#4 わたしが一生アナタを養います
『質問等があれば、補助監督である私にお願いします』
部屋中に響き渡るアナウンス。女性の声だ。再び、彰人は周囲に目を向ける。やはり、この部屋にいるのは、彰人と引籠さんの二人だけのようだ。……補助監督を名乗るこの声の主は、一体どこにいるのだろうか?
周囲を見回せど、それらしき人物は見当たらない。
どこかに身を潜めているのだろうか。
なぜ、自分たちはスーツを着ているのか? なぜ、この部屋にいるのか? 【
質問は受け付けているようなので、彰人は色々聞いてみることにした。
「どうして、私たちはここに?」
『影原様が、スキル【
彰人の予想通りだった。やはり、スキルが関連していたようだ。どうやらここは、あの世というわけではなさそうだ。続けて質問する。
「採用試験って、なんなんです。ご丁寧にスーツまで着せて。そもそも、一体、誰が誰を採用するって言うんですか?」
『引籠美千代様が影原様を、です。……ちなみに、スーツの着用に関してはデフォルト設定ですので、後で変更ができます。この面接会場も同様です』
「へ、へえぇっ……? わっ、私ぃ……?」
引籠さんが、私を採用する?
それに、デフォルト設定ってなんだ?
後で変更ができるだと?
まったく、意味が分からない。
なぜ、こんな茶番を演じる必要が……?
「たとえば引籠さんに採用されたとして、一体どうなるっていうんですか?」
『引籠様が、【雇用主】となり、影原様は引籠様の被雇用者……つまり【社員】になります。【社員】は、【雇用主】が保有するスキルを、条件付きではありますが、使用できます。また、【雇用主】と同じ職業特性も有します』
『引籠の職業はナイトウォーカーで、保有する特性は【肉体再生】と【夜間強化】の2つです。前述した通り、採用された場合は、影原様はこの2つの職業特性を獲得し、引籠様が所有するスキルを使用できるようになります』
簡潔にまとめると、彰人が美千代に採用されれば、彼女の持つ力の一部を行使することができるようになるらしい。
吸血や夜間強化のスキルが、どのような効果を持つかは未知数だが、【ファイヤバレット】を行使できるようになれば、モンスターとの戦闘に大きく役立つだろう。
『質問は以上ですか?』
「……あと一ついいですか」
『どうぞ』
「ここはどこなんです?」
『幻覚、夢、妄想の中……たった一言では表現できません。ただ一つ、ハッキリしていることは、この場所は現実に存在しないということです』
『この空間はあらゆるものの干渉を受け付けず、安全です。ただし、採用試験が終了次第、あなた方は早急にここを退出しなければなりません』
「退出したら……」
『元の世界に帰ることになります。オークを前に恐怖し、手も足も出せず、ただ死を待つだけの残酷な現実に、引き戻されることになります』
過酷な現実から逃れられたわけではなかった。ここを出たら、彰人たちはオークと対峙することになる。
仮に逃れられたとしても、あのモンスターだらけの世界を生き抜くためには彰人たちはあまりに力不足だ。
だが、それを覆せるチャンスが今、目の前にある。彰人は採用試験に挑むことにした。
「……ってこれ、引籠さんが『採用!』って言うだけで終わりませんかね?」
「ふぇえっ? ああっ、た、たしかにっ……! じゃぁ、さっ、採用~っ!」
『認められません』
「なぜです!?」
「じゃっ! じゃあ! もう一回やってみますっ……! 採用~っ!」
『認められません』
「もうちょっと大きな声で言った方がいいんじゃないですかね?」
「さーいーよーうぅぅ……!」
『認められません』
「なぜです!? さっきから採用採用って言ってるじゃないですか?」
判定がよく分からない。
『採用に至るうえで最も重要なもの、それは“信頼”です。これは、長期的な契約になのです。お互いに信頼できる関係でなければ、成り立ちません』
『補足させていただくと、契約が結ばれたとき、あなた方は互いの命を共有することになります。上司の責任は部下の責任であり、また、部下の責任は上司の責任なのです。あなた方は、自分たちの命を預け合えるほど、お互いのことを知っているのですか?』
「つまり、この試験はそのための……」
『はい。実際の面接がそうであるように、これもその人物が信頼に足るかどうかを見極めるための試験なのです』
信頼と言われると、たしかに彰人は美千代のことを知らなすぎる。そして、彼女もまた彰人のことを全く知らない。
たまたま隣の部屋で、利害が一致したからともに行動しているだけの関係だ。
いづれ、何らかの理由で別れることだってあり得る。片方を犠牲にして自分だけが生き残る……なんて考えが浮かんで争いが起きる可能性だってある。
家族でも、友人でも、恋人でもない、ただの協力者。それが、引籠美千代という女だ。向こうだって、きっと彰人のことをそう思っているだろう。
だから、彰人は採用されない。心のどこかで迷いがあるのだろう。彰人がいつか自分を見捨てるかもしれないと、美千代は考えているのだ。
いかにもネガティブで自分を卑下しがちな彼女は、そればかりを気にしている。
……それもあくまで彰人の想像か。メンタリストではない彰人は、心の内を読むことができない。だから、聞かなくてはいけないのだ。彼女の本心を。
「話を聞かせてくれませんか。どんなことでもいいので」
「えっ……」
「何が好きですか。ちなみに、私は仕事ばっかりで、これといった趣味はないです。お酒を飲むと気分が良いから、たまに飲みます。べつにお酒そのものが好きってわけではなくて……気が紛らわせるために飲むって感じです」
「わ、私はっ……! その、見たまんまだとは思うんですけど……引きこもりで……ずっと部屋に閉じこもって……ゲームやったり……アニメ観たりして……過ごしてました……。その、これでも一応大学生、です。単位、とか、その、全然取れてないんですけど……」
それから他愛もない話を二人は繰り広げた。実は中学までは陽気な性格だったとか、読者モデル――にわかには信じられないが――をやっていた過去があったりとか、知らなかった美千代の一面を、彰人は知ることができた。
読者モデルの件に関しては、あんまり信じてない。……それが事実かどうかはとりあえず置いておこう。
そして、話していくうちに美千代は少しずつ本音を吐露していった。指やつま先を疼かせながら、彼女は語る。
「私、人が怖いんです……。何を考えているか、よく分かんない、から。私の前で……愛想良くしてくれても、実は、影で、私の悪口……言ってるかも、しれない……」
「か、考えすぎかも、とは思うんですけど……それでもやっぱり怖くって……。裏切られるのが、恐ろしくて、たまらなくって……」
美千代が涙を流す。湿っぽい雰囲気に流されて、彰人も自らの本音を打ち明けようと思った。
「……私は、信じてたものに裏切られました。貴重な人生を捧げてきた会社が、実は不正をしてて……。それを指摘したら、こっちがクビにされました。怒りよりも先に、涙が出ましたね。なんのために働いてきたんだ、って……」
無趣味の彰人には仕事以外の生き甲斐がなかった。働くことが彰人の全てだった。有名企業に勤めているというステータスだけが、自分の持つただ唯一の魅力だと思っていた。
「その上、婚約していた彼女は内緒で同僚とよろしくやってました。ほんと、ふざんけんなよ、って思いましたね。別れたいなら、そう言ってくれればよかったのに……」
彰人は、新入社員だった元彼女の教育係だった。彼女は、上司である彰人のことを慕ってくれていた。30のときに交際して、それから5年も続いたからプロポーズをした。
了承してくれた。あの時の、彼女の喜ぶ顔は未だに忘れられない。……だが、裏切られた。まだ未練があるのか、婚約指輪は今も彰人の薬指にはめられている。
自分は本当に馬鹿な奴だと、彰人はため息をつく。あの『クソ女』と言いつつもまだ情を捨てられずにいるらしい。報復までしたのに心は晴れないままだ。
「裏切られるのは、たしかに辛いことです。よく分かります。……私も二度とあんな思いはしたくないです」
姿勢を整えて、彰人は美千代の顔を真っ直ぐ見つめる。「引籠さん」。彰人が問いかける。ぴたりと目が合った。彼女の潤んだ瞳がとても綺麗に思えた。
「だから私は、引籠さんのこと裏切ったりなんかしません、絶対に。……責任もって一生養ってみせます」
勢いに任せて出た言葉はプロポーズのそれだった。異性として彼女が好きだという気持ちも、結婚したいという気持ちも今の彰人にはない。
「影原……さん」
つい、口に出てしまったのだ。それでも、彰人は撤回はしなかった。それが今の美千代にとって必要な言葉だと思った。
「こちらこそ、よっ、よろっ、よろしく、お願ぃ……しますっ!」
『採用決定。契約は成立しました』
───────────
Lv.1 【影原 彰人】
職業 :新入社員 Lv.1
次のレベルまで 0/5pt
雇用 :ナイトウォーカーLv.1
雇用主【引籠 美千代】
HP :200/200
SP :50/50
筋力 :30
耐久 :20
敏捷 :20
器用 :20
魔力 :0
抗魔 :0
技巧Pt :0
経験Pt : 0
所有スキル
職業特性 なし
固有能力 なし
───────────
《以下のスキル・職業特性が追加されます》
所有スキル
↳ファイヤバレットLv.1(雇)
↳吸血Lv.1(雇)
職業特性
↳夜間強化(雇)
↳肉体再生(雇)
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