一休み

「わ、私のお洋服がこんなにたくさん……」


 テラスのテーブル席にて、ソフィアたんが未だ信じられないといった顔を見せる。

 視線の先にあるのは、俺の横の椅子に積み上がった袋の数々。一部はイリヤのものではあるが、この中身のほとんどはソフィアたんのお洋服である。

「これ似合うね!」「いいね、可愛いよぉ~!」「これなんかもキューティクル!」などと言っていたら、結論このようになってしまった。

 俺が調子に乗ってしまった部分もあるが、着ていた推しも外野のイリヤも大盛り上がり。

 この量を始めから買ってしまったのは失敗だっただろう。しかし、推しの素晴らしい恰好が見られて個人的には大満足です。


「ソフィアさんは元の素材がいいですからね~、ついつい悪ノリしちゃいましたよ」


 ソフィアたんの横に座るホクホク顔のイリヤが紅茶を啜る。

 ―――現在、思いのほか洋服店で白熱してしまったため小休憩。近くの喫茶店で一息つこうという話になり、俺達は外の喧噪に耳を当てながらまったりしていた。


「私、別に素材がいいわけじゃ―――」

「何言ってるのソフィアたん! ソフィアたんは世界一可愛いよ!」

「あ、あぅ……!」

「公共の場で口説こうとしないでくれます?」


 ソフィアたんが両手で顔を覆ってしまった。

 隠し切れないほど赤くなった顔は、俺の言葉を全面肯定するほど可愛らしい。

 恐らく、このお姿をサムネにしたらバズること間違いなしだろう。


「イリヤはあんまり買わなかったんだな? てっきりソフィアたんと同じぐらい買うのかと思ってたわ」

「私はししょーの選んでくれた服だけで充分なんです。他の人の前で着飾っても意味ないですし、可愛いって思ってもらいたい人に可愛いって言ってもらった方が嬉しいんです」


 ほほう? なんとも乙女らしい発言。

 しかし―――


「それなのに、俺に選ばしていいのか? そういう理由だったら俺じゃない方がいいだろ」

「黙りやがれです、鈍感野郎」


 可愛いって思ってもらいたい人の好みを聞いてそれで選べばよかっただろうに。

 残念ながら、俺は俺の好みでしか選べなかったし、服の好みも可愛いの基準も人それぞれなんだから俺の方がよかったと思うんだが、イリヤに黙れと言われたので黙っておきます。


「ししょーはお洋服買わなくてもよかったんですか?」

「俺が着飾っても意味ないだろ?」


 というのは建前で、本音を言うと金がありません。


「冒険者さんというのは凄いんですね。こんなにお洋服を買えるお金があるんですから」


 ソフィアたんは積み上がった服を見て口にする。

 普段は使えないから、こういう使い方をしている冒険者が凄いように見えてしまったのだろう。


「確かに、冒険者っていうのは稼げる仕事だからな」

「って言っても、私達がA級とS級だからいっぱい稼いでいるっていうのもありますけどね」


 冒険者というのは博打だ。

 命の危険がある代わりに、商売をしなくても腕っぷしだけで高い報酬が得られる。

 それはランクが上がれば上がるほどリスクもリターンも増えるので、リターンを手にした者を見てしまえば「稼いでいる」と思ってしまうのもおかしくはない。

 そして、そういうリターンを聞いてしまったからこそ、冒険者になりたいと思ってしまう人間も多いのだ。


 事実、イリヤはそっち側だ。

 村から飛び出し、お金を稼ぐために冒険者になったらしい。


「その分、危ないお仕事ばかりなんですよね……?」

「そりゃそうです。命張ってますから、死ぬことも普通にあります」


 そう、リターンばかり目が眩んでしまう人間も多いが、現実を見ると「死」というワードが明確に浮かび上がる。

 毎年、そのせいで何人の冒険者が命を落としてきたことか? 商売とは違って、リターンを得るための代償がかなり高い。

 この前までよく見かけていた冒険者がある日突然姿を見せなくなった……なんてことがざらにある。

 日本にいた頃とは大違いだ。職場に通って淡々と仕事をこなせばお金が入ってくる平和な世の中などではない。

 推しへの愛がなければ、平和な国出身の俺は冒険者なんかやっていなかっただろう。


「そういえば、ししょーってどうして冒険者になったんですか?」

「あ、それは私も興味がありますっ!」


 イリヤが唐突にそんなことを尋ねてくる。

 そのおかげもあって、ソフィアたんの好奇心に染まったキラキラした瞳を拝めた、ありがとう。


「語ると長いんだが……」

「気になるです」

「ソフィアたんに寄付スパチャするために手っ取り早く稼げるのが冒険者だった」

「一言で終わりやがりました」


 推しへの愛を語るととても長くなる。


「わ、私のためにそんな危ないお仕事を……」

「それが九割ぐらいあるが、それだけじゃないからそんな「私のせいで!」みたいな絶望感漂う顔はやめてほしい」


 俺はまだ死んではいないぞ。

 未来は分からんけども。


「ぶっちゃけ、商売始めても上手くいかないと思ってたし、無一文だった俺が生きるためには冒険者しかなかったんだよ。色々なところで働いてはみたんだけどな」


 ゲームの知識を使って商売無双……というのももちろん考えた。

 だけど、商売はそんなに甘くない。それに、この商品が売れると分かっていても、製造方法や商売ルートまでは描写がなかったために自力で考えなければならない。

 そういう知識など、悲しいことにいち平社会人が持っているはずもなく、断念する結果になったのだ。

 この世界でバイトもしていたが、これまたお給料が安く、労働時間が長い。

 これでは満足に寄付スパチャもできなかったし、推しの顔を拝めることもままならない。

 結論、冒険者になるしかなかったというわけだ。


「ししょーが冒険者になったのは、確か三年前でしたよね?」

「あぁ、ソフィアたんと初めて出会ってすぐぐらいだったな―――」


 懐かしいな、と。

 ふと脳裏に3年前のことが浮かび上がった。

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