第13話 王子様の世界

いちばん大事な王子様達の事情を詳しく聞いていなかった私は、ひーちゃんという諸刃の剣とともに近くのカフェに入っていた。

赤髪の王子様はカフェの中でもくっそ目立っているが、背に腹は変えられん。

ひーちゃんを自宅に招いて三人揃ってドン引きな事態を引き起こすよりはマシだろう。


「それじゃあまずは普段のお食事は~?」

「……なぁ、アンタはそれを聞いてなにか思いつくのか?」

「とりあえず今は全部答えてやってよ。ひーちゃんは世界観設定については強いから」


私がひーちゃんを「相棒」と呼んだのには単に趣味が合う、ってだけじゃない理由がある。

一つは彼女の作画能力の高さ。もう一つは、原作を作る私へのツッコミの鋭さである。

特に世界観周りはかつてさんざん指摘を受けたなぁ。懐かしい。


「えーと、パンと芋が主食で、主菜はモンスターの肉とか野菜だ。

 あと、親父はビールをよく飲む」

「それじゃあトイレはどうしてるのかな? 排泄物はゴミとしてそのまま捨ててるの?」

「あ、ああ。川に流してる」

「みやちゃん、ここまででなにか提案できること思いついた?」

「これでかよ!?」


えーっと、いわゆるファンタジーな世界だってことはわかったけど、

つまり作物としては麦と芋と野菜がある。あとはお酒はビールってことくらいか。

ここまでの情報でなにか言えるって流石に頭の回転早すぎない?


「正解のひとつは「肥料」だよ。

 食生活はいわゆる中世ヨーロッパと仮定。農業技術は未発達ながらもある。

 農業やってるのに糞尿肥料が使われてないのはちょっともったいないよ」

「……あぁ! そういえば!」

「肥料、ってなんだ?」

「お野菜や麦を美味しく・多く取れるようにするためのものだよ。

 多分こっちの食事は君たちの世界と比べてとっても美味しかったんじゃないかな?」


そういえば、と驚く一木……確かに三崎もピーマンうめぇって言っていた。気付けるヒントはあったのだ。


「次は衣服だけど、もともとのお洋服は羊の毛とか綿から作っているのかな?」

「ああ。バカでかい羊のモンスターがいて、それを使う。メンって、なんだ?」

「ふむ、綿花はまだ未開発、っと。

 そしてモンスターがいる世界となると、生態系とか技術体系も色々違うはず……」


流石、流石だよひーちゃん。

あまりの展開の速さに一木はドン引きしているが、もうちょっとだけ頑張ってくれ。

多分彼女の知識と発想力は値千金になるものだろうから。



そして数時間経過。ルーズリーフ十数ページに渡る資料が完成しましたとさ。

一木はまぁ、お疲れ様。

「うん! こんな感じかな!」

「つ、疲れた……」

「しっかし、「魔眼」なしでも色々できることはあるもんだ。

 「解析眼」の使い道も色々見つかりそうだし」


そう。「解析眼」はなにも既存の技術をわかりやすくするだけのものではなかった。

というのも、話の途中でひーちゃんが聞いたこととして、


『解析眼」って人工物以外にも使えるんじゃないかな?

 例えば、これ!』

『蜂の巣? これを見てどうしろと?』

『この蜂の巣の強度を意識して見てみて』

『……虫が住むにしてはかなり硬くないか?』

『おっけー。それじゃあ次に……』


などのやり取りがあったのだ。

「解析眼」は何も人工物に特化した魔眼ではない。

というか、むしろ自然に隠された様々な法則を見極めることができる魔眼という方が正しい。


そもそもこっちの世界でも人間の文明はその多くを「自然の模倣」に依存している。

さっきの蜂の巣なんてハニカム構造と呼ばれる強度のある構造の典型例だ。

ただ理論を書いた教科書を与えるだけでは完全な解析はできない。

むしろあっちで教科書に書く理論を作れるくらいに観察するためのとっかかりこそが、

「解析眼」を持つ一木にとって最も必要な知識だったのだ。


「ミヤビ、ヒカリ、今日はありがとう。

 返せるものは何もないが、せめてお礼だけはしっかり言わせてくれ。

 本当に、ありがとう」

「うふふ、返すものなんていらないよ~

 できればほか二人の王子様との絡みが見たいけど」

「……それは勘弁してくれ。

 ヒカリのその目を見ているとたまに寒気が……」


とりあえず今日はこんなところか。カフェを出たらさくっと帰るとしよう。


「そういえばみやちゃんは最近どう?

 あれから連絡なしで一年も経っちゃったけど」

「……うん。そうだね」


ひーちゃん、この別れ際のタイミングでそれ聞きます?

一木も何か心配そうにこっち見てくるってことは、予想以上に私の感情は顔に出ているってことだ。


「睦月先輩にはカンペキに振られちゃったよ」


説明しよう。私は大学入学直後に、高校時代から付き合っていた彼氏に愛想を尽かされたのである。

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