#5 ゆるふわギャルはすべてを見ていた


「――グォォオオオオオッッ!」


 気がつくと、彰人たちは元の場所に戻っていた。殺意を持って近づくオーク、それに怯える美千代、恐怖を押し殺し、武器を構える彰人。周囲の状況にこれといった変化は見られない。依然として、絶望的な状況の中にいる。悲しいが、これが現実だ。


「グオオオオ!」


 オークの歩みが、地を揺らす。


「立てますか、引籠さん」

「はぃっ……!」


 美千代の手を引っ張り、彰人は自分の後ろに立たせた。「……ふぅ……」。ひとまず状況を俯瞰する。もし今、美千代を抱えて部屋に戻ったとしよう。そうしたらどうなる? おそらく、オークは二人を追ってくるだろう。あの棍棒で扉を破壊し、いづれ部屋に侵入してくる。


 どうやら戦うしかないようだ。

 私一人でオークを討伐する。


 美千代の【ファイヤバレット】は、オークに有効打を与えた。勝機はある。至近距離からこれを放ち、急所に直撃させることができればおそらくオークを倒すことができる。


 スキルは手に入れた。

 後はこれを彰人が上手く使うだけ。


「部屋に、戻っておいてください。ここは一人でなんとかします」

「へえっ……!? で、でもっ……影原さん一人でオークと戦うのは……危険すぎます。お、囮でも、なんでもいいんです……私、どうにかしてお役に立ちますから……だから……」


 彰人は、美千代の肩にそっと手を置き「大丈夫ですから」と、精一杯の笑顔を取り繕った。心配させまいとする彰人の気遣いなのだろう。


「私を信じてください」

「影原さん……」

「再就職先があなたで良かったです」


 柄にもなく臭いセリフを吐いたなあと苦笑して、彰人はオークに立ち向かった。包丁の柄を、精一杯の力で握りしめ、鍋蓋を構える。


「すぅ……はぁぁぁ……」


 深呼吸をする。

 覚悟を決めたとはいえ、やはり身体の震えは止まない。

 そんな、弱い自分に腹が立つ。

 ……どうせ死ぬなら、華々しく散ってやるか。

 恐怖を振り払うように、彰人は言い放った。


「……35歳を……甘く見るなよぉ……!」

「グオオオオオォォォォ!」


《【近接格闘 Lv.1】が発動しました》


 オークが、彰人の頭部を目がけて棍棒を振った。そこまで、速くない。繰り出されたその一撃を目で追い、軌道を読む。彰人は、姿勢を低くして見事その攻撃を回避した。棍棒が髪の毛先をかすめる。危なかった。


「……あぶなっ!」


 ──ガンッ! 勢い余って、棍棒が壁に衝突した。白く塗られた壁に大きなへこみができる。スピードは大したことないが、凄まじい破壊力だ。直撃していたらと思うと、気が気じゃない。


「うおおおおおっ!」


 棍棒を振り抜いて無防備になったオークの脇腹に、包丁を突き刺す。──グサリ! 刃の先端が表皮を割き、体内に到達する。攻撃が通った。さすが、ダマスカス包丁といったところか。


「グゴォオオオオオッッ!」

「っ、暴れんなぁ……」


 痛がるオークが、身体をブルンブルンと振り回す。吹き飛ばされそうになるが、彰人は必死に食らいついた。絶対にこの手を離すものか。


「ぐぉおおおっ……!」


 暴れるたびに、オークの傷口が少しずつ広がっていく。「どりゃぁ!」彰人は、その裂け目に手を突っ込んだ。「グォ、グオオオオオオッッ!!」激しい痛みに、オークは悶絶する。


 今だ。


「【ファイヤバレット】!」


──ズドォンッッ! オークの体内に突き刺した手のひらから、炎の弾を射出する。放たれた高温度の炎はオークの体内を、ブクブクと沸騰させた。


「グォ、ォォォォ……」


《 レベルが上がりました 1→2 》


 絶命したその巨体が、ドスンと大きな音を立てて倒れる。「あ、熱っ……!」死体の腹から引き抜いた彰人の手は、熱気を帯びていた。右手にできた火傷がじんじん痛む。


「やった、のか……?」


 影原かげはら 彰人あきと、35歳独身。モンスターとの戦闘において、見事初勝利を収める。


     ***


 オーク討伐後、彰人たちは401号室に戻り、これからの動向について話し合った。ライフラインが絶たれている今、彰人たちに必要なのものは『水』と『食料』だ。


 この2つを手に入れるためには、まずアパートの外に出なければならない。……しかし、外はモンスターたちが蔓延る世界。モンスターと戦うための『人員』も不可欠だ。


 話し合いの結果、『水と食料の確保』『生存者の発見及び協力の要請』の2つを最優先に、行動することに決めた。家族の安否も非常に気になるところだが、自分たちが死んでしまっては話にならない。


 さて、目標も決まったことだし、出発の準備に取りかかるとしよう。


「それではまた、2時間後に」


 そう言って彰人は、自分の部屋に戻った。


 ──2時間後。黒のスーツを身につけ、ストライプ柄のネクタイをキュッと締めた。ありったけの食料と水を詰め込んだリュックサックを背負い、履き慣れた革靴に足を入れる。


「しっくりくるな……やっぱり」


 ガイドが言うには、職業に見合った格好をすると、ステータスにプラス補正がかかるらしい。と、言ってもスズメの涙ほどで、大したプラスにはならないそうだ。


《衣装ボーナス発生:全ステータス+2%》


 こんな状況で、スーツを着るなんて正直馬鹿らしいが、それが少しでもメリットとして働くのなら着るべきだと彰人は思った。


「あ」

「……へぇっ!?」


 401号室に入った彰人は、運悪く、ちょうど美千代が着替えているところに出くわしてしまった。体は細いけれども、胸やお尻は弾けるように肉が張っている。


 今にも下着からこぼれそうな肉に、彰人は視線を釘付けにされそうになったが、理性でそれを制する。


「出直します……」


 恥ずかしさのあまり硬直する彼女に頭を下げて、彰人は急いで部屋から出た。一回りも年下の少女の素肌に見惚れてしまうとは、情けない。


 ──1時間後。今度はノックをしてから、部屋に入った。ガチャリ。玄関のドアが開く。


「ど、どうぞ」


 美千代が出迎えてくれた。ちゃんと服を着ている。ホッと胸をなでおろしていたのも束の間、彼女の服装にぎょっとした。


 ……って、おいおい。

 どうしたんだその服。


「ハロウィンのときのコスプレ、です。これは吸血鬼のコスチュームで……。あ、あの、どっ、どうですか? 似合って、ますか?」

「コスプレ……」

「実は、趣味で」


 美千代の正気を疑ったが、これがナイトウォーカーの職業に見合った服装だと気づいて、彰人は納得した。黒を基調にしたドレスは大人っぽくて、さらにアクセントの赤色が妖艶な美しさを演出している。


 ボサボサだった髪は、見違えるようにサラサラだ。薔薇のカチューシャもよく似合っている。胸元が少し開いている点にはあえて言及しない。


「……まあ、似合ってますよ」


 色々と言いたいことはあったが、感想はこれだけにしておいた。


『もう準備できた?』


 受話器から聞こえてくるガイドの声。「できました」と、彰人がうなづく。『そう……』と答える彼女の声は、どこか寂しそうだった。


 気になった彰人は「また、お世話になると思います。そのときはよろしくお願いします」と、言ってみる。態度はアレだが、彼女の説明には助けられた。これからもきっと、彼女の言葉が必要になってくるだろう。 

 

『アンタたちとはここでお別れよ。まぁ、せいぜい元気でやりなさい』


「……他にもステータスボックスはあるんですよね?」


『そりゃあ、あるけどね。ただ、私が呼び出しに応じることはもう二度とないから』


「理由を聞いても?」


『私が担当してるボックスは、都内だとこの1台だけなの。他のボックスは同僚が担当してる』


「他の地域にはあるんですね」


『まあ、そういうこと。ここを除けば、札幌、仙台、福岡にあるわね。どこも僻地に置かれてて誰も使わないんだけど……』


「……そうですか」


 短い間だったが、ガイドには随分と世話になった。カスタマーサービスには難ありだったが、それも彼女の愛嬌だったと、今さらながら彰人は思う。

 

「短い間でしたが、ありがとうございました」


 彰人が頭を下げる。「あ、ありがとう……ございました」続けて、美千代も感謝を述べた。


『い、いきなりそんな畏まらないでよぉ……』


 照れくさいのが、声の震えから伝わってきた。電話越しでも、今どんな表情をしているのか簡単に察せられた。


『……親切心で教えたげる。ショップボックスを見つけなさい。禁止事項だから本当は言っちゃだめなことなんだけど……ショップボックスでは【テレパス】っていうスキルを購入できるらしいの。それがあれば、家族とかと連絡が取れるかも……』


 今すぐにでも家族の安否が知りたい二人にとって、それは朗報だった。ガイドの曖昧な口調が引っ掛かるが、探して見る価値はありそうだ。


『それで……よければなんだけど……私……暇してると思うから……その……』

「【テレパス】が使えるようになったら、ガイドさんとも連絡取れて便利ですね」

『……連絡してくれるの?』

「ええ。その時は頼りにさせてもらいますよ」


 ガイドが喜んでいるように思えたのは、彰人の気のせいだろうか。……こうして、彰人たちはショップボックスを見つけることを第3の目標とした。


「それでは、行きましょうか。忘れ物はありませんね?」

「あの、やっぱり、フィギュア……。せ、せめて、漫画だけでも持っていっちゃ、ダメですか?」

「すみません。諦めてください」

「う、うう……」


 こうして彰人たちは、外の世界へ足を踏み入れたのだった。静寂に包まれた部屋の中で、ガイドの声が響く。


『……死なないでね二人とも』


     ◇◇◇


「けっこー良さげかも、あのペア。悪い人たちじゃなさそーだしぃー。アリよりのアリって感じ!」


 とあるマンションの屋上。二人の男女の姿――影原 彰人と引籠 美千代だ――を望遠鏡越しに観察する少女がいた。


「声かけてみよーっと」


 オシャレに着崩した高校の制服に、だるだるのルーズソックス。ハーフアップの、ゆるふわな金髪。その見た目は、まさしくギャルと呼ぶにふさわしかった。


「……んー、いやぁ、でもぉ、あともーちょい、様子見しとこっかなぁー?」


 ポケットからロリポップキャンディーを取り出すと、口に入れた。コロコロと、口の中で飴を遊ばせながら望遠鏡を覗いていると、上空からモンスターがやって来る。


「カァアアアアアア!!」


 カラスに似た、鳥型のモンスターだ。だが、大きさは普通のカラスの数倍。血気に溢れて獰猛だ。


《スピアクロウ Lv.4》


 血走った目が、少女の姿を捉えた。急降下し、猛スピードでギャルを目掛けて突進する。ドリルのようなくちばしに突き刺されでもしたら、命はない。


「やばっ」


兵装箱ウェポンボックス


 少女が手を正面にかざすと、何もなかったはずの空間から突如、“機関銃”が現れた。手慣れた手つきで銃を構えると、照準をスピアクロウに向ける。


「……なんちって」


 ──ドドドドドドドドッッ!!


 撃ち出された無数の銃弾は、スピアクロウを蜂の巣にする。全弾撃ち終わる頃には、スピアクロウの肉体は、原形が分からないほど徹底的に破壊されていた。


───────────


Lv.6【神楽坂かぐらざか 暖乃のんの

職業 :ソルジャーLv.3

    次のレベルまで 10/15pt


装備 :MG4軽機関銃

   【攻撃力】100(秒間火力)

   【会心率】0


HP  :260/260

SP  :30/30

筋力 :40

耐久 :26

敏捷 :17

器用 :29

魔力 :0

抗魔 :0

 

技巧Pt :0

経験Pt : 0


基礎スキル 銃撃戦闘Lv.1


所有スキル 縮地Lv.2(共通) 使用SP 5

      テレパス(共通) 使用SP 5

      武器化アームズ(職業) 使用SP 5

      兵装箱ウェポンボックス(職業) 使用SP 5

職業特性  気配察知

      隠蔽

 

固有能力  オートリロード


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