推しに捜索依頼を出されました
冒険者ギルドでは指名依頼がなければ基本的に掲示板にて依頼が貼り出される。
依頼を受けるのは先着順。故に、朝一番の貼り出されるタイミングが冒険者ギルド一の繁忙時間帯と言えるだろう。
いくらS級と言われようとも、万年金欠な俺はこの貼り出されるタイミングこそ重要。
いかに多く稼げて、日帰りで帰れそうな依頼を誰よりも先に見つけて受けるのが毎日の週間だ。
そして、そんな朝一に貼り出された一つの依頼書。
そこに、冒険者が食い入るようにワラワラと群がっていた。
「……張り出されましたね、捜索依頼」
「……なんで本腰入れて捜そうとするのソフィアたん」
俺とイリヤは傍からそんな光景を見てポツリと零した。
依頼の内容は、毎日孤児院へ金を投げ捨てるように寄付する人を捜してほしいというもの。
依頼書を見る限り報酬はそこまで高くなかった。
捜索依頼は冒険者にとってはあまり美味しくない。基本的に報酬は少ないし、労力は大きいし。
それでも、どうしてこんなに群がっているのか?
それは───
『おい、ソフィアちゃんが依頼を出してるぞ!?』
『ソフィアちゃんのお願いなら断るわけにはいかねぇな!』
『私も前、息子がお世話になったから捜してあげたいわぁ〜』
ソフィアたんの魅力を皆も理解してくれてファンとしてはとても嬉しいです。
「ししょー……大人しく自首しましょう」
「なんで俺が犯罪者みたいな扱いを受けてんの?」
「ストーキング罪です」
あれはソフィアたんという配信を視聴しているだけだ。
「ソフィアたんには悪いが、この依頼は失敗してもらおう。俺はバレるわけにはいかないんだ」
「どうしてですか?」
「あの聖女のように優しいソフィアたんのことだ……きっと
「返してもらってくださいよ、この万年金欠野郎」
「嫌だよ! なんか申し訳ないしかっこ悪いじゃん!」
「すでにお金をなくして野宿している方がかっこ悪いですからね!?」
このギャルゲー世界は本当に素晴らしい。
街の中で野宿しても警察に捕まることがない。ホームレス状態になっていることには口を噤むが。
「えぇい、頑固なししょーです! こうなったら、私が直々にソフィアさんの下に連れて行ってやりますよ!」
「ほほう? 力ずくで来るか」
仮にもなる気はなかったがイリヤの師匠となった男だ。
イリヤの力も俺が教えたものだし、弟子が師に勝てるわけなどない。
それなのに無理矢理連れていくとは……やれやれ、ついに実力差も分からない小娘になっていたとは───
「皆さーん! この人が孤児院に寄付している男ですよー!」
「卑劣」
正体をバラして大人数で囲もうとするなんて、なんと卑怯な。
『何!? あのS級がソフィアちゃんの捜し人か!?』
『だからイズミさんは万年金欠で貧乏だったのね……』
『なんていい人なんだ。これは───』
そして、群がっていた冒険者の視線が一気に俺に注がれる。
その瞳は、まるで獲物を捕まえようとする肉食獣のようにギラついていた。
『『『捕まえて連行しなければ』』』
「いい人って言ったのにィ!?」
行く行かないという事情すらも聞かずにいい人を捕縛しようとしてくるとは。
冒険者というのは血気盛んな人間が多いと転生してから学んだが、人の風上にも置けない輩だったとは初めて知った。
思わずチビって大人しくなってしまいそうだ。
だが、ここでソフィアたんの下に連行されてしまえば、きっとお金を返されてしまう。
「認知されたくないと言われれば嘘になるんだけども、ストーリー通りに進めなければ魔王が……ッ!」
「何わけの分からないこと言ってるんですか?」
よく無料だから読んでいたなろう作品の中には転生者とキャラクターが出会うと本来の筋書きから外れてしまうような描写があった。
百歩譲って魔王を倒す倒さないはどうでもいいとして、転生者である俺とソフィアたんが出会うことで彼女のハッピーエンドが阻害されてしまう可能性がある。それだけはなんとしても避けたい。推しに「イズミさんっ!」って満面の笑みを浮かべられながら名前を呼ばれるのには夢があるけども。
故に、ここはなんとしてでもこいつらに捕まらないようにしなければ───
「豪腕───ネメアの獅子、抜粋!」
そう思っていた時、横にいるイリヤから妙な雰囲気を感じた。
顔を向ければ、彼女のか細い腕が剛毛を生やした一回りも二回りも大きな腕へと姿を変えている。
一緒に冒険をする頻度が高い俺だからこそ分かる。
これはイリヤの戦闘モードだ。
「うっそーん、ガチで実力行使!?」
「当たり前です! ししょーの最低限健康的で文化的な生活のためにはお金を返してもらう必要がありますから! あとは、尊敬している師がそろそろ結構気持ち悪いと思っているので、ここいらで真っ当な道へ戻ってもらうって理由もあります!」
気持ち悪い……あ、そうっすか。
なんか女の子に言われると心が荒む。
「さぁ、大人しくソフィアさんの下に連行されやがれです!」
『打倒、S級!』
『S級って言われても所詮はガキだ!』
『袋叩きにして縄で縛るわよ!』
なんだろう、この悪人を相手にしているような空気は。
何も悪いことをしていないはずなのに無性に罪悪感が込み上げてくる。
(い、いやっ! ここで折れてしまえば一流のファンとして失格! 俺の推し活を維持するためにも───)
俺は拳を握り、冒険者ギルド響き渡るような大声を上げた。
「かかってこいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
───その日、冒険者ギルドでは激しい騒音トラブルが発生したそうな。
ご近所のお店やら家に冒険者がごぞって謝罪しに回ったのは、また別の話である。
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