ハンマー叩き

 さて、休憩もしたことだし何をしようか。

 そう考えた俺達は、とりあえず街をぶらつくことにした。


「あ、あのイズミさん……お荷物持ちますよ?」

「何言ってるんだいソフィアたん。女の子に荷物を持たせるわけにはいかないじゃないか!」


 積み重なってた荷物をなんとか両腕で持っている俺を心配してくれているソフィアたん。

 その優しさはまるで地母神がごとく。後光で目が潰されてしまいそうです。


「ししょー、私の荷物も持ってくれてありがとうございます!」

「自分で持てよ」

「私も女の子ですよ!?」


 女の子だからなんだというのか。自分のものは自分で持て。

 ……というのは冗談である。別にこれぐらいはお安い御用だ。

 腕がかなりきついけど。イリヤの方が力持ちのはずなんだけども。


「それで、次は何するよ?」

「せっかく皆で外出しているので、まだ遊んでいたいですよねぇ」


 イリヤも俺も普段は冒険者ギルドで働いているし、ソフィアたんも子供達の世話がある。

 今日は子供達が一斉に迷惑度外視で遊びに行っているからこうして一緒にいられるが、次はいつ時間が取れるか分からないのだ。

 そう考えると、せっかく取れた時間はもう少し遊んでいたい。


「ソフィアたんは何かしたいことってある?」

「ふぇっ? べ、べべべべべべべべべべべべべべべべべべべ別にありませんよ!?」

「(あるな)」

「(ありますね)」


 俺とイリヤの思考が見事にマッチしました。


「なんでも言っていいですよ? せっかくなんですし、楽しみましょー!」

「い、いいんですか……?」


 先程まで顔を真っ赤にして必死に否定していたソフィアたんがおずおずと尋ねてくる。

 推しの色んな顔が見られるのは嬉しいが、もう少し素直に我儘を言ってくれてもいいのにとも思ってしまう。


「いいよ、別に。ソフィアたんが楽しんでくれたら、俺も楽しいから」


 ファンは推しの感情が自分の感情に影響を受ける。

 楽しそうに配信をしてくれれば楽しくなるし、嬉しい報告をすればこっちまで嬉しくなる。

 ファンとはそういう単純な生き物なのだ。

 そして、それこそを至上の喜びとしている―――この家賃光熱費を顧みないスパチャをしていた俺が言うのだ、間違いない。


「~~~ッ!!!」


 ソフィアたんが顔を真っ赤にさせる。

 きっと大衆に見られていることに今更ながら羞恥を覚えたのだろう、間違いない。


「ししょーの女たらし」

「たらしてねぇよ」


 彼女いない歴が長かった俺になんてことを言うんだ。

 たらしてみてぇよ、彼女ほしいんだからさ。


「わ、私……あれやってみたいですっ!」


 顔を真っ赤にさせたソフィアたんが急に歩く先を指差す。

 そこは繁華街の噴水前で、何やら人だかりができていた。


「あれって、なんの集まりなんですか?」

「この時間になると、いつも催しが開催されているんです。お買い物帰りに見かけるので、一度やってみたいなと……」

「あい分かった、それにしよう」


 ソフィアたんのやりたいことを拒否なんかするわけがない。

 というわけで、人だかりができている噴水前に足を進める俺達。

 そこには、一つのハンマーを持ち上げて何やら物体に振り下ろそうとしている男の姿とギャラリーがあった。

 週ごとに変わるという話だから、どうやら今週はハンマー叩きらしい。


「ししょー、勝負しましょ?」

「ほほう?」

「負けた方がなんでも言うことを聞くっていう感じで!」


 せっかくやるのだ、罰ゲームというのも悪くない。

 その方が盛り上がるし、遊びとはいえ自ずと真剣勝負になってしまうから。

 ただ―――


「それだとか弱いか弱いか弱いか弱いか弱いか弱いソフィアたんが不利だろ」

「私そこまでか弱くないですよ!?」

「ししょー、何言ってるんですか。ソフィアさんはフォークならギリギリ持てます」

「スプーンだって持てますけど!?」

「「そんな馬鹿な」」

「お二人の認識が気になります……」


 というのは冗……談とはいえ、冒険者をやっている俺とイリヤと比べるのは酷だろう。

 俺達は普段から命を賭けた力仕事をしているわけだし、ソフィアたんと差が出てしまうのは当たり前。

 逆にこれで負けてしまえば、俺達は蔑みの目を一緒にプレゼントされる笑い者だ。


「じゃあ、私とソフィアさん二人の合計値とししょーならどうです?」

「え? いや、流石に二対一は卑怯———」

「あれ、ビビってるんですか? 女の子を相手に?」

「おうおう、ふてぇ野郎じゃねぇか、あぁ?」


 俺が女の子に負ける? 仮にもS級と呼ばれている俺が?

 何を馬鹿なことを……妄言も大概にしないと場が白けるぞ。


「いいだろう、受けて立つ」

「ソフィアさんもそれでいいですか?」

「私は大丈夫です! ふふっ、こういうゲーム感覚というのも楽しいですねっ」


 俺はその顔を見れただけでも楽しいです。


『次やる人いねぇーかー?』


 どうやら誰かの挑戦が終わったらしく、運営らしき人が声を上げる。

 そのタイミングを見計らって、俺達はハンマー叩きの近くまで行った。


「じゃあ、俺達やります」

「おっ、いいね兄ちゃん! んで、どっちが先にやる?」

「はいっ! 私から先にやります!」


 そう言って、イリヤは元気よく手を上げた。

 さぁ、お手並み拝見だ。とはいえ、相手は女の子……男の俺とは相手にならないだろう。

 きっと、俺がちょーっと本気を出しただけで「卑怯」とか負け惜しみを言うに決まって―――


「豪腕———ネメアの獅子、抜粋!」

「卑怯」


 俺はこんなにも卑怯な人間を見たことがない。


「卑怯とは失敬ですね……私、か弱くて華奢な女の子ですよ?」

「人を片手で吹き飛ばして壁にめり込ませる女の子が二度と華奢を語るな」


 こんなの、勝負が決まったも同然じゃないか。

 俺の魔術は腕力を上げるようなものではないし、これではか弱い男の子を一方的に虐める構図にしかならない。

 断固として反対する。魔術なしの勝負を要求する。


「イリヤさーん、頑張ってくださーい!」

「この声援に水を差しますか、ししょー?」

「………………………………………………………………………………………………お好きにどうぞ」


 ソフィアたんが頑張って応援を始めているというのに、いちゃもんなんかつけられるはずもない。

 俺がひっそりと涙を浮かべていると、イリヤは勝ち誇った顔をすでに浮かべてハンマーを握った。

 そして、白い巨腕が勢いよく振り下ろし―――


「あぁ……すっげぇ高く上がったなぁ」


 さて、二人のお願いを叶える心構えでもしておくか。










 ───俺が高く上がったボールを眺めていると、ふとギャラリーの声が耳に入った。


「ねぇ、そういえばさっき結構かっこいい人いたよね」

「いたいた! 王都行きの馬車に乗ってた人でしょ!? しかも、なんか光る剣を持ってた!」


 …………Why?

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