて一呼吸置き、あらためて下を向く少女の顔を見据えた。



「ロレッタ、俺はお前に期待している。お前は賢い。だからこそ、自らに間違いがあった時にそれを正す度量や心の広さがあるはずだ。それとも何か、お前は小狡くて臆病な三下か?」


「ち、違います!」



顔を上げ半泣きで声を上げるロレッタだが、ヴィルはその肩を優しくポンと叩く。



「お前があらためて話を聞いて回ってみて、それでもあいつらが犯罪まがいなことをしているなら、俺も奴らを断罪しよう。そして無実の罪だったとしたら、俺もお前の上司として、アニーとオットーには謝罪しなくちゃならない」


「そんな、ギルマスが謝らなくても……」



するとヴィルがニカっと笑い、サムズアップする。



「いい男は、謝りっぷりもいいもんさ」


「奥さんにいつも謝ってばかりですもんね」


「おい、リアン! ここはかっこつけるところだろ」


「事実ですから」


「おまえなー」



言いながら二人で笑っていると、つられてロレッタも笑みをこぼした。



ロレッタは改めて聞き込みを行い、ハンターたちの証言により己の間違いに気づくことになり、内心大きく反省することになった。


そしてこの一幕が大いなる波乱の序章とは、誰ひとり思いもしなかったのである……

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