転生した日

「はぁ、はぁ……ヤバい、思わず逃げてきてしまった」


 目が覚めてすぐ、ルミアたんのお姿があったことにより思わず逃げてしまった俺。

 心臓はまだバクバクとうるさい。これは全力疾走した故か、それとも推しに会えたことに対する驚きか。

 よく分からないが、とりあえず大きく深呼吸して息を落ち着かせる。


「しかし、ここはどこだ……?」


 見渡しても、ジャパンのジャパンらしいジャパンチックな景色などどこにもない。

 中世ヨーロッパ風の建物が並び、どこか顔立ちも髪色も違う人々に溢れ返っている街のような場所。

 見覚えはあるようなないような気がしなくもないが、とりあえず日本でないことは確かだろう。


「っていうか、俺って死んだ……よな?」


 寝不足のまま家を出て、それからトラックに跳ねられて……いかん、それ以上が思い出せない。

 というより、あのスピードで跳ねられてしまったのだから生きてはないはずだ。

 となってくると、ここは天国か地獄か。しかし、こんなにリアルなファンタジーチックな場所にいるということは───


「転生か……!?」


 であれば、ここはどんな世界かということだ。

 王道考えるのであれば異世界? それとも、小説かゲームの中?


(もしかして、さっきのルミアたんは……)


 一人考え込んでいると、ふとさっき出会った推しの姿を思い出す。

 VTuberがいる世界などどの創作にも異世界にもないだろうし、考えられるのであればあの著作権侵害アウトラインを踏み越えている『萌黄の聖女』という線が考えられる。

 直近でやり込んでいた故か、それがすぐに脳裏に浮かび上がった。


「そう考えれば、確かに似てるんだよなぁ」


 俺は辺りを見渡してみる。

 街並みも、人も、空も、ゲームに出てきた場所とよく似ている。というより、この世界に潜ってきたと実感させられてしまうほど酷似していた。


「んで、問題は……」


 転生したのであれば、俺はどんなキャラなのかという部分。

 主人公? それとも俺がそのまま転移?

 とりあえず、振り返ってショーケースのガラスで確認をする。

 そこに映っていたのは、金髪で特段整っているわけでもない普通の顔立ちをした青年───


「誰だよ!?」


 いきなり大声を出してしまったからか、周囲にいた人達が一斉に振り返ってしまう。

 あ、本当にすみません。悪気があったわけじゃないんです。


(し、知らねぇ……誰だよこいつ。作中にこんなキャラいなかっただろ……)


 そもそも、萌黄の聖女はギャルゲーだ。

 女の子ならたくさん出てくるが、野郎なんか学園で出会った友人キャラしか出てこない。

 そう考えれば、男に転生したのであれば登場すらしてこなかったモブに転生するのはごく普通ではある、か。


「とはいえ、現状把握はできたわけだし……これからどうすっかなぁ」


 ───その時、ふと胸が苦しくなった。


(な、なんだこれは……!?)


 胸が苦しい。

 でも、先程までピンピンしていたから特段病気を患っているというわけでもないはず。

 ではどうして? この胸の痛みと、先程出会ったソフィアたんの姿が頭に焼き付いて離れないこの感覚は一体?

 どうしてか、転生した体が勝手に決済ボタンを押したくて堪らないといった震えが───


「そ、そういうことか……!」


 俺は思いついた───そういえば、今日はまだスパチャを投げていない。

 寝不足で何もせずに家を出たから、ルミアたんの配信視聴といった推し活すらしていなかった。

 そうか、これは推し活の禁断症状だ。ルミアたんに似ているソフィアたんと出会ったことにより、禁断症状が襲いかかってきたんだ。

 そうだ、そうに違いない。


「そ、そうと決まれば───」


 稼ぐぞ、推し活のために。

 こんなところにスマホも決済昨日もないから、スパチャを投げるなら現金一択。

 懐をまさぐっても、金らしきものは何一つなかった───つまり、無一文。


「あ、焦るな……俺にはゲームで培った知識があるじゃないか」


 これからどんなものが生まれ、流行ってきたかなどゲームのイベントを見れば分かる。

 それを思い出し、俺が作っていけば金など容易に稼げるだろう。そうすれば、ソフィアたんに大量のかねを投入できる。

 そして、ソフィアたんの幸せそうなお姿もお目にかかれる……ッ!


「……いや、冷静に考えたら無理じゃね?」


 元手ないし、作り方分かんないし。

 いきなり商会に行って「作ってください!」とアイデアを提供したところで不審者だと思われるのがオチだ。

 異世界商売無双は……うん、無理そうだ。

 そもそも、商売の知識などどこにもない。前まで一介の不動産職員だったんだぞ? ないよ、知識なんて。


「地道に稼ぐか……」


 幸いにして、この体は若そうだ。

 いくらでも働き手はあるだろう。


「そうと決まれば、早速仕事探しだ!」


 俺は頬を叩いて気合いを入れる。

 推し活を続けるために、推しに幸せを与えるために。

 推しの幸せこそ、ファンの喜び───たとえ、生まれ変わってもそれは変わらない。


(それに、嬉しかったもんなぁ……)


 見ず知らずであろう俺を心配してくれたソフィアたん。

 今でも、その時の顔を思い出せる。あんないい子には、どうか幸せになってほしい。

 その気持ちだけは、どうしても強かった。


「ついでに、この世界の情報も精査しておこうかなぁ」


 俺は人混みの流れに乗るように、この場をあとにした。


 ───こうして、俺の転生してからの生活が始まった。

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