#6 モンスタースーパーへようこそ

 

 アパートを出た彰人たちは、『水』と『食料』を求めて、まず最寄りのスーパーへ向かうことに決めた。


 そこまで車やバイクに乗って行こうとも考えたが、エンジン音でこちらの存在が気づかれると厄介なので、やめにした。


 だからといって、自転車で移動しようにも、モンスターを避けて行動しなければならない以上、これもまた荷物になってしまうので、二人は徒歩で行動することにした。


 モンスターとの戦闘を避けながら、無事スーパーに到着した。外には大勢のモンスターがいたはずだが、どういうわけか彰人たちはここに来るまでにモンスターと一度も遭遇しなかった。


 ……運が良かっただけなのだろうか?


 二人は、建物内にモンスターがいないか警戒しつつ、店の中に足を踏み入れる。


「驚いた……」


 彰人の予想に反して、食料品の在庫はたくさん残っていた。飲料に関しても不足ない。多少、他人の手によって荒らされた形跡があるが、当分困らない程度には残存している。ほとんど無くなっているものと思っていたが……。


 モンスターと遭遇しなかった件といい、運に恵まれているのだろうか? これを、運や偶然だけで片付けるのは、思考停止な気がする。彰人は、周囲の状況を把握し、あることに気づく。


「おかしくないですか、これ」

「へぇっ……!? そう、ですかね?」

「いや、こんなに食料が残っているなんて不自然だなと思いまして。それに」

「……?」  

「人の姿が、少しも見当たらないんですよ」


 皆が皆、自宅に引きこもっている可能性もあるが、それにしたって不自然だった。アパートからは、二人を除いた住人全員がとっくに出払っていた。避難したと考えるのが自然だろう。


 だが、仮にそうだとしてもやはり、食料や水は必要だ。

 有限である以上、たくさん持っておくことに越したことはない。


 ライフラインが絶たれたこの世界で生き抜いていくためには、食料や水の確保は絶対に欠かせないはずだ。それなのに――どうして、このスーパーには水と食料がまだ残っている? 店の入口は開いていたし、誰でも容易に侵入することができた。


 もし、入口が閉まっていたとして、この非常事態に、不法侵入などいちいち気にしている余裕なんかないはずだ。多くはないだろうが、ガラス窓を破壊してでも侵入を試みる者もいるはず。


 なにかが、おかしい。

 みんな、どこに行ったんだ?

 

「かかかっ、影原さんっ!」


 美千代が叫ぶ。普段から声を出し慣れていないのか、その声は震えていて、力の無い叫びだった。「どうかしましたか」彰人が身構える。まさか、モンスターが?


「あっ、あ、あれぇっ……!」

 

 急いで視線を上に向けると、8個の黒い水晶玉が見えた。いや、水晶玉なんかじゃない。あれは目だ。自分は今、モンスターと目を合わせている。相手は、複眼を持ったモンスターだ。


《クイーンスパイダー Lv.7》


 天井に張り付いた巨大な蜘蛛が、二人を見下ろしてた。ナイフのようにするどい鉤爪を天井に深く突き刺して、ペンキをぶち撒けたような黒色の巨体を支えている。なんて膂力だ。


「キシィィヤァァァァァァ……」


 せっかくの食料をくれてやるわけにはいかない。彰人は、巨大蜘蛛と戦うことにした。おぞましい見た目をしているが、積極的に攻撃を仕掛けてこないということは、性格が温厚なのだろうか。それとも、あえてそう演じているのか。


「……援護をお願いします」


 天井にいるせいで、ナイフによる攻撃は届かないが、問題は無い。こちらにはスキルがある。遠距離から、一方的に攻撃を浴びせてやるとしよう。


「ま、任せてください。ふぁ、《ファイヤバレット》……っ!」

「……ッキシィィィャャ!」


 ――ドジュウウウ! 美千代が放ったファイヤバレットは、蜘蛛の脚を焼き貫いた。ただ、相手は複数の脚を持つモンスター。脚が1本使えなくなったところで、行動不能にはならない。せめて、もう2本ぐらい潰さなくては。


「【ファイヤバレット】!」


 彰人の右手から放たれた炎弾が、クイーンスパイダーの前右脚をジュワリと焼き焦がす。あともう1本の足を落とせば、ヤツは行動不能になる。


「もう一発だ。ファイヤバレッ──」


 続いて二発目を撃とうとしたそのときだった。彰人の視界のすみに、以下の文章が表示される。


《勤労ポイントが足りません》


 放たれるはずだった二発目は、不発に終わった。もう一度、スキルを使ってみても、同じ文章が表示されるだけ。


「まさか」


 彰人はあることを思い出した。

 面接時、補助監督はたしかこんなことを言っていた。雇用者のスキルを、社員は『条件付き』で使用できると──。


「くそっ……」


 つまりそれは、美千代のスキルを使う上で“ある制約”が存在することを意味する。おそらく、勤労ポイントはその制約と大きく関係しているのだろう。


 普通、スキルを使うには『SP』というものを消費する。ただ、彰人が美千代のスキルを使用する場合に限り、消費されるのは『SP』ではなく『勤労ポイント』になる……ということだろうか? 


「すみません。私もう弾切れみたいです」

「ふぇぇえっ……!?」


 ……しかし、参ったぞ。

 ファイヤバレットが使えないとなると、天井に張り付くアイツに有効な攻撃手段がなくなる。

 今の彰人にできることといったら、出刃包丁で攻撃するか、何か物を投げるぐらいしかない。


「ファイヤバレット、あと何発打てますか」

「えっと、あと、1回ぐらい……です……」


 チャンスはたったの一回だ。ここは、美千代に賭けてみるとしよう。ここは、彼女の力を信じてみよう。


「私が合図したら、アイツのお腹にファイヤバレットを撃ち込んでください。それまで注意は引いておくので……焦る必要ないですからね。外れたら外れたで、また別の作戦を考えますから」


 小さくうなづく美千代。「お願いします」そう言って、彰人は巨大蜘蛛の真下まで接近した。


「キシャァ!」


 巨大蜘蛛が口を開ける。ドロっとした紫色の液体が、そこからこぼれ落ちた。「なんだこれっ!」ギリギリのところで体液をかわす。


 真下で戦うのは危険か。


 ──ジュワァァァァ! 紫色の体液が床を溶かす。……なんて凄まじい酸性だ。これはあまりに危険すぎる。人体なんて容易く溶かしてしまうことだろう。


 ここはいったん距離を取るべきか……。


 形成が不利になったので、ひとまず退避しようとしたが、足がピクリとも動かない。何かに足を引っ張られている? まさか……! 嫌な予感が彰人の脳裏をよぎった。

 

「“糸”か!?」

 

 彰人は、ヤツの糸に足を取られていた。色がほぼ透明で気づかなかったが、この巨大蜘蛛──事前に地面に糸を巡らせていたのだ。そして見事、彰人はその罠にかかってしまった。


 このままでは、マズい。


「ファイヤバレット、お願いします! お腹じゃなくても構いません! とにかく撃ってください!」


 命の危機を感じた彰人が、たまらず合図を送る。震える手のひらから、美千代がファイヤバレットを放った。──ドシュゥ! 炎の弾丸が、巨大蜘蛛の頭にヒットする。


「……そっ、そんな……!?」


 巨大蜘蛛の頭は、鋼鉄のように頑丈だった。

 怯んでいるようだが、致命傷には至っていない。

 ノーダメージだ。

 

 ……打つ手がない。


 もはや、ここまでか。

 巨大蜘蛛が口を開けて彰人に迫る。

 肉食獣のような顎だ。

 このまま自分は、こいつに頭をかじり取られてしまうのか。


 ──ドンッッッ!!


「ギィャアアア……」


 強烈な音ともに、蜘蛛の腹を何かが貫く。


 ビシャァと、蜘蛛の体液が地面にこぼれ落ちる。クイーンスパイダーは張り付いていた天井から剥がれ落ち、その亡骸は地面に転がった。


 助かった……のか?


 近くの窓に目を向ける。……割れている。小石サイズの穴が開いていた。辺りを見回すと、巨大蜘蛛の死体のそばに、“弾丸”が落ちているのを発見した。


 弾丸?

 ……それと、コレはなんだ?


 加えて、“青色の宝石”も見つけた。ボロボロに朽ちたクイーンスパイダーのの死骸から出てきたものだ。オークを倒したときには、こんな石は落ちていなかった。死骸が灰のように朽ちたところまではまったく同じだが、こんな石は落とさなかった。


「やっぱり、何かがおかしいぞ……」


     ◇◇◇


「……今のは貸しにしといたげる」


 摩天楼の上で、神楽坂かぐらざか 暖乃のんのは、対物ライフルのスコープを覗いて二人のことを観察していた。「いざって時にはウチに返してもらうかんねー」にししと笑う。


「あぁーもぅー、早くこっちに気づいてくんないかなぁ。ウチ、ちょーさみしいんだけどー」


 まあ、二人と1キロ近く離れているので、気づかないのも無理はないとかと、我ながら思う。それでも暖乃は自分の存在に気付いてほしかった。


 ウチからってのは、ちょっと恥ずかしーし。

 いや、こんな状況で恥ずかしーとか言ってる場合じゃないって、そんなの分かってるんだけど……。


 彼女なりの気遣いなのか。

 それとも、臆病なだけなのか。


 何と言って声をかけるべきなのか、果たして、二人の間に割って入っていいものなのか。それが気掛かりで、暖乃は二人に近付くことができずにいた。


 あともうちょいだけ、様子見しとこっと。


 悶々とする思考を頭から追い出し、スーパーの外に群がったモンスターたちに照準を定める。──ドンッ、ドンッ! 流れるような動作で、全ての弾を標的に命中させた。


「なるだけ自然に気づいてもらいたいんだけどなぁ」


 摩天楼の上。

 冷たい風に吹かれながら、狙撃手は微笑む。

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