推しとの再会
「ひでぇ……ソフィアたんに悪評伝えるとか、ひでぇよ……」
―――現在、俺は瞳に涙を浮かべながら街の中を連行されていた。
正確に言えば、イリヤに首根っこ掴まれながら引き摺られているのだが、連行されていることには変わりない。
こんな華奢な女の子からよくもまぁ成人ギリギリ男性を引きずれるほどの力が出るものだ。
「逆に、なんであんなに大勢で囲ったのに捕まえられないんですか? 私だって脅したくなかったですよ」
「それはほら、実力差が―――」
「これからソフィアさんにししょーの悪評を伝えます」
「たまたま運がよかっただけじゃないかな、うん」
きっと、皆は上手く力が出なかった日なのだろう。
だから推しに俺の悪評を伝えないでください。決してやましいことはしていないのだが、そう言われるとそんなことをしてしまっている気になるから。
「着きましたよ、ししょー」
イリヤが足を止めると、横には孤児院の門が。
いつもは少し離れた木の上にいるから、こうして堂々と正面から見るのは初めてだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……心、心の準備がまだ……ッ!」
「何言ってるんですか、ただソフィアさんに会うだけじゃないですか」
その会うだけがどれだけハードルが高いと思っているのか?
言うなれば芸能人を意味不明な伝手で紹介されるようなものだ。俺にとっては、推しと会話するだけで激しい動悸に襲われるというのに。
それに—――
「もしかしたら、これで本来のストーリーと変わってしまう可能性も……ッ!」
「ししょーってたまに変なことを言いますよね」
だって本来俺とソフィアたんってストーリー上では出会わないんだもん。
ここで出会ってしまうことによってソフィアたんのハッピーエンドが変わってしまう可能性だってあるわけで―――
(いや、待てよ……もしかして作中でも出会ってる可能性があるのか)
俺が転生したキャラクターは作中で名前すら出てこなかったモブだ。
そもそも描かれていないだけでモブぐらいなら出会っていることだってないとは言い切れない。
モブはモブ。主人公は別にいる。主人公の話であれば、モブの行動なんて描写なんかしないのだ。
「っていうことは、出会っちゃったって問題はないのか? いや、でも出会ってない場合もあるわけで……」
「あー、はいはい。さっさと行きますよー」
うーん、と悩んでいる俺を引きずり始めるイリヤ。
お尻が痛くて上手く考えが纏まらない。ズボンが破けちゃう。
「あの、うちに何か用ですか!」
孤児院に入ると、ふと横から声をかけられる。
向けば、そこには小さな女の子が小さなお人形を持って話しかけてくる姿があった。
「ソフィアさんに会いに来たんですよ。ソフィアさん、今いますか?」
「ううん、今はお買い物に行ってます!」
「あ、そうなんですね」
困ったな……これだとソフィアたんに会えない。
いやー、本当に困っちゃったんだけども! 会えないのなら仕方ない。
「帰るか」
「じゃあ、ここで待っていてもいいですか?」
「お兄ちゃん「帰る」って言ってるけどいいのー?」
「お兄ちゃんの言葉はこれから無視して大丈夫ですからねー」
酷い。
「おい、そこのお兄ちゃん!」
そして、今度は後ろから元気のいい男の子の声が聞えてきた。
一人じゃなく、三人か四人。何やらお手製のボールを抱えてこっちに集まっていた。
「暇ならあそぼーぜ! やることなくて暇なんだろ?」
「決めつけはよくないぞぅー、少年」
「じゃあなんかやることでもあんのか?」
「ないので、このお兄さん使っていいですよー」
あるでしょうが、任務をこなして
人の予定を勝手に決めつけるのはよくないと思う。そこまでして俺をソフィアたんに出会わせる気なのか。
「……まぁ、俺も腹を括った男だ。今更逃げ出すわけにはいくまい」
「おー、お兄ちゃんかっけー!」
「なんで戦場に向かう騎士みたいな発言するんですか……」
推しと出会うということは、ファンにとって一世一代の大勝負となり得るからだ。
「それで、何して遊ぶんだ?」
「玉蹴り!」
「おーけー、分かった。玉はそのボールだな?」
「??? 何言ってんだ、お兄ちゃん。ボールならお兄ちゃんの股にあるだろ?」
「すまない、全然分かっていなかった」
なんて恐怖心をそそられる子供の遊びなのだろうか。
世継ぎの危機を匂わせる子供の遊びは、流石の俺でも知らない。
「じゃあ、お姉ちゃんは私と遊ぼ―!」
「いいですよ、何して遊びますか?」
「おままごと!」
「おっ! いいですねぇ、懐かしいです!」
「うんっ! 私は寝取られた若奥さんの役をするから、お姉ちゃんは寝取った近所の若奥さんの役をやってね!」
「お姉ちゃん、流石にドロドロした役は演じきれないかもですぅー」
どうしてここにいる子供は一癖も二癖も強いのだろうか。
ソフィアたんの教育がどのようになっているのか、かなり気になって仕方がない。
と、思っていたその時だった―――
「ふぇっ? お客様ですか?」
背後から声が聞えてきた。
俺は思わずそんな耳に残るような天使のボイスに背筋を震わせてしまう。
「あ、ソフィアおかえりー!」
「ソフィアちゃんおかえりー!」
「ふふっ、ただいまです」
子供達が声の主に駆け寄る。
慕われているのだと明らかに分かる声音だ。
俺は激しく高鳴る鼓動を感じながら、恐る恐る振り返る。
すると、そこには───
「ソフィアたん!?」
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