第5話 燃やされず弔われぬすべての死者たちのために
「ねぇ母さん。ねぇ、母さんたち」
コーデリアは蠅たちに話しかける。生前の母に話しかけるように。
都市は地獄と化して、母親には死なれ、しかし少女は幸せだった。
なにしろ彼女には母親がいる。愛する母が、蠅に転生してまで自分を守ろうとする母がいる。
生きていた時の百倍も、千倍もいる。
「ねぇ母さん、母さんたち。この都市の人たちには、ずいぶんいじめられたね。汚い母娘と蔑まれて、犬猫よりも下に扱われた。私はさ、あいつらを憎んだよ。殺してやりたいほど憎んだよ。でもね……」
言いながら人差し指を立てると、すぐさま一匹の蠅がそこに止まった。
生きていた頃もこうだったなとコーデリアは思う。寂しくなって手を繋ぎたくなったら、いつでもこうして繋いでくれた。
ああ、やっぱり母さんは母さんだ。蠅になっても母さんだ。
「でもね、母さんたち。殺したい人たちは、もうみんな死んじゃった。死んで、ゾンビになっちゃった。火葬されるどころか土にも還れず、死んでも死ねずに彷徨い続ける……それはでも、なんだかすごくかわいそうだよね」
蠅たちが『ブァン』と羽音で応じる。
母の相槌にコーデリアは嬉しそうに微笑んで、だから、と続けた。
「だから私、あのゾンビたちを葬ってあげようと思うんだ。死んでも死ねないあの人たちを、私がきちんと死なせてあげるの。ねぇ母さんたち、手伝ってくれる?」
ブァァァァァン!と盛大な羽音があがった。
もちろん! と、そう娘に応じて。
※
そのようにして少女の戦いははじまった。
それは暗闘で、そしてそれは弔い合戦だった。
都市に暮らしていた十万の人々は、いまや十万のゾンビへと変じた。死してなお彷徨う哀れな死者たち。
そんな彼らを見つけるや、コーデリアはまず気付かれぬよう慎重に近づき、十分な距離を詰めたあとで大きく相手を指差した。
黒い嵐はすぐさま従順に巻き起こった。
少女の号令一下、蠅たちはゾンビに殺到して腐肉を貪りはじめる。後にはただ骨だけが残った。
これがコーデリアの葬送、虫食むことによる弔いであった。
とはいえ、いつでも首尾よく行ったわけではない。
なにしろ都市には死者が溢れていた。一体で孤立した死者であればまだしも、複数体が群れている状況などはしばしば手に余った。
素早く限界を見極めて、不可能と思えば即座にその場を離れる。
そうした判断力は場数を踏むごとに培われたが、虫食むはずが逆に餌食になりかけたということも一度や二度ではない。
戦いは常に孤軍奮闘で、しかしコーデリアが孤独を感じることはない。
少女には母がいた。生きていた時の百倍も、千倍もいた。
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