第14話 雅の思い出
時間は大学入学から一ヶ月後の5月。今が3月なので、もう半年以上前のことだ。
『ごめんな、雅』
高校時代の同級生だった彼氏、工藤睦月に、私は一方的に別れを告げられた。
私の同人活動も応援してくれていた人だった。
大学入ってしばらくは色々頑張ろうってやり取りをしていた。
だが、それが次第に少なくなり、ゴールデンウィーク直前にこれだ。
なかなかに残酷な展開に、私は何もできなくなった。
授業に出て、友達と遊んで、そのすべてが灰色に見えるようになった。
思えば、王子様達と出会うきっかけになったあの本が、
私にとって久々の彩りだったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「ミヤビ、振られたって……」
「昔の話だよ。気にしない気にしない」
「一木くん、だっけ?
ここから先はみやちゃんの問題なんだよ。
いずれみやちゃんの前から消える君が立ち入っちゃいけないところなのー」
いや、だったらもう少し言い方ってもんがあるだろうに。しかも棒読みだし。
そもそもこの場、このタイミングで言うなっていうのに。
「……ミヤビ」
そして一木も一木だ。人が泣いてるからって男が女の涙を軽々しく拭うなっていうんだ。
三崎も一木も出会って数日の相手にスケコマシムーブをやるんじゃない。
余計に悲しくなるんだから、やめてくれ。
「俺はたしかにこの世界にいられない人間だ。いずれ戻らなくちゃならない。
けどな、お前の記憶から消えてやるつもりはないんだよ」
「……一木、ちょっと黙って」
「ミヤビは俺たちが来て、楽しかったか?
それとも、うざったかったか? 迷惑だったか?」
だっからさぁ……そういう聞き方は反則だろう。
そんな聞き方されたら「楽しかった」としか言えない。
あんたら三色の王子様sはたしかに私に生きる意義を与えてくれていたよ。
だから、これ以上踏み込まないでくれ。
別れるときが、辛くなるからさぁ……
「ふむ。みやちゃんが答えないなら私が代弁します」
ん? ひーちゃん? 人が涙堪えてお話できない状況で何言おうとしてる?
「一木くん、それと他の王子様も、みやちゃんをよろしくお願いします」
……はぁ!?
「何勝手に言ってんだこの無差別級腐女子!?」
「それはみやちゃんも一緒でしょ?」
「私はノーマルだよ!」
「なら安心。良かったねぇみやちゃん。
他の王子様も含めてカップリングはよりどりみどりだよ~?」
……ぐっ、さすがにひーちゃんに舌戦で勝つのは無理か。
だが一木に口止めをするくらいならなんとかなる!
「……行こうか、ミヤビ」
「お会計は私が持つから、あとはごゆっくり~」
あれ? 一木?
なんで熱に浮かされたような顔をしている? 正気か?
一木も二条くんも三崎も、いずれここから消える存在だって言ったよな?
そしてひーちゃん、何満足そうに笑ってやがる。
さっき私に立ち入るなって言ったのは演技かよちくしょう!
「どわっ、人の手を引っ張るな! 行くから! 手を離せっ!」
ちなみにその後ひーちゃんから来たメールによると、カップリング云々以降の私は顔を真っ赤にした純情女子だったらしい。
おのれあの腐女子。いつかシバく。
その場に残されたひかりは、満足げに笑っていた。
あの去年の夏のイベントでは雅は散々な顔をしていた。
そして、雅の作品からは「色」がすっぽりと抜け落ちていたのだ。
そしてそれは、雅からひかりへの目にも現れていた。
『ひーちゃん、私はこれで引退するよ』
その言葉で、ひかりは高校時代の思い出をすべて台無しにされた気がした。
たかだか一人に失恋した程度で、雅は楽しかった時間を無意味と投げ捨てるのか、と。
この先、このまま色のない世界を生きていくつもりなのか、と。
それ以降必死に雅に連絡を取り続けたが、最終的には通知をオフにされたのか、相手にされなくなった。
多分大学生として振る舞えているが、楽しめてはいないであろう相棒に、自分は何もできなかった。
「……ずっるいな~。年頃の王子様三人といきなり同居なんて」
だが、さっきの雅はかつての態度に戻っているように見えた。
それが一木くん、あるいはそれ以外の王子様二人によるものだということは容易に想像がつく。
覚悟を決めた雅は強い。入稿日ギリギリのときの集中力は自分の想像を絶するものだった。
どういう経緯かは知らないが、おそらく王子様の件について、久々に「覚悟を決めた」のだろう……
「さてさて、私の出番が次あるかはわからないけど。
色々仕込みはしておこうかな」
できることはある。
「理解眼」「解析眼」「直感眼」。そしてすべてのきっかけになった「異世界転生」について。
雅ほど実際の情報は貯められないが、自分の妄想力でそれらについて考えることはできる。
「目指すは四人が全員満足のハッピーエンド。
首を洗って待っててね、「異世界」さん……」
考えろ。考えうるすべてのルートと、それに対応する手段の諸々を。
雅の決断のとき、彼女が迷ったときにすぐさま最適解を出せるように。
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