第25話 エピローグ・前半戦

ウィル・メイガ王国連合、儀式会場。

魔法陣の上に浮かぶ緑色の光に対して黄色の光を当て続ける、魔術師と思われる一団。

状況を見守る宰相達と、その裏で一人豪勢な椅子に座る一人の男。


「急げ。早く王子達をお救いするのだ」

「はっ!」


しかし言葉とは裏腹に、実際に施されているのは儀式を強制中断させるための魔法。

つまり、王子達の帰還を阻むための魔法である。

実際、緑色の光は儀式のときに比べ薄まってきている。

魔法の効果はたしかに出ているようだ。


「……ビリアン卿、この計画は本当に成功するでしょうか」

「成功はするさ。どれだけの犠牲を払っても、最後までやりきれば成功だ」


この計画を作った「ビリアン」と名乗る男は、落ち着かない宰相達とは対象的に、冷静に状況を見ていた。


「最悪、この場で王子達が消えてくれればそれでいい。

 計画を進める手段は問題ではない」

「は、はい……」


神の儀式を執り行う場を血に染めることをいとわないビリアンの態度に、宰相たちは恐怖する。

だが、一度回し始めた歯車は止まることはない。すでに彼らも歯車に巻き込まれたのだ。

歯車が回り終わるまで、ここにいる全員に逃げることは許されない。


だが、その瞬間であった。

緑色の光は一瞬でごうごうと燃える炎のように輝き始め、

儀式が始まったときと同じ鐘の音が鳴り、周囲が舞い踊る緑色の光に照らされる。

……だが、それだけではない。

天から舞い降りる緑色に輝きを放つ女性。

この世界の人間であれば誰でもが知っている、そして実際に見たものは居ないとされる存在。


「神、様……!?」

「なんだ、あれは」


ビリアンがその表情を苦々し気に歪ませる。

それもそのはずであろう。眼前に降りてきたのは紛れもないこの世界の「神」。


「王子達の用意した偽物だな。

 世界の神を騙るなど言語道断。やれ」

「し、しかしビリアン卿!?」

「ちっ……」


ビリアンは急に立ち上がると紫色の指輪をつけた右手をかざし、その手から伸びる黒い鎖で「神」を薙ぐ。

だが、それは「神」を傷つけることはできない。

なぜなら、それが本来の「神」であるからだ。


「ビリアン、とか言ったか?」


そして「神」に目が向いている最中、儀式の間に五人の男女の姿が増えていた。


「確かこの儀式を教えてくれた歴史学者の貴族、でしたよね。

 あなたのお陰で、僕たちは得難い経験ができました」

「だからといって、アンタを許すとは言ってないんだけどね」


現れたのはビリアンが抹殺を企んでいた三人の王子達。

そして、異世界にて彼らを助け、この状況を作り上げた二人の女性。


「いやぁ、ここが三人のいた世界かぁ!

 ものの見事にファンタジーだね」

「みやちゃん、締まらないこと言わないの。

 今の私たちは神様の使徒みたいなものなんだから~」


女性二人は明らかに場違いな、平和ボケした様子だったが、

すぐにそれを改め、真剣な表情でビリアンをにらみつける。


「んじゃま、話を聞こうビリアンさん。

 言っておくけど、「今の」神様は割と万能らしいよ?」

「……そうか」


ビリアンは椅子に座り直し、「神」の遣わした五人を見下ろした。


「さぁて、お互い手札を明かすとしようか。

 まさか逃げるなんて言わないよね?」



……と、凄んでは見たけど相手のビリアンさんとやらは全然動じてないですね。

だが「異世界人」であり、少なくともゆるふわなひーちゃんよりは交渉向きな私がここで逃げることは許されない。

こんなことなら彦爺にも同伴してもらえばよかったかなぁ……

けどやりますよ。もうこっちの優位は確定してるんだからね。


「まずビリアンさん、アンタは歴史学者としての研究の中でとあるブツを見つけた。

 そしてそれにはこの世界の真実が書かれていた。

 「神様が鎖にとらわれている」という真実がね」


そう。あの調査のとき一木が発していた本の内容の一節。あれがいちばん大事なキーワードだった。


『神は鎖に縛られた。それによって人間は自由を手に入れたのだ』


つまり、「神様」は本来万能な存在であったにも関わらず、何らかの手法でその力を制限されていたのだ。

そして当然、天才軍師ひーちゃんがそれに気づかないわけがない。


「けど残念。その鎖は私達が解除しちゃったんだ。

 さっきの黒い鎖がその魔道具ってやつでしょ? それはもう対策済みってことですよ」

「どうやってだ? まさか話を書き換えたなどという荒唐無稽な話ではあるまいな?」

「……え、どう答えよっかこれ」

「そのまさかですよ、ビリアン卿。

 私たちはこの「神話」を書き換えたのです」


とここで聖女ひーちゃんのフォローが入り、なんとか流れはこっちに保てた。

流石に「修正」後の実物見せたら卒倒すると思うので、この場でこの本を開くつもりはないけどね。


「……と、言うわけでこの本は「神によって人間は自由を手に入れたのだ」に修正されました。

 神様の御業により、ここで行われていたことはすべて国民に筒抜けになってます。

 さぁてどうする黒幕さん。

 そろそろ手札を開けとかないと、このまま押し通るよ?」


しばらく相手の出方を伺う私達。

だが、ビリアンは一瞬ククッと笑うと、神様を指さした。

なんだやるかこの罰当たりめ! と思っていると。


「なるほど。つまり現時点において、人間の自由は神によるものだとされているわけか。

 人間の尊厳を踏みにじる野蛮な行為をしてくれたな、異邦人」


……あれ、指の方向こっちでしたか。こりゃ失敬。


「そしてウィル・メイガ王国連合の王子達よ、

 このような蛮行に手を貸し、人の世を神に売り渡した貴様らに最早生きる資格はない。

 その責を取り、自害せよ。貴様らの死こそがせめてもの償いだ」


あー、そう来たか。

確かにアンタは儀式の情報提供者ってだけで、実際に儀式をやると言ったわけじゃないし、

自分が参加したわけでも、自分が神様の制限を取っ払ったわけでもないって話か。


「そもそも神が何事かを叶えてくれたわけではあるまい?

 むしろこれまでの歴史の苦難のすべてが神が手を貸さなかったがゆえに起こったことだ。

 民よ、怒りを忘れてはならない。そしてこれまで生きてきた自らの尊厳を忘れてはならない」

「んじゃ、今すぐ人々に富を授けてみせようか?

 こっちは神様の使徒だ。不可能なことなんてあんまりないよ?」


しっかし、まさかこんなことになるとは思わなかった。

まさか私が生きているうちにこんなことになるとは本当に思わなかった。


「管理者権限/アドミン、市場経済が揺らがない程度に土地を豊かに、人々に豊かな富を与え給え!」


なんだって神様に命令するなんて恐れ多いポジションに居るんだよ私。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る