第6話 虫食みの姫君

 弔い合戦は続く。コーデリアは死ねない死者たちを葬り続ける。

 蠅を引き連れた少女は。母に守られた娘は。


 竜の墜落から数か月、コーデリアは地獄と化した都市に留まり続けた。

 一度として城壁の外に出ることなく、火と呪詛の巷で蠅たちに死者を虫食ませ続けた。

 命をつなぐために腐った食物で腹を満たし、濁った水で喉を潤し、眠るときにはいまだ火の消えぬ廃墟にもぐりこんだ。


 死と隣り合わせの日々は、少女をたくましく成長させた。

 修羅場を重ねるごとに鍛えられる胆力、研ぎ澄まされる精神の閃き、四肢には筋肉のしなやかさが宿った。


 なににも勝り目に見える成長を遂げたのは、ほかならぬ蠅たちであった。


 コーデリアを守護する黒い嵐は、死者を食らうたびに大きくなった。腐肉に生みつけた卵は産卵の次の瞬間には蛆へと孵り、かと思えば見る間に蠅へと羽化して少女の戦列に加わった。

 百倍であり千倍であった母は、今では万倍にも膨らんでいた。

 そして母たる蠅が増える程に、ゾンビに対するコーデリアの対処力も底上げされた。


 最初は一体葬るのが限界だったゾンビが、いつしか二体同時に相手取れるようになり、今では三体以上でも難なく処理できるようになっていた。

 大群の蠅たちを二つの群れにわけ、一群で弔う傍らもう一群を警戒にあたらせる、そのような使役の技術も自然と獲得していた。


 この地獄の底で、もはやコーデリアは虐げられる存在ではない。

 少女は食われる側から食らう側へと移ったのだ。

 虫食む側へと。



   ※



 ところでこの頃、都市にはそれまでになかった存在が現れはじめていた。

 竜の落ちた当初は見られなかった者たち。コーデリアでもゾンビでもない第三の、そして第四の徘徊者たちである。


 第三の徘徊者とは魔物どもであった。

 不浄を温床に魔界より転移し、呪いと災いを謳歌する妖魔たち。その妖魔どもを餌食とする魔獣と、死骸の食い残しに群がる妖虫の類。その種類は数多にして雑多である。


 第四の徘徊者は、これら第三の徘徊者を屠る存在であった。魔物どもを倒し、冨と名声を求める者たち。

 すなわち、冒険者である。

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